『-おれも、益吉も.....。
人生の重荷を背負ったまま、年取ることになりそうだな、と新兵衛は思った。わずかのひまも惜しんで懸命に働いていたころは、若いうちに怠けずに働いておけば、やがて安楽な老年を迎えることができるだろうと、そのことを疑いもしなかったのだ。だが、人生はいま少し塩辛くできていたようである。』
主人公の新兵衛は四十台後半の中年オヤジ。紙問屋の商いをしており、社会的、経済的、仕事的には比較的恵まれている男だ。これまでに一度妾を囲ったこともある。今は人妻と浮気もするようになった。一方で、家族には恵まれていないと思っている。妾を囲った出来事以来妻との関係は冷え、一人息子は期待を裏切るばかりである。一人娘だけが心のやすらぎを与えてくれる。なお、当時不義密通はばれると死罪に値する。死罪にならなくとも世間の評判を落として商いの道は閉ざされる。いまや新兵衛は自らもリスクを背負っているのだ。
自分との比較で、全ての項目で格差がありすぎてなかなか感情移入できない奴である。
自分などは年齢以外に新兵衛に勝ってると思う項目がほとんどない。さらに老親の面倒や夫婦の老後の不安が加わると月とスッポンだ。
が、しかし、彼がときどきみせる心情に思わず共感することがあるのだ。そして、冒頭の文は「うーん」とうなった文章のひとつである。新兵衛との境遇の格差問題を離れて、己自身の来し方行く末を思うとまさに自分もそうではないかと。
自分の過去を振り返るとき、ある時選択を間違ったのではないかと疑心に囚われることがある。一方、自分を取り巻く環境も絶えず変化した。どちらかというと自分にとってはネガティブな要素が多かったか?と恨む気持ちも無いではない。しかし、それらも結局は己の才覚の至らなさの結果であるか?
今世間は再び不景気の底に沈んでいて、経済も政治も当てにならないとの不安が世を覆っているようだ。こういう時代には冒頭の文章に共感を覚える人々も多いのではないかと思う。あるいは、若くして既にそのような心境が理解できるという者も少なからず居るようだ。驚くべきや悲しむべきや。
この文庫本の初版は1987年10月10日とある。世はバブルの頃だ。藤沢周平は世間の熱狂に浮かれることなく、このような思いや考えを抱いていたのか。
人生のたそがれにおける気の塞ぐ思いは、自分の周りの問題ではなく、自分自身の中にある問題なのかもしれない。
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山河 (小椋桂)
歳月は 心に積まれ 山と映り
歳月は 心に流れ 河を描く
そこに 積まれる時と 流れる時と
人は誰れもが 山河を宿す
ふと想う 悔しひとつなく悦びの山を築けたろうか
くしゃくしゃに嬉し泣きする かげりない河を抱けたろうか
愛する人の瞳に 愛する人の瞳に
俺の山河は美しいかと
(一番の歌詞は今は歌えず)
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最近良く聴く元気が出る曲
Somewhere over the rainbow
Way up high
There's a land that I heard of
Once in a lullaby
Somewhere over the rainbow
Skies are blue
And the dreams that you dare to dream
Really do come true
Some day I'll wish upon a star
And wake up where the clouds are far behind me
Where troubles melt like lemondrops
Away above the chimney tops
That's where you'll find me
Somewhere over the rainbow
Bluebirds fly
Birds fly over the rainbow
Why then, oh why can't I?
If happy little bluebirds fly
Beyond the rainbow
Why, oh why can't I?
("オーヴァー・ザ・レインボー" コニー・タルボット; CD買った。)
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