読売新聞から面白いと思った記事(編集手帳8月22日付)を後述して紹介したい。今回の選挙の政権公約のうち、選挙に敗れた政党のそれはほとんどが廃棄処分となるのだろうか?
衆議院選挙に向けての各政党の政権公約をみると、いずれも一長一短である。テレビで観る各候補者の選挙演説などは支持のお願いや競合候補者の政党の政策批判を連呼するばかりで、聞いていても時間の無駄だと感じる。
また政見放送というのがつまらない。候補者の顔を見せるのも大事だろうが、時間に追われているようで落ち着かないし、入れ替わり立ち代わりで初めて見る候補者など全く印象が残らない。公約にしても演説形式にできないあるいはアピールが下手なのであれば、話し言葉を多用するのではなくせめて図表にしたフリップなどを活用して分かりやすいプレゼンテーションにしてもらいたい。
TVでの各政党出席者による政治討論会の一部を観たが、各主張にはいずれも十分納得と賛同をし兼ねるようなところがあってすこしイラつくような気分となる。評論家たちによる討論よりは少しは責任感が感じられてましか?
無駄や借金や不正や不公平が蔓延るようになり、多くの国民が自分や家族の将来に対する不安を抱くようになってしまった今の日本を救うには、有能な人たちの相当のアイデアと協力と時間が必要と思われる。せっかちな性分の自分には悠長なことは言っておれないのではないかと感じる。
新聞の調査では既に民主党が300議席を超える勢いとのことである。それほど政権交代を国民多数が望んでいることの表れなのだろう。しかし、前回の郵政選挙のとき小泉自民党が大勝したのと同じような流れであることには、今後勝利した政党が数の論理で暴走するのではないかとのある種の危険性を感じる。
個人的には今回の選挙結果により単一の政党に政権を任せるのではなく、志のある政治家たちが集まった大連立により、この国を良い方向へ持って行って貰いたいと思う。まだりっぱな政治家がこの国にいることを信じて来週は一票を投じたい。
8月23日付 編集手帳
〈政綱だの、マニフェストだの外資輸入だの増税だの軍備緊粛だのと騒ぎたてるが…〉。何か最近の政治を喝破した文章にも見えるが、これは明治31年(1898年)の小説「くれの
日」(内田魯庵)に出てくる一節だ
◆100年以上も前に、マニフェストという言葉が用いられていたことに驚く。直前に〈政綱〉とあるから、政治的な宣言の意味だろうと推測できるものの、異説もある
◆日本国語大辞典では、魯庵の用例を「船長が税関に提出する
目録」のことだと解釈する。直後に〈外資輸入〉と続くからか。実はマニフェストという外来語は二つあり、荷物の目録などはmanifest。政権公約などを意味するのがmanifesto
◆一昔前まで新聞で使うのは
ら前者、それも産業廃棄物の記事によく出てきた。古手の行政記者にとってマニフェストと言えば、産廃処分時の記録書類のことだ
◆今は政権公約を意味する方が一般に定着している。だが両者は紙一重、見込みのない公約集なら、将来の政策廃棄物一覧とも言える。さてどちらのマニフェストだろう。選挙サンデーによく吟味したい。
(2009年8月23日01時15分 読売新聞)
専
積荷
廿八
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