日記・コラム・つぶやき

バンパイヤ人気

日経新聞の記事によれば、アメリカではハロウィーンのコスチュームにバンパイヤが大人気なのだそうだ。

先日観た「インタビュー・ウィズ・バンパイヤ」つながりでとても興味深く感じたのでピックアップしてみた。

小説の「トワイライト」シリーズとTVドラマの「トゥルー・ブラッド」が火付け役となったそうだ。

「トワイライト」は昨年映画化されており、11月下旬には2作目が公開されるとのこと。

【参考】

Nikkei Net http://www.nikkei.co.jp/news/shakai/20091108NT1G0501L107112009.html

「バンパイア」米を席巻 ハロウィーンでも主役に

 米国で「バンパイア(吸血鬼)」が人気を集めている。小説やテレビドラマで「バンパイア物」がヒットを連発。ハロウィーンの仮装パレードでもバンパイアが街中を席巻した。歴史的に不況になるとブームが到来するとされ、厳しい現実からロマンチックな世界に逃避したいという米国民の願いが根底にありそうだ。

 赤い血を滴らせた白塗りの顔に鋭い牙――。10月31日のハロウィーン当夜。200万人超が参加した全米最大級のニューヨーク市での仮装パレードは、さながらバンパイアの集会となった。

 年ごとの世相を反映するハロウィーンの仮装。昨年は米大統領選の投開票を目前に控え、オバマ候補(当時)らの仮装が目立ったが、今年はバンパイア一色。「仮装のコスチュームが飛ぶように売れた」。全米小売業協会(NRF)の広報担当、キャシー・グラニスさんは驚きを隠せない。(ニューヨーク=清水石珠実)(01:44)

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敬老会

70歳以上の地区在住者を対象とした敬老会が昨日開催された。全部で105名おられる内、51名が出席された。

区長挨拶によれば、敬老会の対象者を70歳以上としているのは市内では3地区くらいの少数派で、ほとんどは75歳以上とされているとのこと。うちの地区は市町村合併の以前からの慣行を尊重して70歳以上で行っており、この慣行は是非続けたいとのことだった。

隣組長として会場設営と敬老会の進行のお手伝いと後片付けのために参加した。区長、区会計及び3地区の隣組長が午前9時に本年度会場の原会館(昨年度は新屋敷会館)に集合して、11:00開始時刻までに、テーブル配置、看板取り付け、仕出し料理受け取り配膳、茶菓やビール等飲み物、カラオケ機器等々の準備と設営を行った。

敬老会はその開始前にまず交通安全講話があり、元県警の交通課OBの方より、現在の高齢者(この場合は65歳以上)の交通事故の増加傾向とその対策について説明があった。聴衆席からはたとえば群馬県では一日に21件の交通事故が発生しています等の説明に対し、逐一驚きの声が上がるリアクションがあり、お年寄りは皆素直で良い人柄だなと思った。夜間の車の前照灯で光が反射するたすきが全員に配られた。「引き出しに大事にしまっておくのではなく、ちゃんと肩からかけて使って下さい。」との講師のお願いに、ほとんどの人が笑っていた。(~_~;)

敬老会の式次第は、F会計の開会宣言、K区長挨拶(市長メッセージ代読)、来賓挨拶(I川さん)、乾杯(O塚女史:民生委員)、マジックショー(K区長熱演)、カラオケ、ビンゴゲーム、〆、閉会であった。

各席には式次第を書いた書類、紙コップ、U徳会館の仕出し料理(刺身の厚切りで有名、カジキマグロの煮付けなどはそれだけで満腹になるとは家内コメント)と寿司(巻き寿司といなり寿司)、みかんが置かれ、テーブルごとに漬物とお菓子やおつまみとジュール類にビールが置かれていた。乾杯後は焼酎のボトルも廻っていた。日本酒も準備したが、こちらはあまり飲む人が居なかったようだった。

区長が手品を披露する直前になって、僕を手招きするので何事かと思って行くと、りっぱな一眼レフデジカメを取り出して「適当に撮ってくれ。」と頼まれた。それからはカメラマンをやったのだが、マジック演者のスナップを撮らない訳にはいかないのでアングルと画面サイズを考慮して数枚撮影した。もう少しにこっと笑顔を見せてくれたら良かったのだが、やや硬い表情のスナップになったかもしれない。引き裂いた新聞紙が元通りになるマジックなど、なかなかの手際だった。

区長のマジックが聴衆の目を惹きつけている間に出席者のほぼ全員のスナップを撮った。撮影中お婆さんたちから沢山声が掛かって来た。「あんた何処の人ね?見たこと無いけど。」というのがほとんどで、それからしばし亡くなった父の名前を出したりして自己紹介とか逆質問とかをした。その後はもうすっかり地区内の仲間の一員に加えていただいた。

カラオケが始まることは大分お酒も廻ってきて、テーブルでコップをひっくり返すなどの騒ぎも起こり始めて、裏方が雑巾を持って飛んで行くなど騒然となってきた。最初は遠慮がちだったカラオケの方も、選曲を巡って「それは自分が歌うんだ。」とかクレームをつける爺さんが出てきたりした。かみさんの同級生のM田君の父上は相当のカラオケ者らしく、ワンコーラスごとに会場の仲間に評価を尋ねていた。M田君とは全然タイプが違うとのかみさんコメントだった。

ビンゴゲームも始めはチョロチョロだったが、ビンゴが出始めると、景品引き換えのテーブルで選択にあれこれ迷う人(これは女性に多かった)が増えて、一時待ち状態が発生し始めた。僕は黒板に出た数字を書き付けていく役だったが、全員が数字を追ってきているか不安だった。中にはビンゴのルールそのものを理解していない輩も居て、数字が出るたびに当ったと手を上げる爺さんもあった。上に上げた手のビンゴカードを見ると一つも穴を押し開けていなかった。しかしもう誰もまめに面倒を見ることはなかった。一方、時間も押してきたので、「ビンゴは終了して全員景品を貰ってください。」というのに、最後までビンゴにならずのこっていた2人ばかりで、どうしても数字を聞いてビンゴになりたいとダダをこねる輩(これは爺さんたち)も居た。この頃時刻は午後2時近くになっていた。

この後の後片付けと午後の予定を考えるとこちらもそろそろお開きにならないかなーなどと思案していた。会計のF地さんがやや強引に〆の挨拶をされた。すると出席者のみなさん方は比較的素直に残った料理や弁当を持帰り用のビニール袋に入れ始めた。そして身近なところで挨拶を交し合いながら、出口から出て行かれた。結構粛々としたものだった。

残った隣組長等役員は、それから燃えるゴミと飲み残しの飲み物を回収し、処分した。僕は脚立を使って正面に掲げた敬老会の看板を外し、元あった賞状等の額を戻して取り付け、最後はカラオケセットの配線を抜き、トラックに積み込んだ。

さて、一通り片付いたところで、全員で忘れ物がないかのチェックを行ったが、なんと出席者用の仕出し料理と弁当が2個置き忘れられていた。

隣組長は自分の受持ち地区のお年寄り対象者全員に予め敬老会参加・不参加の希望を聞いて報告しており、それに基づき今日の準備がなされた。欠席者には市の金券(500円)を渡すことになっている。一方出席者には料理と弁当を持ち帰ってもらうこととなっていた。

ところが、もう一つ参加予定であったが当日になり欠席された方というのがあって、こちらには隣組長が料理と弁当を届けることになっていた。

そこで、隣組長は再度自分の受け持ちの地区の対象者への届け物に間違いが無いかを確認した。しかし、全員勘定が合うということになった。

結局、2個の内、1個はある出席者の忘れ物と判明、担当の隣組長さんが持っていくこととなった。残りの1個は当初からの予定通りで、役員であり且つ敬老会対象者の重複分であることが判明した。

こうして敬老会の大イベントは幕を閉じた。その後欠席したうちの母を含む受け持ち地区内該当者全7名に市の金券を配付して廻った。

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地区内の敬老会対象者が全員出席となると、最早3地区のどの公民館でも収容しきれない。一つの公民館の収容可能人員は約80名だからだ。そういった意味では欠席者の方々にも感謝しなくてならないところもある。これからは高齢者が増える傾向にあるが、出席者が多いときは会場をどうするかとか今後の課題だねなどと隣組長らと話し合ったりした。3地区ごとにそれぞれで開催するか或いはこれまで同様合同で広い会場を手配するようになるだろう。

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この日の午後はそれから、来年1月から中国に単身赴任するという従弟に家内同伴で餞別を持って行った。生憎従弟は旅行用のトランクの買い物等で外出していて不在であった。

一人留守番していたのは伯母で、一昨日家に来た時に母が分けてあげたキンセンカの苗を植えていた。伯母とは庭で暫く立ち話をした。もっとも伯母は疲れるので自分用の腰掛を使ったので座り話しであった。

珍しい小菊を沢山植えてあるというので見学させてもらった。霜がもう2回も降りたというので、霜枯れした部分も見受けられやや精細に欠けるものもあったが、珍しい菊花を見せてもらった。

伯母は、うちでは里芋を栽培していないというのを一昨日母から聞いていたので、今年は近所では何処でも里芋が上手くできなかったとのことだが、少し持って帰れと分けてくれた。

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一昨日は伯母が叔父夫婦と町の温泉施設に行くというので、家の隣の叔父宅に来たついでに家にも立ち寄った。伯母の次男の従弟が、車椅子が必要な叔父の介護をするといって車の運転手も兼ねて同行していた。

叔父を車椅子から立たせて車に乗せるとき、僕が後ろから抱えて介添えした。従弟は叔父に比べると身長がやや低いので、叔父の足が十分に伸びず腰が浮かないようだったからだ。しかし、その後は従弟の世話で無事に入浴をして、大光院で開催されている菊花祭りも見学してきたと聞いた。僕には酒蒸し饅頭のお土産がお礼として届いた。

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もってのほか

会社事務所の玄関先のプランターにきれいに咲いてるのを眺めていたら、食用菊とのこと。

ところがどうしたことか慣用名の「もってのほか」という言葉がなかなか覚えられないし、思い出せない。

「めっそうもない」、「とんでもない」、「ふとどきせんばん」、「おそれいる」、「ばちあたり」等々、近いが違う言葉ばかりが浮かんでくる。

昨夜、母に電話したら、こちらも「思い出せない、気持ち悪い。」騒ぎになって、「近所のWさんに電話したが留守で出ない。」と近所まで巻き込み大変なことになった。

「今すぐでなくてもいいですから。」というのに、「私が気持ち悪いから。」と言って聞かず。結局その直後母自身が「もってのほか」の言葉を思い出して、電話して来てくれた。一件落着した。

でも今晩、「また忘れて思い出せない。」と訊ねてみようと思う。僕と母のボケ予防だ。

もってのほか
もってのほか
おいしそう?

【参考】おいしい山形

http://www.nmai.org/crops/umaimono/vegetables/kiku.html

ウィキペディア

食用菊 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A3%9F%E7%94%A8%E8%8F%8A

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ケガとの付き合い_転倒から2ヶ月

9月5日(土)の転倒負傷から2か月が経った。この間随分と気力耐力新陳代謝力が低下したように感じる。結果年取ったと感じる。インフルエンザに罹らないのが幸いだった。

これまでに多くの方たちから心配の言葉を掛けていただいた。先週もFさん、M君、そしてその前はTさん、Nさんなどだ。家族以外にも自分のことを気に掛けてくださる方々が居るということはとてもありがたく感謝しなければならない。

負傷の回復状況だが、外傷はすでに治っており、右ひざと右肩上部に赤い痣みたいなのがあるが、皮膚表面はきれいになっている。

一方打撲によるダメージはまだ完治したとは言えない。特に右肩から右首筋の筋肉または筋が良くなく、動かし方によっては鈍痛があるし、そのために正常な左肩のように自由に回転させたりはできない。このような経験は初めてだ。

右肩は腕の付け根の関節内部に痛みがあって、五十肩のような感じだ。右首筋は背中の方の痛みはほぼなくなったが、肩上部から後頭部にかけて、凝りのようなものがある。身体を横にするときに、右半身を下にして右腕や右ひじをつこうとすると鈍痛があって億劫に感じる。また枕に頭を乗せるときも右側を下にするとその状態では長く居れない。ムチ打ち症というのはちょうどこのようなものなのだろうかと考えている。

当初は2,3週間で完治するだろうと思っていたのが、2か月経ってもこのような状況であり、少しがっかりとうんざりしている。しかし、我が身のことであればこれと付き合っていかなくてならない。

ところで、自分なりにいつも考えているのは二つあって、一つは少し大げさだが命があってよかったということだ。家族には随分と心配をかけ、また叱られた。このくらいの軽症で済んだことは不幸中の幸いだったかもしれない。

もう一つは完治するのは何時かということだが、ある指標を見つけている。それは右ふくらはぎの打撲箇所の治り具合だ。ふくらはぎの内側部分に長さ約1.5センチほどの傷の治った痕がある。その延長線上と周辺の箇所にちょっとしたしこりがある。転倒時になにか尖った物か何かの角がぶつかって打撲し表面に傷ができたものだが、外傷は消えたが、その皮膚の下側部分が少し硬くなったままなのだ。ここに触れてみて考えるのは、硬い膝頭や肩ではない、柔らかい筋肉部分にも拘わらず、依然このようなしこりが残っているということは、打撲のダメージは未だ完全に癒えていないということだ。生身の身体に受けたダメージがすっかり無くなるのは、多分このふくらはぎのしこりがなくなるときだろうと考えている。

下半身を中心にした運動のウォーキングやジョギングは普通にできるようになった。腕振りももう普通にできる。先日は山登りもしたし階段上りダッシュもやったくらいだ。上半身の運動では長袖シャツ等の着替えなど肩を上げたり回したりが難儀に感じるが、毎日少しずつリハビリだと思ってやっている。スポーツの秋でもあるし、この2か月の内に低下してしまった体力と心肺機能を少しずつ取り戻そうと思っている。

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MJチケット Refund

「マイケル・ジャクソン THIS IS IT」が昨日から公開された。

家内と娘とで気を利かせて11/1上映のチケットを入手してくれていたが、その日は指定の映画館に行けないため、払い戻し返却をしてもらった。

残念だが、上映期間延長やDVD化の話がある。いつか観る機会が作れるだろう。

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胃レントゲン検診

今日は定期健康診断の日だった。

このところ酒量を極端に減らしてきた。「飲まなくても平気じゃん?」と錯覚することすらある。ただ、直近では先週金曜日の夜に冷酒を2合ばかり飲んだ。

運動も2週間前から付け焼刃式にやってきた。ジョギングが中心で、先週末は急な自然歩道を上り下りした登山が結構効果的だったのではと思っている。

そして、週末から検便サンプル採取をし、昨夜9時以降は飲食をしていない。厳密には午後8時以降においては、午後11時30分ころまでミネラルウォーターをちびちび飲んでいた。

今朝は「胃レントゲン検診ご通知」の記載内容に従って、レントゲン検査の1時間少し前に「ロートエキス」という粉薬を唾液だけで飲み、出社した。

そのとき気になったのが、「硫酸バリウム製剤投与後の副作用」という記述だった。これまでにこれほど丁寧に書かれたものは読んだことが無かったからだ。昨年の記憶が無いが、少なくとも一昨年には無かったと思う。してみると、ここ1~2年の間に、何らかのバリウムによる医療事故があって行政指導か何かがあったということだろうか?気になったので書き止めて置くことにした。

「胃レントゲン検診ご通知」に赤字書きにて曰く、

*硫酸バリウム製剤(以下、バリウム)投与後の重篤な副作用として、ショックなどの重篤な過敏症(アレルギー症状)が発現することがありますので、下記のような症状が発現したらすぐに医療関係者に連絡して適切な処置を受けて下さい。

症状 じんましん、気分が悪い、顔色が青白くなる、手足が冷たくなる、喉がつまる、息苦しい、息がしにくい など(実際は、黒の太い実線で四角く囲ってある。)

*バリウム投与後の重篤な副作用として、消化管内にバリウムが停留することにより、まれに消化管に穴が開いたり、バリウムが詰まることによる、バリウム腹膜炎などの重篤な症状を引き起こすことが報告されています。また、高齢者の場合、より重篤な症状を引き起こすことがあります。検査後にできるだけ早くバリウムを排泄させてください。

**************

検査終了後、レントゲン車の準備室の人が下剤を余分にくれた。これまでは2錠だったが、どうぞどうぞと4錠くれた。サービスの良過ぎはちょっと心配になった。

定期健診の予定が全て終了したところでミルクティーの冷たいのと一緒に2錠だけ飲んだ。かっては1錠でもいいと言われた覚えがあるので、4錠も飲むと仕事に差支えが出ると思ったからだ。

2錠で十分効いた。正午前には腹が痛く感じ、トイレに行った。少しスッキリした。当然ながら生理的にばかりではない。副作用リスクからも少し遠ざかれたという安堵感が伴った。

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XP不具合

週末パソコンにWindouws起動画面が現れない不具合が発生した。

電源を入れると耳障りなウィーンというような音が出るばかりで、ディスプレイはずーっと真っ暗なままという現象だ。

早速富士通のサポートセンターに電話したら、このところWindowsXPの起動に関しての問合せが急増しているとの情報が流れてきた。

自動電話の説明指示に従って、FAX資料を請求して、それを見ながら何とか当面の作業を終えることはできた。しかし、不具合がウィルス感染によるものであれば、再度時間を掛けてCドライブの調整をきちんとしないといけないようだ。

Windouws7の発売開始直前辺りから、XPに関するトラブル問合せが急増なんて、何か意図的なものを思うのは、下衆の何とかという奴だろうか?

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この日は隣組の回覧板を回す予定だった。公民館近くの庚申塚の今年度の清掃奉仕活動の当番のお知らせを作って回覧に加える予定であったが、PCが使えないという予期せぬ事態にぶつかったのだ。

娘のPCは家にないと言うので、仕方なくPCの印刷用紙にボールペンで手書きでお知らせを書いた。出来上がりはワープロ使用の場合とは比べるべくもなく粗末なものだった。手書きが回覧先の人々の注意を引いてくれることを期待するだけの、やや恥ずかしい書類であった。

なお、町の図書館に行けばインターネットが使えるPCを使わせてくれると小6の姪っ子が教えてくれた。

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神社秋の例大祭

矢抜神社秋の例大祭に隣組長として参加した。

我々の地区は8人の隣組長が二人ずつ順番に神社行事に参加することになっている。他の地区は月当番の方が参加していた。

午前9時に神社境内に集合し、宮司(神主)さんの指示に従い、全員で挨拶をした後、水で手を清めて、宮司さんを先頭にして列になった。

神社総代さんたちや区長2名が前方に並び、その後に隣組が続いた。

鳥居の前で一揖してくぐり、本殿内へ入って左右に分かれて座った。本殿内は手前に15畳の畳の間があり、その奥にお宮が祭られていた。

神社総代代表が太鼓をたたいて神事が開始された。

供物はお酒に大根等の野菜であった。手前の方にはたくさんの蝋燭が点されていた。

宮司さんが神宮前に移動して詔を上げ、幣束の付いた榊の枝を持って畳の間に戻り、参加者全員の頭上を御祓いした。

次は、参加者が宮司さんから榊の小枝を貰って玉ぐしを捧げた。神社総代さんたちが最初、次に区長さんたちそして隣組の順番だった。

神社総代代表が太鼓をたたいて秋の大祭の神事は終了した。

神社総代がお神酒等を手にし、来たときと同じ順番に全員並んで鳥居をくぐって一揖して出た。

その後参加者全員での懇親会があり、午前10時ころ解散となった。

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別棟の会館に入って、懇親会が行われた。神社の境内の中にある。なお、その入り口の右手、本殿の左手にあたる場所には舞台がある。

総代代表I川(セイジ)さんの開会挨拶のあと、区長代表(K原さん)挨拶、宮司さん挨拶、そして総代会計(I上さん)の音頭でお神酒で乾杯した。

宮司さんによるとお神酒を飲んで神様のお力をいただくとのことだった。

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神社行事への参加は以前にも経験したことがあるが、いつも見よう見真似で従っている。

まず清掃活動をして食事会だろうと思っていたら、前日までに神社総代さんたちで掃除を終えられていたそうである。

今日は鳥居に幣束を付けた大きな注連縄と国旗を飾りつけ、本殿内に供物などの準備をされた。しかし、宮司さんから幣束の向きが違うと指摘があり、手直しなどがあった。

これまでにも寒い時期の行事で本殿内に座布団を敷いていたら宮司さんからNGが出て即刻取り払ったとか、境内に線香があったのが宮司さんの目にとまり片付けさせられた等のエピソードが語られていた。

最近は大きな注連縄を作れる人が居なくなったとかで、今度上尾市からY木さんの後に引っ越してこられた伊勢神宮とつながりを持っておられると紹介のあったK林さんに大いに期待するとのことだった。

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宮司さんの挨拶から

現在八つの社を管轄しているとのこと。住所は世良田で八坂神社の神主さんだ。家の建前のときに来ていただいたと思う。また裏の実家の氏神様を祭ったときはご長男がお祓いに来てくれた。

平成7年に宗教法人法の改正(オウム真理教事件が契機となった)があり、どんなに小さな神社も例外なく県知事に以下の報告が義務付けられるようになったそうだ。

(1)財産目録、(2)役員名簿、(3)昨年度収支報告

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これから隣組長として、お札と幣束を希望する家に集金に伺うことになる。これら神社に納める金は最終的には伊勢神宮に送られるとはある長老さんのお話だった。

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母によれば、昔はご飯を炊いて、秋刀魚が付き物でこれを焼いて食事会をやったそうだ。ガスとか無かったので薪で火を起こしてたいへんだったようだ。

現在は休日の午前中なのでその後用事もあると、皆さんほとんど酒を飲まず、ジュースとお茶で歓談するが、昔はお酒も飲んだようだ。懇親会場には今もカラオケセットがあった。

世良田祇園は凄い人手で賑わったというのは良く聞く話だ。

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秋の雑草始末

このところ家内や親戚のご夫人で花粉症のようなアレルギー症状で苦労している人が居る。

どの花の花粉に反応しているのかは定かではない。

金木犀、ススキ、セイタカアワダチソウ、コスモス等々、いろいろ花も咲いている。

一方、秋は衣類にくっつく実を付けた雑草が実る頃でもある。これは農作業の邪魔になったりしてとても厄介である。

さらに、ヘクソカズラのような蔓植物も放置されていた場所で群生していたりすると、蔓同士が絡み合ったりして、人力で切ったり、引き剥がしたりするのは大変な苦労だ。

今年も雑草との付き合いは、繁茂しては刈り取り、そしてまた油断していると茂って来るといった格好で長らく続いている。が、秋がやってきていよいよ成長速度が遅くなってきたようだ。ここで一度丁寧に草刈りや除草剤で処置しておくと、越冬しての来春の雑草のとの戦いを有利にできるように思うのだ。

ということで、先週末の一日は田んぼ周りの雑草刈りに費やした。やはり蔓植物とバカの実をつける植物が難敵であった。

前者は円盤回転式の草刈り機でなかなか一辺に刈り取れなかったし、後者は地面近くの根本がぶっとくて硬かったし、草丈が高かった。そのために、他の雑草に比べて力は要るし、刈った後の始末を考えて作業しないといけなかった。

正味約4時間ほどの作業で約一町歩の田んぼの周囲と側溝の法面を刈り終えた。いつもの通り刈り終えたあとは視界が広がり気持ちよい。特に水路の周辺はガードレールがあるが、作業前は背の高い草や蔓植物が絡んでいた。これらを刈り倒したり、引き剥がしたおかげで、ガードレールの白さがくっきり見えるようになったのだ。

散歩の人たちの会釈に、広がった道に彼らも喜んでいるように感じられた。

疲れたが、こういう労働はストレス発散にもなって良いものだ。(この日は休肝日としたためにビールは飲まず。)

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軽・軽衝突事故

地区公民館前の十字交差点で、軽自動車同士の衝突事故があった。夕方6時過ぎ頃であたりはすっかり暗くなっていた。

南から北に向かって進行していたワゴンタイプの軽自動車に、東から西に向かって進行していた乗用車タイプの軽自動車が側面衝突した模様だ。ブレーキ跡から衝突は交差点のほぼ真ん中だったようだ。

推察だが、交差点に東から進入した乗用車が一旦停止しなかったために、南側から進入してきたワゴン車の運転席側側面に追突したようだ。

ワゴンタイプの車は天井を下にひっくり返って、進行方向左手側の畑地の土を押しのけながら交差点中央から7、8mほど進み、頭を西に90度回転した格好で止まっていた。前照灯は点いたままだった。

車内は潰れておらず、内部を覗くと、運転席と助手席のエアーバッグが膨らんだ形跡となっていた。少し電線が焼けるような異臭がした。幸いガソリン漏れは無かったようだ。

乗用車タイプの車は進行方向右手の同じ畑の中にお尻を西に向ける格好で約180度回転して止まっていた。交差点中央からは約6,7mほど進んでいただろう。フロントガラスは砕けて窓枠から外れていた。運転席側のドアは相当がたついていたが開け閉めは出来る状態だった。こちらも車内は潰れていなかった。

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交差点近くに住むT屋氏が警察と消防に電話したとのことだった。その地区の今年の隣組長さんである。

まもなく救急車が一台と消防自動車一台がサイレンを鳴らしながら到着した。

ワゴン車に乗っていた女性は外傷は無かったが救急車に乗せられた。いろいろインタビューされた後、救急車は去って行った。

乗用車に乗っていた男性も外傷は無く歩き回っていたが、途中から救急隊員に鞭打ち用の首を保護するコルセット様のものを着けられてインタビューされていた。「記憶は飛んでいませんか?」とかいろいろ。

次に2台目の救急車が到着したが、その頃僕と家内は帰路に着いた。

パトカーはまだ到着して居なかったが、その後来ていたと帰宅途中に事故現場の横を通ってきた娘が教えてくれた。

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詳細はまた続けて書きます。今日はここまで。

僕は家内を乗せて買い物から帰る途中、ちょうどその衝突事故の直後に通りかかった。交差点に差し掛かるとどうも様子がおかしい。車のヘッドライトの明かりの端に天井が下になってひっくり返ってる車を見た。

公民館前の広場に車を移動させて、ひっくり返った車にライトが当たるようにして停車した。家内が飛び降りて左右に注意して道を渡って逆さまになってる車に近づいて行った。

その車の助手席側のドアから中から女の人が1人這い出してきた。家内が手を貸して公民館の広場の石のベンチに腰掛けさせた。家内はその後、女性のバッグと手荷物を取りに行った。僕も車のライトを消して車から降りてその車の中からひざ掛けを取り出して女性に掛けさせるように家内に渡した。

女性は携帯電話で家族に電話を掛けていたようだった。

左手に車の前部がひしゃげた軽自動車があり、男の人が運転席のドアを盛んに開けたり閉めたりしていた。見慣れない人だったので、もう一方の事故の当事者だと分かった。怪我はありませんか、痛いところは無いですか、座られたらどうですか、などと声を掛けたが、大丈夫ですとの返答だった。

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この交差点は最近特に事故が多い。近所の人が野次馬で集まって来たが、口々に「こう立て続けに事故が起きるんじゃ、何とかしてもらわないと。」とか「信号機が必要だ。」とか言っていた。

ここは幼稚園バスや小学校のバスの乗降場所で、子供たちが集まる場所でもある。また、交差点近くにはここ最近何軒か新しい家が建って、小さい子供さんが居てよく遊びまわってたりする。子供たちが交通事故に巻き込まれないかとても心配だという女性も居た。

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金木犀香り始め

月曜日に四ツ谷駅前の交差点で今年初めての香りを嗅いだ。

今朝は通勤途中の団地の中の植え込みから香ってきた。

先週末群馬の自宅でまだかまだかと花芽を観察してみたが、小枝に白い蕾(?)のようなものが出てきているが、香りは匂って来なかった。いまはもう香っているのだろう。

明日は大きな台風が来るとの天気予報だ。強い雨風に耐えて週末にも芳香を放ってほしい。

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久しぶり参加_地区体育祭

正式には「平成21年度○○地区体育祭」という。平成21年10月4日 8:00~15:00 で執り行われた。

市町村合併前の旧○○町の行政単位で全28地区が運動会形式で得点を競い合って総合順位を決めるイベントである。

今年は第7地区第4組の隣組長ということで、体育祭参加のお願いから打ち上げ親睦会まで裏方として、また、勿論体育祭当日も現場に居て、二人三脚と百足競争に参加した。

実に何年か振りの参加であった。テントを張る場所が年々一つずつ順送りで移動するのだが、最後に参加したときはグラウンドの南側だったのが、今回は真反対の北側に変わっていた。

また、花形の100m走や1500メートル持久走や選抜リレーのエントリーメンバーも世代交代で様変わりした。

かって監督をしていた少年野球チームで、小学校低学年でボールを上手く捕球できなかったりバットに当てることも容易ではなった少年たちが、今や花形種目の選手に成長していたのには驚いた。

うちの子供たちも運動能力が優れていたらなあと、他人の子を羨ましく感じたりもした。

かっては自分も活躍して注目を集めたものだが、今や若い隣人や教え子を声援する役になった。少し寂しい気がしたが、これも人生なんだなと感じた。周りには更に年配の先輩がたが居られ、一生懸命に応援されていた。

打ち上げ親睦会では地区体協委員長から全体成績の発表があった。28区中21位の成績だったとのこと。全種目にエントリーできなかったために得点が伸びなかったとの分析が報告された。来年エントリー種目を増やせば更に上位に上がるだろうとのことだった。なお昨年は26位だったそうだ。かっては一ケタ台の順位だったような...?最近若い人たちの転入が増えてきたからこれからは順位は伸び代は大きいかもしれない。

親睦会では缶ビールと缶チューハイを相当数開けた。午後3時過ぎからの宴会だったが、体育祭当日が好天の下で立ってることも多かったため、疲れと日焼けもあって帰宅してからかなり酩酊していることが分かった。

久しぶりに育成会のメンバーの顔も覚えたり、年長者、若者と面識を増やすこともできた。非常に疲れたが楽しいイベント参加でもあった。

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久しぶりの親睦 in 月島

月島の「魚仁」に初めて行って来た。まぐろを食べようという企画で、おまかせ刺身の4点盛、アラ大根煮、ネギマ串、イカと里芋煮付け、たたきキュウリをビール、焼酎サワーでいただいた。3人で7,700円、滞在時間約2時間だった。

噂にたがわぬ繁盛振りで、小雨がちらつく中少し順番待ちして案内された。料理も期待通りの豪快さ。料金もリーズナブルで良かった。

この日の3人は2年程前に足立会なるものを結成して北千住でキックオフ飲み会をやったメンバーである。ところがこの日が長ーいブランクを経て2回目の親睦会であった。魚仁は僕が提案した。月島では是非とも一度訪ねておきたかったのである。

2年前、メンバーはそれぞれ綾瀬、竹ノ塚、江北に単身赴任していたのだが、直後に綾瀬のH君は先輩Tさんの事例等に啓発され夫人と諸々相談して高崎市に引越し新幹線通勤に変え、その後暫くして竹の塚のA君は太田市に転勤になったのだった。

ところが今年、A君が転職して再び首都圏(川崎市)で単身赴任することになった。

そこに遠距離出張が多く、これまで召集をかけても最も都合が付きにくかったH君が僕に珍しく一杯やろうとと連絡してきた。それじゃA君も入れて足立会復活と行こうじゃないかとなったのだ。

魚仁を出て月島西仲通りを散策後、新橋のバーに移動して二次会。H君幹事で年内の再会を約束して、二人は銀座線、一人僕はJR線へと別れた。

皆50歳を超え来年は四捨五入するとアラ還だというのに、仕事や生活環境が大きく変わっている。年末までにも想定外の何かが起こらないとは言えない。

「お互いたいへんだが元気出して行こうじゃないか。」

「こうして集まって飲むことでも元気になるしな。」

前に進むしかないとの結論であった。

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誕生日考

このところの報道で有名人の誕生日を知った。朝青龍(9/27)、クルム伊達公子(9/28)

朝青龍は秋場所で白鵬との優勝決定戦で勝利し賜杯を手にし、誕生日を飾った。

クルム伊達も9/27テニス韓国オープンで優勝した。しかし、翌日の東レパンパシフィックでは残念ながら逆転負けを喫した。

誕生日は誰にとっても特別な日だろう。自分が自分のためにどのような一日にするか、あるいは、親しい人たちからどのような言葉やプレゼントを贈られるかなどなど、いつもの日常とは違ったことを多くの人は期待するようだ。

一方で、また多くの人にとって、年を取るにつれて、誕生日のスペシャル性が色褪せたりあるいはお祝い等も自粛気味になったりもする。

自分について言えば、お祝いのメッセージをくれるのは家族や親兄弟くらいのものだ。なお、自分も最近は親族以外におめでとうと伝えたことがない。

また、赤飯を炊いてくれることも無くなって久しい。手間がかかる上に、ダイエットに腐心していたりするところに赤飯を貰ってもあまり食べなくなったりしたせいもあろう。

プレゼントも最近は義理でお酒等を贈られることが多いようだ。物を贈るのは事前の調査と準備とが必要であり、結構手間がかかる。僕も人にプレゼントしようと思う気持ちは大いにあるのだが、結局納得のいくものを期限までに準備できないことの方が多い。しかし、プレゼントは貰えると何でも嬉しいものだ。自分のことを気に掛けていていてくれたんだと思うと、ことさらありがたく思える。先日敬老の日に父にささやかな金額の衣類を贈ったが、予想以上に喜ばれて、こちらも嬉しい気分になった。

さて、我が家族関係でも9月、10月は誕生日が続く。それぞれの誕生日を大切にしてあげたいと思うのである。

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殺虫剤散布

母が従来の17Lタンクでは重たいので13Lタンクの新しい手動式噴霧機を購入した。

殺虫噴霧液は殺虫剤原液を約1000倍に水希釈し、雨が降っても流されにくいように展着剤を混合して調製した。土日にかけて13Lタンク4回分を散布した。

まず庭木類。モミジ。イロハモミジ、ヤマモミジの枝の下の地面等に黒く丸い糞が落ちており、これから紅葉しようというのに葉が虫食い状態になっていた。10匹ほどのイラガの幼虫やシャクトリムシが観察できた。

次に、ヤマボウシとハナミズキと梅にはアメリカシロヒトリが一部付いていた。梅の木の毛虫が最も成長していて元気に動き回っていた。

最も注意深く観察したのはサザンカだ。家内の実家の応接室前のサザンカの葉は既に一部食われてヒイラギの葉みたくなっているものがあった。チャドクガが付いているように思われたので、少し濃い目の殺虫噴霧液を調製して2日に渡って、木全体に上から下からそして表から裏からと満遍なくかけた。我が家のサザンカの生垣は特にチャドクガが付いた怪しい形跡は認められなかったが、事前予防のために殺虫消毒した。

日曜日は特にシソ(紫蘇)の殺虫消毒をした。家の南西側の大きなソメイヨシノ3本はアメリカシロヒトリにほとんどの葉が蚕食された。そこに巣食っていた毛虫たちがなんと風に乗って運ばれあるいは地面を這って移動して(あるいは、また別の毛虫なのか?)種子採取のために畑に植えてあるシソ(すでに背丈は1mを超え、枝を広げて相当大きく成長している)に多数匹付いていたのである。酷いものは幹と枝ばかりにされていた。これも希釈濃度を約600~700倍とやや濃い目にした殺虫剤を噴霧散布した。

全体の作業を終えてみると、毛虫がついてるシソの木は少数だった。その他の木は平和な生物コロニーのようなものができているようだった。カマキリがたくさん居た。特に背中に子供を背負ったようなバッタが多く居た。さらに小さな蛾、ときにイモムシや大型の毛虫も居た。カマキリは餌となる虫がたくさん居るのでそれらを狙って来ていたのだろう。どれも腹部が膨れて栄養満点であるように見えた。

殺虫剤を散布しているときに頭上のソメイヨシノの木の枝に百舌が飛んできてひとしきり鳴いた。ふと小さい秋見つけたの歌詞を思い出した。

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使用した殺虫剤 ディプテレックス乳剤(ジメチル-2、2、2-トリクロロ-1-ヒドロキシエチルホスホネート …10.0%、乳化剤、有機溶剤等 …90.0%)http://www.hokkochem.co.jp/nouyaku/product/11499.pdf

展着剤 アプローチBI(ポリオキシエチレンヘキシタン脂肪酸エステル

【参考】

オンブバッタ:ショウリョウバッタに形が似たオンブバッタ(負蝗虫)という種が有りますが、バッタ類は交尾の際に♀が♂を背負います。その為かバッタ類は一般に♀の方が♂より大分大きいのです。(引用元:http://www5e.biglobe.ne.jp/~elnino/Folder_DiscoverJPN/Folder_PhotoLibrary/JPN_Insects_Gh.htm

ウィキペディア: http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%B3%E3%83%96%E3%83%90%E3%83%83%E3%82%BF

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虎の尾を踏む男達_黒澤明監督作品

★★★★☆

1回目の鑑賞は少し寝ぼけていたので9/30に再度鑑賞した。日本人が義経(判官)ものをこよなく愛していたことが分かるストーリーだ。印象的なシーンの連続だ。

①安宅関で尋問を受けるところ。例えば弁慶が富樫に聴聞したいと要求され、白紙の巻物の「勧進帳」を読み上げる振りをするところ。

②にわか山伏ではないと認められて首尾よく通り抜けようとするが梶原の使者が強力が判官に似ていると待ったをかけるところ

③弁慶がとっさの機転で杖で主の義経を打ち据えるところ

④弁慶が土下座して義経に詫び、義経が大菩薩の手が叩いてくれたものとこれを赦すところ

⑤富樫が義経一行に粗酒粗肴を届けさせ、弁慶が豪快に飲み干すところ

⑥酒の肴に踊りと舞を見せるところ

⑦酒によって寝ていた強力に着物が掛けられ一人取り残されており、義経一行が風のように消えていたところ

①~②の場面で流れるコーラス「虎の尾を踏み、毒蛇の口を逃るることに...」

③の後、富樫「己の主を杖を以って打つ家来はござらぬ。」

<キャスト>

弁慶:大河内傳次郎

富樫:藤田進

強力:榎本健一

亀井:森雅之、片岡:志村喬、伊勢:河野秋武、駿河:小杉義男、常陸坊:横尾泥海男

義経:仁科国芳(岩井半四郎)

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まだ観ていない黒澤明監督作品を鑑賞することにした。近所のGEOが旧作品の100円レンタルセールをやっていて、日本映画の名作コーナーにDVD版があったからである。

とりあえず3作品を借り、約60分のこの作品から観た。1945年の作品である。合唱を組み合わせた映像でミュージカル風である。

大河内伝次郎、榎本健一といった俳優の味のある演技が見ものである。特にいわゆる黒澤明らしさは感じなかったが、どっしりと落ち着いた人物配置や風景画面映像が観られたと思う。

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今朝は秋のクリーンアップ作戦で、空き缶拾いなどを朝6時から行った。開始予定は6時なのだが、ここ最近は定刻前にスタートするのが慣例になって来ている。

可燃物と不燃物用のゴミ袋を片手に各自主に自宅近辺を歩いて回ることになっている。我々の地区は普段から空き缶の投げ捨てが少ないので、実質的なクリーンアップ作業ではなくセレモニー化している面がある。

一方で、広い国道や交通量が多い道路沿いの地区ではたくさんの投げ捨てられた空き缶やペットボトルが見つかりたいへんな長時間の作業になっていたりする。

幸いに今年も我が地区は空き缶等の投げ捨てが少なかったので短時間で解散となった。

早起きして寝不足であったが、一度覚めた目では直ぐには二度寝に入るわけに行かなかったため、静かな早朝の時間を利用して黒澤映画を観たのであった。

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Y川さん告別式

19日に心臓発作で亡くなっていたのだそうである。訃報が届いたのは昨日(25日)であった。

25日通夜、26日告別式で、告別式に参列した。

心よりご冥福をお祈りする。

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KJ会(OB会)からM蔵会長、I浦事務局長

故人同期入社者としてS藤さん(I東さんの弔辞を代読)、O原さん(弔辞を述べられた)。<S沢さん欠席、>

以下、思い出すままに、

A野(再就職先にまだ慣れないとのこと)、T田(就活中)、N野(一旦契約を切られ、別の会社から改めて契約するらしい。)

I坂さん、M井さん(布教で日焼けしているとのこと)、O野部さん(名古屋で損保会社勤務とのこと)、H田さん(元IS、白髪)、M島さん(元IS,今コンピューター会社?)、S畑さん(元書記長)、O保方さん(川崎にて単身赴任中、もう8年単身とのこと)、K村さん(ご近所)、F島君、T井さん(元営業で最後O田事業所)

女性:H本さん(昔と変わらず、と思えた)、K嶋さん(先輩、浦和会メンバー)

その他:ゴム販売会社社長U田?夫妻(婦人はOGとのこと)

なお、H野君は昨日通夜に参列した。

M社の現役社員は告別式には誰も来ていなかった。

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(続)トウガラシダメージ

昨日の夜の風呂では、風呂に浸かっているときは何ともなかったが、風呂から上がって身体の熱りも冷めてきたあたりから、指先だけがポッカポカと熱く感じるようになった。

血行が良くなるとカプサイシンが効いてくるようだった。毛細血管の血流増加によって神経が鋭敏になり皮膚中に残存する辛味成分からの刺激を感じるようになるのだろうか?

いずれにしても随分長い間影響が残るものだと思う。

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カプサイシンの薬や麻酔等としての効能についてはいろんな情報があるようだ。

摂取し過ぎは身体、特に脳に良くないとの情報もある。

しかしながら、皮膚に付いてひりひりするのを緩和する方法については未だ有益な情報を発見していない。

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青唐辛子ダメージ

青唐辛子味噌作りでは下ごしらえがたいへんだった。

生け花用の鋏を使って青トウガラシの実を柄から切り離し、流水で洗って、ペーパタオルで水気を取った。次に実の一つ一つについて、ヘタの部分を包丁で切り取り、続いて実の本体をタテに二つに割り、そして緑の鞘に収まってる薄べったいが硬い白い種子を取り出した。

次に種子を取り終えた実の部分を小口切りの様にして細かくみじん切りにした。

これらの作業を数百グラムもの実についてやると結構手間だった。

そしてこのときの大失敗は全て素手でやったことだった。

おかげで左右の特に親指と人差し指と中指の先端部分が皮膚表面より深い部分までトウガラシの辛味成分カプサイシンに汚染されてしまったのである。

そのおかげでひりひりした感じがいつまでも取れなかった。洗剤や石鹸で洗ってみたがダメであった。酢を試そうとしたが、更に悪化するのではとの恐怖が先立ち結局止めた。

その当日など、寝ぼけて洗顔した際に目頭の辺りをいつものように人差し指と中指の先端部の腹を使ってこすってしまったために目頭に火が出るようなひりひり感が移ってしまった。

その後も指先のひりひり感は一向に引かず、自分の身体に触るのも注意が必要だが、他人様にもうかつに手を出せない状況に陥ってしまった。

最も困ったのはお風呂だった。久しぶりに熱い風呂に入ろうとしたら、指先の血行が良くなったのかひりひり感が猛烈な痛みに変わり、指先がHOT!HOT!な感覚に覆われてしまったのだ。

冷凍庫の保冷材を取り出して痛む指をくっつけてやっとほっとできた。しかし、指先を冷やすのを止めると再び猛烈な痛みのようなひりひり感が蘇って来た。

結局ひりひり感が気にならなくなるまで相当の時間が掛かった。

今日はもうそろそろ丸3日目になろうとするが風呂に入ってどうなるか不安だ。

別途、皮膚に付いたカプサイシンの除去方法等について調べてみようと思う。

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小学校運動会

小学校運動会
小学校運動会
小学校運動会
小学校運動会
小学校運動会
招待と感謝状

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スイレン

スイレン
スイレン
昨日の小学校の運動会は好天の下に行われた。
鼓笛隊パレード、高学年の花笠音頭とソーラン節の演技はよかった。
最終プログラムの学級選抜対抗リレーまで見た。小学生は思い思いのフォームで走るもんだ。
校庭を出ようとしたら先生たちから、子供たち(僕のは四年生)が書いた感謝状を貰った。ほのぼのする絵と文字がかかれていた。
校庭には児童と父兄等で1500人位は居たんじゃないかな?
観察池で写真を撮ってる人がいたので、僕も撮った。睡蓮は葉っぱの形がおもしろい。

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則無恒産、因無恒心(恒産なくして恒心なし)

今日民主党政権が正式に誕生する。

「議員内閣官僚制度」を改めて欲しい。

官僚には知識と情報があるだろうが、変革は起こせないと思う。政治主導でなければ閉塞感漂う今の日本に変化は無いと思う。

現在とこれからの日本国民が望む国の形と仕組みを作り出してくれることに期待する。

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民主党政権の門出に当たり、標題の孟子の言葉を贈りたい。

豊かな人生の条件としては、
1)ある程度の財産があり、できれば老後の収入が安定し保証されていること
2)家族関係に不和がなく、友人に恵まれていること
3)趣味が豊かであること
などで、他に「普通の健康体であって、病気に悩まされることが少ない」など。

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今日森永卓郎氏の書いた記事(森永卓郎:自民党が撒いた「怪文書」に見る自民党の質的劣化→  http://www.nikkeibp.co.jp/article/news/20090915/181306/?ml)を読んでいて「貧すれば鈍す」という格言が目に止まった。「貧すれば貪す」は間違いのようである。

恒産なくして恒心なしに通じる日本の格言であるが、どちらも深い意味を持つと解釈されている。

他に「衣食足りて礼節を知る」

【参考】

故事百選:http://www.iec.co.jp/kojijyukugo/vo34.htm

貧すれば鈍す英訳 Poverty dulls the wits.

貧乏すると、世俗的な苦労が多いので、才知がにぶったり、品性が下落したりする。

衣食足りて礼節を知る英訳 A man will know manners after he can afford clothes and food. http://godiego-web.hp.infoseek.co.jp/english/proverbs/proverbs/proverb12.htm

Manner and money make a gentleman.「お金と礼儀が紳士を作る」
空袋は真っすぐ立てない。/衣食足りて礼節を知るAn empty sack cannot stand upright.《諺》

生活に余裕ができて初めて礼儀や節度をわきまえられるようになる。http://www.d2.dion.ne.jp/~nob_o/kotowaza/a_isyokutari.html

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ムチ打ち症?

日曜日も首肩の辺りがどうもスッキリしなかった。

肩凝りがするし、首筋も頭を支えていると疲労感を覚えた。

マッサージチェアーに座ってマッサージローラーを「どんのくぼ」(これは方言らしい。後頭部の窪み。)に押し当ててグイグイやると頭がスッキリしてくるようで気持ちよかった。

しかし、立って歩いたり、TVを観たり、パソコンの前に座ったりするとやがて首が凝って頭がぼーっとしてくるように感じた。

ムチ打ち症の症状ではないかと思った。

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そのような症状にもめげず、グリーンセンターに出かけてつる植物と多肉植物を買ってきた。かみさんがそれぞれトイレと玄関に置いた。

サンスベリアが繁殖して、植えていたプラスチック鉢の中で相当根を張ったようで、鉢が外から変形しているのが分かった。先週植え替え用の鉢と土を買っておいたので、植え替えを行った。古い鉢からはなかなか抜き出せず、一時鉢をカッターで切断しようかと思ったほどだったが、回りと縁をコンコンと根気よく叩いていたら根っこがずれて出てきた。鉢がそれこそ鉢広がりの逆四角錐状だったのが幸いだった。

黄色い細根の中にぶっとい朝鮮人参のような根っこが絡み付き合っていた。土はほとんど見えず、鉢の中は全て根で占領されていたようだ。

新しい大きな鉢に植え替えるとき、カミサンは根をほぐすか株ごとに切り分けたらどうかと言ったが、ほぐすのも切り分けるのも難しそうだったので、そのまま植えさせてくれと言って了解を得た。

土を半分くらいまで入れた新しい鉢に古い鉢から引っこ抜いたままの根の形でドンと置いて、その根の塊の周囲に土を入れていって植え替え完了となった。水をやって、鉢の下から水が流れ出なくなったところで、下敷きトレイを付けてサンルーム内の木の台の上に置いた。鉢が大きくなってさすがに安定感が出た。それまでは頭でっかちで安定性が悪いように見えたものだった。

同時にサンスベリアにとっては根回りとその上の空間が少し広がったことから何だか伸び伸びできるようになったのではないか?それまで小さい鉢の中で垂直に直立してぎゅうぎゅう詰めであった数本の株が、心なしか上部の方の葉を互いに少し離して広がったように見えた。

左手で右肩を揉みながら、自分の肩凝りもこれにあやかって早く和らいでくれないかなーとふと思ったのであった。

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たこ焼きとアルコール殺菌効果

久しぶりにたこ焼きを食べようと築地「銀だこ」屋の列に並んだ。築地と看板を掲げているが、本社は桐生市である。

たこ焼きはファーストフードではない。焼くのにかなりの時間を要する。並んでいるお客の購入する数量にもよるが、3人以上並んでいるようなときは自分の番が来るまで相当待たされると覚悟しないといけない。昨日は5、6人目に並んだ。おかげでたっぷりと待つことになった。

たこ焼きプレートは2列1組のものが10組(計20列)ほどあったと思うが、並んだときにちょうど焼き始めたたこ焼きを持ち帰ることになった。したがって、たこ焼きの焼き方を全工程じっくり見学することができた。

たこ焼きは小麦粉を水で溶いた生地をプレートの窪みに流し込んだ後に、ぶつ切りのたこや紅生姜やネギを刻んだもの(トッピング)を丸いたこ焼きのコアとなる窪み部分やその周辺にポンポンポン、パッパッパッパと投入あるいは撒き並べて行く。その後はプレートの底の部分が上手く焼けたかを確認して、頃合いと判断すると、千枚通しのような道具2本を使って、焼けた下側が上になるようにひっくり返す。この返しの作業をマメに繰り返すうちにまん丸のたこ焼きに形が整っていく。最後にサラダオイルのようなものを周辺から掛けまわして表面がカリッとした歯ごたえになるように仕上げる。中はとろっとしている。

これまでに何度か見ているのでそれほど目新しいことは無いのであるが、今回は初めて観たものがあったので書き留めておこうと思った。

たこ焼きを作るところと会計のところとたこ焼きの具材置き場のところに消毒用のアルコールポンプが設置してあり、従業員の人たちが頻繁にポンプを押して手をアルコール殺菌していたのである。たこ焼きを作るところでは火から遠ざけるためか、プレートからは少し距離を置いたところの高い棚の上に置いてあった。

たこ焼きを焼く担当者は上記のたこのぶつ切りを投入したりトッピングをしていく直前になると、必ずアルコールポンプで手を消毒していた。アルコールを手につけてからたこやトッピングを手づかみするまでは瞬時である。アルコールの殺菌力がどのくらいの時間で発揮されるかは分からないなと感じながらそれを眺めていた。

会計担当は焼き上がったたこ焼きにソースを塗って鰹節や青海苔をふりかけ、客の好みのマヨネーズを付けてビニール袋に入れて、それを代金と引き換えに注文した客に手渡す。代金をレジに入れた直後だと思うが、アルコールポンプを押して手を消毒した。これを毎回ルーチンとして繰り返すのであった。

このようなアルコール消毒の効果はいかなるものかと考えたのであった。

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ウェブ検索によるとエタノールの70%水溶液が最も殺菌力が高く、即効性があるとのことだ(下記参照)。

インフルエンザウイルスに対しても有効のようで、99%を死滅させるとのこと。

即効性があるとはいうものの、インフルエンザ対策としては15秒以上乾かないというのが推奨されるようだ。ジェルタイプのアルコール消毒剤などが良いのだろう。手洗いに関しても15秒以上掛けて洗うのが良いとのこと。「15秒」はインフルエンザ予防の一つのキーワードだ。

しかし、全ての細菌に有効というわけではないらしい。特に「アルコールに抵抗性があるノロウイルスをはじめ多くのウイルスではこのような使い方ではウイルスは死滅しない。」とのことで、注意が必要だ。ノロウィルスには次亜塩素酸ナトリウム、加熱、熱湯、高温スチームを第一選択せよとのことである。

なお、次亜塩素酸ナトリウムは手指に使用することはできないので、感染予防には丁寧に手洗いをするしかないようだ。調理前は2回繰り返すことが奨められ、そして、手洗い後にアルコール系消毒剤を15~30秒間乾かない量を擦り込むような感じで使用すると手洗いの効果を高めることになるとのこと。

ペッパーランチやステーキのどんで騒がれている病原性大腸菌O157は75℃で1分間以上加熱すれば死滅するとのこと。

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【参考】

0.築地銀だこ:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AF%89%E5%9C%B0%E9%8A%80%E3%81%A0%E3%81%93

1.例えば、「脂肪酸アルコールと水を一緒に作用させると細菌の細胞膜を溶解しタンパク質を流出させる作用があります。消毒には一般的に人間に害のないエタノールが用いられますが、水が含まれている必要があるので100%エタノールではなく70%エタノールが繁用されます。
アルコール消毒が実験や医療現場で用いられる利点は、即効性があるからです。アルコールは細胞膜内に容易に入り込むことができる性質があるので、瞬時に細菌を殺すことができます。しかしながら、アルコール消毒に耐性のある菌(糸状菌、芽胞形成菌)も存在するので万能ではありません。」

2.個人、家庭及び地域における 新型インフルエンザ対策ガイドライン:http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou04/pdf/09-12.pdf

3.感染症ものしり講座:http://www.iph.pref.osaka.jp/infection/monosiri/4/4.html

4.腸管出血性大腸菌O157について:http://www.pref.tokushima.jp/generaladmin.nsf/0/A5FFC6AF473888DE49256EC800215025?opendocument

5.O157とその予防:http://www.nagasaki.med.or.jp/mini_info/index_d.htm

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キジバト、無念

庭のヤマボウシの木の実が赤く色づいた。

それとともに少し夏の頃の繁り葉の勢いがなくなったようだ。

先週気付いて気になっていたが、そのためにキジバトの巣の在り処が見透し易くなったように感じられる。かみさんなど「お父さん、少し枝でも切った?」などと訊ねたほどだ。

今朝リビングに座って何気なく窓から外を眺めていたときだ。ハシブトガラス一羽が庭のインターロッキングの上に舞い降りた。と、すぐにヤマボウシの木に飛び上がった。キジバトの巣が在る辺りだ。

「さては!」と窓に駆け寄ってキジバトの巣の辺りを見たとき、ハシボソガラス(嘴太ではなかったようだ)がヤマボウシの木から東の方へ飛び立った。そのクチバシは半開きのようで何か白いものを加えていたように見えた。

キジバトの巣の辺りを見るが枝が遮ってよく見えないかった。急いで玄関に回ってサンダルをつっかけ、ヤマボウシの木のそばに行ってみた。

上の方の木の枝を見上げたが、巣にキジバトの姿は無かった。暫く巣を観察したが、先週より荒んで隙間が目立つように感じた。ふと木の根本付近に視線を下ろすと、枯れた小枝が数本散乱していた。そして驚いた!

緑の芝生の上に赤く色づいたヤマボウシの実がいくつか落ちていたが、その中に真っ白い卵があるのが目に飛び込んできたのだ!

キジバトの卵であることは明白だった。

拾い上げた。無事のようだった。しかし、裏側を見てショックを受けた。一箇所殻が壊れ黄身が漏れ出ていたのだ。そして小さな黒いアリ3匹がその周りを這い回っていた。

卵を手に持ったまま再度キジバトの巣を見上げた。辺りを見回す。キジバトの「ポロロ、ポロロ」という鳴き声が聞こえたようだった。キジバトはもう巣には戻ってこないだろうと直感した。

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きつかった今週

右肩の打撲と膝の擦り傷の痛みの二重苦に苦しんだ一週間だった。

肩の方は背中から首筋乃至こめかみ付近にまで影響が及んだ。鎖骨の末端部の方の骨の辺りが特に強い痛みを感じる。そこから首筋に向かっての肩の筋肉がとても凝(こ)っている。さらにそこから背中側肩甲骨の方へと面状にコリが広がる。胸側の方は黄変しているがコリや痛みはさほどない。ただ右側の首筋にそった奥の方が普通ではないように感じる。こめかみは食事で物を噛む時にずきずきした筋肉痛を感じた。

右肩から落ちたときに頭部も強打したようだ。そして今現在右ひじを突いて手のひらで頭を支えて寝そべるポーズがとれない。右肩、右首筋に未だ完治できていない部分があることが明らかだ。

今週一週間はこの肩から首へのコリが影響して、右腕が自由に使いづらく、パソコンのマウスやキーボード操作に難儀した。長時間作業していると肩全体が凝って仕方なかった。

膝の傷は日々良くなって来たが、膝下の方の傷はまだ痛みがある。かさぶたができて乾燥してきたので週後半はガーゼを当てる必要も無くなった。痛痒い感じになってくればしめたものだが、もう少しである。階段昇降や自転車ペダル漕ぎも少しずつ普通にできるようになってきた。木曜日までは右足はつま先を思いっきりオープンにして自転車を漕いでた。

金曜日の飲み会の誘いは断った。今日土曜日は少し晩酌でもしてみようかと思う。

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日日平安

映画「椿三十郎」の原作が収められた山本周五郎の「日日平安」(新潮文庫、S46年発行第69刷)を読んだ。

この文庫本は後述の11の短編集であり、そのどれもがとても面白い。その中で黒澤明監督の映画の原作となったのが「日日平安」であるが、読んでみると映画のストーリーとは違っている点が多々ある。すなわち黒澤映画は原作を翻案したものである。

原作は自分の空腹を満たしたい一心から切腹の芝居をした菅田平野(すがたひらの)がそれをきっかけにとある藩の騒動に巻き込まれ、彼の建策により悪者一味から城代家老を救出して藩の騒動を治めることに貢献するというものである。城代家老陸田(くがた)の一家(特に奥方と娘)はみなのんびり、おっとりした性格でその生き様がタイトルの日日平安(にちにちへいあん)となっている。

したがって、大筋は原作のストーリーが使用されている。しかし、菅田平野は椿三十郎(三船敏郎や織田裕二)のようにはかっこよくなさそうだ。剣の腕が立つといういう風にも描写されていない。また藩の危機を救おうと立ち上がる若侍たちや、悪者の方のリーダーや剣の遣い手、それに紅白の椿の花やそれを小川に流して合図にするなどという映画での印象的なシーンは出て来ない。

しかしながら、映画特有の脚色を施したものよりも、より現実的で登場人物の人間性や人と人との関わり方などが読後に印象深く残るのである。

黒澤明たちがこれを映画化しようと考えた理由をこれから追究してみようと思う。

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今週NHK「この人にあいたい」で黒澤明をやった。「物を作る人間として妥協せず一生懸命にやることは当然だ。」のように語っていたのが印象に残った。

傑出した映画監督だが、50代を含む15年ほどは不遇の時代を経験した。

今手元に「映画についての雑談」という氏の手記のコピーがある。絶版となっている氏の著作「天使のように繊細に悪魔のように大胆に」が国会図書館に収蔵してないかをT君に確かめて貰ったときに、親切にもコピーを取ってきてくれたものである。興味津々である。

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収録された短編

1.城中の霜 武家もの。橋本左内の最期。

2.水戸梅譜 武家もの。日本人の忠君思想。

3.嘘アつかねえ 下町もの。個人的にはとても気に入った作品。女と女房の違い、それに翻弄される男・亭主の悲哀。

4.日日平安 武家ものの滑稽もの。

5.しじみ河岸 恋人を殺したと自白したお絹の「生きることに疲れた」の言葉に律之助はやりきれない思いに囚われる。

6.ほたる放生 岡場所もの。船頭藤吉が真剣に思いを寄せるお秋には性悪な情夫村次がいた。

7.末っ子 末っ子はとかく甘やかされるとの世俗的理由で、実際は厳しく扱われて育った小出平五は七歳のときから貯蓄を始め、御家人株を買って独立しようとするが、最後は武士を捨てて恋人も見つけ骨董屋になる。 

8.屏風はたたまれた 早くから秀才と呼ばれイケメンでもある吉村弥十郎は藩公の血筋を引いている。青年となってなるべく目立たぬように生きる術を身に付けていたが、ある日文が届き、それから不思議な体験をする。その体験を忘れる決意をするとき彼の心はあたかも屏風がたたまれてゆくように感じられた。

9.橋の下 武家もの。これも印象深い一編。橋の下の乞食夫婦の亭主がこれから果し合いに臨もうとする若者に自分の体験を語って聞かせる。一人の女のために親友を斬ったが、若い日に自分がやったことはそれほど価値があるものだったか?と。

10.若き日の摂津守 奸臣に囲まれた藩の中では自分が暗愚であることが保身となった藩主、摂津守。バカ殿に見えるように育てられたため、成人しても流れ出るよだれを止めることはできず、絶えず袖で口の周りを拭く。吃り吃りしゃべる。しかし、彼には隠している本心があった。

11.失蝶記 大砲の暴発で聴力を失った青年武士谷川主計(かずえ)は裏切り者の罠に掛けられ盟友杉永幹三郎を夜陰の中で斬って死なせてしまう。その殺人の罪と杉永の敵討ちとしてかっての仲間と盟友の婚約者に追われる。追い込まれた谷川は... 

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肩から胸へ

打撲した右肩の周りの筋肉痛が薄れてきた。しかしPCのマウスとキー操作は少し難儀だ。

昨夜風呂上りに鏡を見て驚いた。右胸が黄色く変色していた。どうやら肩の痛みが薄れるとともに悪い血が下がってきたらしい。これは診察を受けた女医さんが説明してくれた通りだ。

自分自身でも以前左肩を打撲して治る途中で同様の現象というか症状を見ている。

早速明るい照明の下に行って携帯電話のカメラで記録撮影した。

かみさんに写メールしたら「もう治ってきたということだね。」と返信が来た。

そうなのだろうが、実際はまだ痛みも凝りもある。右肩の上の筋肉は腫れたように少し盛り上がって見えるし、右腕は後ろに引いて胸をそらすことができない。首の付け根も左右ともに凝った感じがする。右側をかばうせいか左肩の方にもやや筋肉の張りを感じるのだ。

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それに加えて難儀に感じるのが、右ひざの擦り傷だ。膝下と膝頭の2箇所に楕円状の大きな赤い傷がある。膝を曲げるときに痛みを感じる。階段の上り下りと自転車のペダル漕ぎでこの痛みに耐えないといけない。

毎晩シャワーで傷口を洗って、暫く乾燥させてから、ガーゼを4枚になるように折り重ねてテープで止めている。(右肩の上部背中側にも同じような擦過傷があるので同じように処置している。右肩はさらに筋肉痛が酷いところに湿布薬を貼り付ける。)それからパジャマを着て寝る。

膝下の擦り傷は面積も大きくじくじくしていてなかなか乾かない。当然接触する最下層の1枚目(あるいは2枚目も)のガーゼがくっつく。これを剥がすのが一苦労である。

傷口にくっついたガーゼを残すように、その周辺部をハサミで切り、切り取ったほとんどのガーゼは捨てる。残った傷にくっついたガーゼに霧吹きで水を掛ける。すると案外早く痛みも無く簡単にガーゼが引き剥がせる。

今日はその傷口も大分乾燥してきた。昨日までは日中はガーゼで覆ってテープで固定して、ステテコを穿いてズボンを穿いていたが、今日はガーゼを付けないことにした。その方が乾いたかさぶたができて治りも早そうに思うのである。

しかし、ある医者はかさぶたは無いほうが治りが早いと言ってできたはなから引き剥がしたとかってかみさんが言っていたのを思い出した。どっちが治りが早いのだろう?

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子どもの頃は膝っ小僧には常にかさぶたがあったように記憶している。

でもいつも元気に飛び回って、膝の傷のことを長々と気にした記憶は無い。

子どものときは傷も浅かったし、新陳代謝も良くて治りも早かったのだろうと思う。

大人になって、それも中年になって頭で思ったように身体が動かないと感じるようになってからは、負傷程度が酷くなる傾向があるようだ。言い換えると転び方がど派手になった。

来月4日は町民体育祭が予定されている。何年か前の400mリレーでバトンを渡した後右肩から落ちて転んでからは引退していたのだが、隣組長の今年は立場上参加しない訳にはいかない。今のケガが早くよくなり、事前に少しトレーニングができることを望んでいる。

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昨夜は区長、体協役員と隣組長とで運動会の準備会議があった。先週末隣組に電話で参加協力を打診した結果を持ってかみさんに代理で出席してもらった。会議は順調に進んで、各競技種目のエントリーメンバー表も埋ったと報告を受けた。隣組長の役目として最もたいへんなものの一つが片付いたと知りほっとした。

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肩の痛みに思う

朝から右肩が少し痛む。昨日はそれほどでもなかったから快復してきていると楽観していたのでややショックだ。

パソコンのマウスを動かすのもキーを叩くのも億劫に感じた。

首の付け根辺りの痛みが大きい。単なる筋肉痛とは違う性質の痛さだ。

湿布が体質に合ってなかったのか、それとも昨日まで服用していた痛み止め薬が効いていたのか。

絶えず重たい鈍痛を感じながらふと過去に同じ経験をしたことがフラッシュバックして来た。正確には昨日からその思いに囚われているのだが...

何年か前の雨の日に自転車で愛犬を散歩に連れて出たとき、坂道でバランスを崩して左肩からアスファルトの路面に転倒した。そのときは左肩が暫く痛んだ。左腕は上に上げられなかった。肩の鬱血がその内に胸の方まで黄疸のようになって広がってきた。そのときの不自由な日常生活の体験が蘇って来たのだ。

今は右肩だが、あの過去の出来事と何か関係が有るのではないかとさえ思う。

昨年無くなった愛犬の魂は安らかにしているのだろうか。今週末帰宅したら墓に線香とおやつでも上げて供養しようと考えている。

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塞翁が馬

禍福は糾える縄の如し

この世の幸不幸は、より合せた縄のように、常にいれかわりながら変転する。(参照:広辞苑)

ハッピー 川越の街並みの賑わいを見た。アンハッピー 所沢で転んだ。

忙しいのに余計な仕事と出費を増やしてしまったようだ。予定が狂ってたいへん。

自分自身に腹が立つ。俺の気持ちは誰にも分かるまい。ストレスが溜まる一方だ。

先週までちょっとはしゃぎすぎたか?神様が罰を与えたのか?

しかし、軽く済んで良かった。

「人間万事塞翁が馬」を思い出した。

良いことがあったので悪いことが起こったのか?

それとも、悪いことがあったからこれから良いことが来るのか?

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直後にかみさんの車の左側後輪がパンクしていることが分かった。釘が刺さり、それが内側のリム部分を切り裂いたためにタイヤは使い物にならなくなった。

しかし、運転中の重大事故につながらなくて良かった。

たまたま僕がミスったことを連絡していて気付いた。

これまた禍福は交互にあるということか?

とにかく家族の間では暫く慎重に行動しようということになった。

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緊急外来の女医さん

転倒により右肩、右ひじ、右手小指、右ひざ、右ふくらはぎ及び右眉尻に擦過傷と打撲を負った(9月5日、大安)。

幸いにも軽症で済んで良かったと言って貰えたが、自分自身はミスが悔やまれて精神的にはストレスが溜まっている。

おまけに傷が痛む。打撲した肩の辺りは筋肉痛が酷い。肩凝りから来るのか気分も悪いし、胃の辺りがムカつく感じがする。根気と集中力に欠ける。

一応、H江病院の緊急外来に行って、診察とレントゲン撮影を受けた。

現れたのは若い女医さん。歯切れ良いしゃべり方から竹を割ったような性格だと感じた。自分としては普段から苦手なタイプである。ましてや負傷してめげてる時であればこれはいかんと直感した。

ところがあにはからんや、とっても親切ではないか!しばらく診察を受けていて分かったのが、「整形外科を専門としていない。」ということであった。そのために多少言い方が柔らかくなったのだろうか??

「できれば一応レントゲン撮影をして骨に異常が無いか診てもらいたいんですが。」

「腕は肩より上に上がりますか?肩を回すことはできますか?」

「はい。どちらもできます。」

「骨に異常があればできないでしょうね。心配は要らないように思われますが。」

「そうですか。じゃレントゲン撮影は省いて貰っても良いです。」

「いえ、撮ります。」

「???」

このやり取りが最も印象深かった。

その後右肩と左肩のレントゲン写真を比較して異常ないとの説明を受けた。ただ、右肩の骨の先端部に筋に強く引張られた時に起こる骨の剥離のようなものが観察されるようだとのコメント。特に治療はできないので経過観察して異常が感じられたら再度来院してくださいと言われた。

言われて見ると確かに薄い白い小さな影を肩の骨の先端から少し間を置いたところに観ることができた。肩の上から触ってみると少し痛いような気もする。さすがに専門家は違うなと感心した。

女医さんの説明を受けながら、自分の胸部レントゲン写真を隅々まで観察してみた。首のあたりで背骨がS字状に曲がっているのが気になった。姿勢が悪いのか、撮影の角度により正常でもそういう風に写ったものか?肺には特に異常は無いようだった。あれは小学生高学年のころだったか、左側の肺の下の方の一部が癒着して左右の肺の形が違って見えたことがあったのを覚えている。今は治ってしまったのだろう。

肩と膝の擦過傷には傷口にくっつかないフィルムつきの大判の防水性傷絆創膏を看護婦さんに貼っていただいた。このときの女医さんの絆創膏選択と指示は全く正しいものだった。薄く伸び縮みするフィルム材に粘着剤が付いたその防水性の特殊絆創膏を着けたまま、その日は普通にシャワーを浴びた。翌日の夜その傷バンをガーゼに取り替えようとしたときだったが、その特殊絆創膏は全く傷にくっつくことなく、従って全く痛みを感じることなく剥がすことができた。しかも驚いたことに傷口はほぼ乾いていたのである。技術は進歩したなと感心した。

その後丁寧に痛み止めの飲み薬と湿布薬の説明があった。更に丁寧に暫く禁酒の指示も出たのには参った。仕方なしか。

なお、上記の傷にくっつかない傷バンだが、それをいただけないかのかと看護婦に訊ねたら、それはお出しで来ませんとのことだった。さあ、今日からはじくじくした傷口にガーゼが貼り付き、それを剥がすときはさぞ痛いことだろうなあ...

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久しぶりに病院に行ったが、最近はカルテもパソコン画面だけで処理するようだった。自宅近所の開業医では今でもボールペンで紙のカルテにせっせと書き込んでいるのだが、今回の女医さんはマウスとクリックだけでカルテを作成したようだった。メディカルシステムも相当革新されてきたということだろう。その内にそのような電子データが個人カードに保存できるようになるのだろう。ついでに過剰な医療費の削減等にも活かせるようになるといいなと、勝手に妄想したのであった。

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キジバト依然抱卵中

今週はオナガがたくさん庭で観察できる。キジバトが巣を掛けている木にもニアミスを繰り返す。

それにもめげずキジバトの親はじっと卵を温めているようだ。一週間ぶりに観察したが偉いもんだと感心する。子孫を残すということはかくも忍耐が必要なのだ。

オナガはカラスの仲間とのことだ。泣き声もギュエーギョエーみたいで何だかカラスの仲間だなと感じてしまう。

毎年この時期はシュロの木に集まって来ていたのだが、今年春に全伐採してしまった。オナガたちにはいつもの止まり木が無くなり勝手が違うことだろう。そのせいもあってか今日は一層騒々しく騒いでいるように感じる。

キジバト頑張れ!

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アリスコンサート in 大宮

待ちに待ったアリス復活コンサートに行って来た。

5月にチケット予約をしてから9月まで待った。長かった。

待った甲斐があった。生アリスは良かった。感動と興奮の渦の中であっという間のできごとだったような....

ステージに出てきたときは何だか3人とも小さく見えた。チンペイさんは少し猫背のようだった。べーやんは一番小さ!??(僕の個人的印象で背が低くくは無い。)

が、演奏が始まると一変。声は出るわ通るわ、観客は総立ちになるわで、谷村氏曰くの「このところの閉塞感」をすっかり吹き飛ばした。

観客は中高年が目立った。自分の年齢は中央値かちょっと下ぐらいか??皆大盛り上がり。この年代のエネルギーに火を着けるにはアリスのような特殊な起爆装置が必要だと感じながらその塊の中に身を置いた。

アンコールも終えて下手に退がってゆくアリスメンバー。べーやんは腰を折りぼろぼろに見えた。最後にチンペイさんが背筋を伸ばして手を上げて観客に応えながら舞台袖に消えた。観客からの「アリガトー!」の声を背に受けながら。

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事前復習していたにも拘わらず、演奏曲目には知らないものがいくつかあった。

また、メンバーズセレクションの30曲には知らない曲目が半分以上あることが分かった。ショック。これからアリスを再履修だ。

1 明日への讃歌
2 愛の光
3 誰もいない
4 黒い瞳の少女
5 今はもうだれも
6 遠くで汽笛を聞きながら
7 雪の音
8 あの日のままで
9 僕の想うこと
10 夏の終りに
11 帰らざる日々
12 さらば青春の時
13 冬の稲妻
14 何処へ
15 街路樹は知っていた
16 五年目の手紙
17 涙の誓い
18 ジョニーの子守唄
19 夢去りし街角
20 チャンピオン
21 秋止符
22 逃亡者
23 緑をかすめて
24 それぞれの秋
25 狂った果実
26 LIBRA
27 エスピオナージ
28 BURAI
29 さよならDJ
30 ライトハウス

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べーやんの歌は素晴らしかった。特に「遠くで汽笛を聞きながら」には聴き入った。自分としては1980年代頃良く歌ったが、「何も良いことが無かったこの街で~」の部分をいつも現実の自分に置き換えて気に掛けながら歌っていたものだ。自分には「本当に良いことは何も無かったのか?」と。それは現実の自分とは常に一線を画すものであった。しかし、今(いま)歳とって多少の波浪を乗り越える経験を積んで来て、不幸な時期も過去のことと思うとすんなり受け容れられる気がした。(でもまた転職活動や就活でもしてるならむかしと同じ感じ方をするかなとも考える。)

「チャンピオン」は盛り上がった。この歌の歌詞も若い頃は違和感があった。自分としてはある時期から単にボクサー(格闘家?)をモデルとした歌としてではなく、サラリーマンとかすべての現役ワーカーをイメージした歌のように受け止めていたからだろうか。年老いて全盛期のピークを過ぎたボクサーが若い力に溢れる挑戦者に敗れて引退を決意。「これで唯の男に戻れる。」と切れた唇で呟く。今アリスメンバーも皆約60歳となり、そのファンたちもそこそこの年となりピークアウトして後進に道を譲るときが近づいて、やっと思い荷物を下ろす気持ちのけじめを着けられるようになった。この曲もまた自分の姿を映してみて、若い頃とは違う今の自分として新たな思いを持って受け容れられる曲になって来たなと感じた。

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谷村新司ブログより 「アリガトウ大宮!」

http://www.tanimura.com/forum/2009/09/003334.php

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徳川家康のことば

人の一生は重荷を負うて遠き道を行くがごとし。 急ぐべからず。
不自由を常と思えば不足なく心に望みおこらば困窮したる時を思い出すべし。
堪忍は無事長久の基 怒りは敵と思え。
勝つ事ばかりを知って負くる事を知らざれば害その身に至る。
おのれを責めて人を責むるな。
及ばざるは過ぎたるより優れり。

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民主圧勝後の未来は?

一党で308議席というのは過去最高の議席獲得数だそうだ。

前回の郵政民営化で争った選挙のときも自民党の議席が多くなりすぎたことを危惧したが、今回の政権もまた国民生活を苦しくするような間違いを繰り返さないかと心配である。

「一度はやらせてみないと経験はできない。」という意見がある。それは正しいとしても、自分としては大多数が特別の知識や訓練や経験を持たないまま政権を運営していくことに対しては賛同しかねる気持ちである。

今回の選挙で政権交代を選択した多くの国民の本当の気持ちを理解し、志ある有能な人々が一致団結して我が国の政治に当って貰いたい。

民主党政権にはそのような志ある人々の参画を促し、良い意見を取り入れるような制度や仕組みを作って貰いたい。

少子高齢化社会に向かう日本にとって、国力を取り戻し、近い未来に経済的、国際的、精神的に復興し幸福を感じられるようになるまでに残された予算や時間やチャンスはそう多くないように思う。

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夏の終わりに...

【28日】息子が自動車運転免許を取得した。群馬県は前橋市の群馬県総合交通センターで運転免許の各種申請手続を行う。当日は午前7時過ぎに自宅を出発して8時半からの受付開始前に到着した。午前11時には合格結果が出て、それから3時間ほど待たされて、午後2時から交付手続があったそうである。もう少し時間短縮できないものだろうかと思った。免許証の息子の写真を見て何だか一つ成長したように感じた。

この日はマイカーが走行中に助手席後ろのスライドドア部分から発生する雑音が気になるので、カーディーラーに持ち込んで修理をお願いした。雑音の発生が再現・確認され、結果的にドアの噛み合い部の金属部品の緩みを無くすような処置で雑音は無くなった。前回はウェザーストリップの部分にコーティングを施しただけであったためか雑音は解消しなかった。今回はそれより効果があったようだ。ところが今度は運転席後ろのスライドドアの雑音が聞こえるようになった。助手席側だけを気にしていて、それより小さい音の運転席側を聞き漏らしていたことに気付いた。そのうちにまた修理してもらうつもりである。雑音が気になると運転に集中できない場合があり問題である。

【29日】昨晩息子の免許取得のお祝いで食べ過ぎたため、この日の夕方は久しぶりにジョギングして汗を掻いた。昼間は母から農電の契約内容を変更したいと相談があったので東京電力に連絡して変更手続を申し入れた。すると回答は次のようであった。家庭用電力契約の場合は東電が直接積算メーターを取替え工事して変更完了となるが、農電の場合は下請けの電気工事店(地区別電気工事センターと称する。)が工事を行い、その業者が工事完了を東電に連絡することで契約変更手続が完了となる。したがって、僕は東電から指定・紹介された工事センターに電話を掛けなおした。

農電はかって要冷庫(大型冷蔵庫)、米脱穀・スルス、米乾燥、枝豆もぎ、地下水ポンプ、その他の動力源や照明用などたくさん使ったので3kw契約になっている。今回はこれを2kwに減らし、基本料金も約1000円安くする目的だ。工事センターの人と電話でやり取りしたが、要冷庫のモーターの定格出力が基準になり、それが2kwであれば契約変更はできないとのコメントだった。脚立を取り出し、要冷庫の天井に上り、三菱重工製の冷蔵冷凍ユニットの規格板を読んだ。モーター定格出力0.75kwであった。ファンのそれは25wだった。その旨を工事センターに連絡して来週中に一度訪問してもらい契約変更のための工事を進めてもらうように手配した。日程が未定のため、通常家に居る母に応対をお願いした。要冷庫の上など初めて登った。体重で天井が抜けないかとか、照明の蛍光灯が背中にぶつかるなどハラハラものだった。最初は簡単に考えていた契約電力契約の変更が結構なお仕事になった。

また、この日はマイカーの自動車の任意保険の運転者限定特約を変更した。子ども運転限定特約と車両保険を変更した。特に運転者年齢を21歳以上に引き下げたことにより、娘も息子も我が家の車3台のどれでも運転できるようになった。(なお、かみさんの愛車は9月中旬以降からOKである。)娘が早速僕の車でお使いに行った。息子は珍しく僕の勧めたチューハイを飲んだのでこの日は終に運転はできなかった。

なお、この日は久しぶりに時間の余裕を感じられる一日だったのでいろんな音楽CDと映画のDVDを大量に借りた。まず、来週3日に行く予定のアリス復活コンサートの予習として、アリスのベスト版を借りた。CD枚数は全部で6枚である。iPodにも取り込んだ。次に井上陽水のCD2枚。ブルーセレクションとユナイテッド・カバーである。飾りじゃないのよ涙はのアレンジなどちょっと違った感じでよい。ユナイテッド・カバーは他の人の楽曲を陽水が歌ったものである。コヒー・ルンバ、花の首飾り、旅人よ、星のフラメンコなど陽水が歌うとまた違った曲となる。

NHK教育TVでの陽水インタビュー番組で、コブクロの黒田氏が陽水の声を「お風呂場で反響するような声」と形容していたのがとても言い得て妙だと記憶に残った。陽水のあの発声法は喉に相当の力と負担を掛けるやり方ではないかと素人考えで思うのであるが、聞こえる響き渡る張りのある独特の声は、タイル張りの風呂場で歌ったときの声に似ていると感じるのだ。

映画DVDは以下の5つである。地球が静止する日、インクレディブル・ハルク、ハプニング、ウォーリー、ウォンテッド、はてもう一つは何だったか?ベンジャミンバトンかワルキューレーかランボーかアンダーワールド・ビギンズ?天使と悪魔も見ないといけない。

なお、二十世紀少年第2章もTV放映を観た。今上映中の第3章(最終章)をかみさんがどうしても観たいと言ったのだが、次週以降に観る事になった。

【30日】衆議院選挙に一人で出かけた。夕方息子にマイカーを運転させて家内も同乗で選挙投票に行った。かみさんは息子の運転する車に初めて乗るので、とても気になり遊園地のジェットコースターに乗ってるような気分で何だかハラハラすると言った。あれこれ指示を出し少しも黙っていないので「免許を取ったんだから黙っていなよ。」と言った。息子にも「ウルサイナー」と言われていた。かみさんの気持ちもよく分かった。息子もこのまま運転する機会が少なくなればペーパードライバーになってしまうようなまだまだ未熟な運転であると思った。

この日は歴史的な政権交代の日となった。保守王国群馬でこれまでは有力だった自民党候補が次々落選した。

24時間TVもよく観た。イモトというマラソン挑戦の女性芸人の名前を覚えた。国会議員選挙の候補者名よりよっぽど頭に叩き込まれたようだ。

息子はこの夜自分のアパートに帰った。僕と一緒に車で台風の影響で雨が降る中を帰った。当初は僕が車で先導して息子がバイクで後を着いてくる計画もあったが、天候が雨になったのと、衆議院選挙の投票を考えて、バイクは後日送り届けることに変更決定した。

それに先立つ夕食の買い物の時を思い出した。かみさんが「何だか明日から寂しくなる」とポツリ言った。

我が家の今年の夏も終わりを迎えていると感じた。

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庭のヤマボウシの木に巣を掛けているつがいのハトを観察すれば、多少寂しさも紛らすことができるだろう。

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キジバトの親鳥

昨日は夕刻から雨が降り出したが、それでもじっと巣を守って動かなかった。

今朝はムクドリ2羽がヤマボウシのすぐそばの枝の赤く色づいた実をついばみに来たが、その時もじっとしていた。

かみさんを肩車して写真撮影を試みた。親鳥の姿がこれまでより良く撮れた。

僕たちが一番お騒がせもののようだ。

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キジバトの営巣

デジカメ写真で

うまいところに巣を掛けるものだ。巣の中のハトの全身は下方からはどの角度からも見ることが出来ない。必ず木の葉がじゃまになって視線が遮られる。一番上の写真ではハトの目玉は見えるが頭部全体は見えない。一番下の写真では、少し分かりづらいが、ハトのくちばしから頭部までが写っている。

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このままでは息子が他人に

ニュースを見て驚いた。

自分と比較すると、それは仕事を辞める理由になどなり得なかった。

長女の高校受験、長男の反抗期思春期に転職を決意した身にとって、とにかく会社勤めの仕事をすることの方が優先順位が高かった。

平均的中産階級の日本人(?)または人々にとっては、父親は経済基盤の責任が第一であり、仕事あっての家庭、家族ではなかろうか。

<参考記事>

日本板硝子:「家族との時間多く持ちたい」 チェンバース社長、経済界引退

http://mainichi.jp/select/biz/news/20090827ddm008020097000c.html

<日本板硝子>藤本会長が社長に復帰

http://news.finance.yahoo.co.jp/detail/20090826-00000120-mai-bus_all

日本板硝子、チェンバース社長が退任 後任に藤本氏復帰

http://www.nikkei.co.jp/news/sangyo/20090826AT1D2607E26082009.html

外国人社長 「日本の古典的サラリーマンは会社第一で、家族は二の次だが、私には無理。もう辞めるわ」

http://unkar.jp/read/tsushima.2ch.net/news/1251336759

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mock court_技術エキスパート証言録取

特許侵害訴訟の陪審員裁判における専門家証言録取に係る模擬裁判を聴講。

たいへん刺激になりました。

米特許訴訟制度の理解はまだ不十分でこれからさらに学習する必要がある。英語の勉強もする必要があると痛感。

米特許訴訟に携わる専門家には憧れとともに何だか劣等感も感じる。

そういった意味でもたいへん刺激になりました。

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地元立候補者立会い演説_衆議院選挙

会社所在地は東京12区で、公明党党首太田昭宏氏と民主党青木愛氏の戦いで注目の選挙区の一つである。

いろいろな事情としがらみから今日太田氏の立会演説を聴いた。東京12区の選挙権が無いので野次馬、枯れ木も山の賑わいの類である。

ご当人は垢抜けたなかなか様子の良い人であった。思ったより静かな演説であった。選挙カーの頂上で拡声器でがなりたてるのではなく、マイクを持って、比較的淡々ととでも言えるだろう、自党の政策と自民党や民主党とは違うスタンスを述べていた。

どうしても自民党と民主党の戦いのハザマで埋没してしまいそうな自党をピーアールしていた。すなわち自民党との違いは「生活者優先」であり、「経済産業優先」の自民党とは連立を組んではいるが一線を画している。民主党は政策の財源の見通しを持っていない。また年金制度に関しても4年間の間具体的な改革案を出せていないと斬っていた。

最後に本人と握手をした。仲間達の感想と同じであったが、ふっくらと柔らかな手であった。もう少し肉体労働にも勤しんだ方が庶民感覚を理解できるのではなかろうかと、薄っぺらで硬い手の僕は思ったのでした。

参考ニュース

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090826-00000007-maiall-pol

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マニフェスト

読売新聞から面白いと思った記事(編集手帳8月22日付)を後述して紹介したい。今回の選挙の政権公約のうち、選挙に敗れた政党のそれはほとんどが廃棄処分となるのだろうか?

衆議院選挙に向けての各政党の政権公約をみると、いずれも一長一短である。テレビで観る各候補者の選挙演説などは支持のお願いや競合候補者の政党の政策批判を連呼するばかりで、聞いていても時間の無駄だと感じる。

また政見放送というのがつまらない。候補者の顔を見せるのも大事だろうが、時間に追われているようで落ち着かないし、入れ替わり立ち代わりで初めて見る候補者など全く印象が残らない。公約にしても演説形式にできないあるいはアピールが下手なのであれば、話し言葉を多用するのではなくせめて図表にしたフリップなどを活用して分かりやすいプレゼンテーションにしてもらいたい。

TVでの各政党出席者による政治討論会の一部を観たが、各主張にはいずれも十分納得と賛同をし兼ねるようなところがあってすこしイラつくような気分となる。評論家たちによる討論よりは少しは責任感が感じられてましか?

無駄や借金や不正や不公平が蔓延るようになり、多くの国民が自分や家族の将来に対する不安を抱くようになってしまった今の日本を救うには、有能な人たちの相当のアイデアと協力と時間が必要と思われる。せっかちな性分の自分には悠長なことは言っておれないのではないかと感じる。

新聞の調査では既に民主党が300議席を超える勢いとのことである。それほど政権交代を国民多数が望んでいることの表れなのだろう。しかし、前回の郵政選挙のとき小泉自民党が大勝したのと同じような流れであることには、今後勝利した政党が数の論理で暴走するのではないかとのある種の危険性を感じる。

個人的には今回の選挙結果により単一の政党に政権を任せるのではなく、志のある政治家たちが集まった大連立により、この国を良い方向へ持って行って貰いたいと思う。まだりっぱな政治家がこの国にいることを信じて来週は一票を投じたい。

8月23日付 編集手帳

 〈政綱だの、マニフェストだの外資輸入だの増税だの軍備緊粛だのと騒ぎたてるが…〉。何か最近の政治を喝破した文章にも見えるが、これは明治31年(1898年)の小説「くれの

日」(内田魯庵)に出てくる一節だ

◆100年以上も前に、マニフェストという言葉が用いられていたことに驚く。直前に〈政綱〉とあるから、政治的な宣言の意味だろうと推測できるものの、異説もある

◆日本国語大辞典では、魯庵の用例を「船長が税関に提出する

目録」のことだと解釈する。直後に〈外資輸入〉と続くからか。実はマニフェストという外来語は二つあり、荷物の目録などはmanifest。政権公約などを意味するのがmanifesto

◆一昔前まで新聞で使うのは

ら前者、それも産業廃棄物の記事によく出てきた。古手の行政記者にとってマニフェストと言えば、産廃処分時の記録書類のことだ

◆今は政権公約を意味する方が一般に定着している。だが両者は紙一重、見込みのない公約集なら、将来の政策廃棄物一覧とも言える。さてどちらのマニフェストだろう。選挙サンデーによく吟味したい。

(2009年8月23日01時15分  読売新聞)

産業廃棄物管理票。Manifest。

産業廃棄物の処理が適正に実施されたかどうか確認するために作成する書類。産業廃棄物の処理に伴う排出、移動、処分等の各工程における事実事項(排出者名、廃棄物品名、数量、経由地や所在地、処理業者名、それぞれの実施日etc.)が記載されている。

参考)マニフェストの書き方の詳細 http://www.kitaosakaseiso.com/report/01_sample.html

マニフェスト制度 http://www.shokusan.or.jp/manifest/index.html

政権公約。Manifesto

はてなキーワードより:http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%DE%A5%CB%A5%D5%A5%A7%A5%B9%A5%C8

宣言、宣言書の意味イタリア語英語でもmanifestoという。イギリスブレア労働党党首が、政権公約として使い始めたことにより一般化したが、普通「共産党宣言」もしくは「綱領」を指す。1998年統一地方選挙頃から作られるようになった、一種の公約。従来の日本選挙公約とは異なり、何を(具体的施策あるいは目標)、いつまでに(期限)、どれくらい(数値)やるかということを明示することによって、選挙民と立候補者の委任関係を明確化したもの。

ウィキペディアより:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%8B%E3%83%95%E3%82%A7%E3%82%B9%E3%83%88

マニフェスト (manifesto) とは宣言・声明書の意味で、個人または団体が方針や意図を多数者に向かってはっきりと知らせること、またはそのための演説や文書である。

現在は、選挙において有権者に政策本位の判断を促すことを目的として、政党または首長議員等の候補者が当選後に実行する政策を予め確約(公約)し、それを明確に知らせるための声明(書)の意味で使われることが多い。 この場合のマニフェストは「政策綱領」「政権公約」「政策宣言」などの対訳で呼ばれている。

しかし、この用法は「選挙ごとに、政治の基本政策・基本理念が変わる」ことを意味する結果となることから、「選挙公約」とすることが適当であるとの論点もある。

積荷

廿八

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H田と新橋から

自分が主催の社内会議中に大学時代の友人H田から携帯電話が掛かってきたのは水曜日だった。着信の氏名表示を見てすぐ応答することを決断し、離席して会議室の外に出て折り返し連絡することを伝えたのだった。

H田が電話してきたのは本来なら昼休み時間中であった。H田もそれには木を使ったと言っていた。しかしその日は会議開始時刻が遅くなり議案がまだ残っていたのだった。

本来の昼休み時間も終わった頃から会議出席者たちと昼食を摂った後、H田は仕事中かとも思ったが、携帯に折り返しの電話を入れた。

週末会議で大阪から上京してくるのでどこかで待ち合わせないかとの用件だった。久しぶりの再会になるし、快く了解した。金曜日19:00に新橋で会うことになった。

H田に魚と肉とどっちがいいかと訊ねた。「俺は海のそばの生まれだ。」というので「魚だな。」というと無言の了解の気配を感じた。

それから至急心当たりの店を探し、予約を取ろうとしたが、金曜日19:00開始では人気のあるところは全て駄目だった。

H田に当日飛び込みで行くことを伝えて金曜日を楽しみに待った。

*****

新橋駅SL広場側のマツモトキヨシ前にH田は待っていた。がっちりした逆三角形の体型は昔と変わらなかったが、薬屋の照明に逆光にも拘らず頭に白いものが増えていることが分かった。

それから連れ立って店探しとなった。当初から当たりをつけていた「魚金」の2号店に行って、予約第一陣客が制限時間となる19:30に予約を取った。まだ時間があるので立ち飲みスタンドを探して生ビールで乾杯した。枝豆、竹輪の素上げ、いわし丸干しで2杯ずつ飲んだところで予約時間になった。

魚金では刺身の六点盛りで麦焼酎のボトル1本をロックで飲んだ。

H田は学生時代の指導教授だったH山さんの退官記念パーティーに出席したときの集合写真を持参してきていた。めがねを掛けてその豆粒みたいな大きさの参加者たちの顔を見せてもらった。我々の年代の出席者は5名ほどで、ほとんどは最近の卒業生や学生たちだったそうだ。地元新聞社で役員のI元先輩、高校教諭のH野先輩とH田以外の出席者はよく分からなかった。

H田はH山さんには大学卒業に関してとても恩義があると言っていた。「そうか。」と簡単に受け答えたが、H田の中には自分の知らない重要な過去の出来事があることが推察された。「大学の授業なんてどれも退屈で面白いもんじゃ無かったよな。」と感想を言った。

H田は「自分は昔ほどマメじゃなくなった。」とポツリ漏らした。「どういうことだ?」

「以前は旧友たちに良く電話を掛けていたが、最近はすっかりご無沙汰だ。」「今日は酔った勢いで皆に電話してみるか?」

「面白いな。」

H田は来年当たりに気の合った連中だけで同窓会を持つ計画を打ち明けた。幹事はO野に頼むしかないだろうと。

**********

居酒屋を出て駅近くのコーヒーショップでコーヒーを飲みながら、O野を手始めに電話を掛け捲った。自分もしたたか酔いが回っていたので順番と会話内容は(少し怪しいかもしれないが)次のようだった。

O野(ヒデアキ):H田の提案に賛同して大分あたりでの開催に乗ってもよいように言っていた。ラグビー部では5年ごと定期的に集まってるとのこと。H田によればO野の話しぶりは社会的に偉い感じがするようだったと言っていた。俺は人懐っこい顔を思い浮かべて昔と変わらないと思ったが。

K村(ヒトシ):今度新宿で会おうという約束をした。都内在住にもかかわらず電話だけでほとんど会ったことが無い。お前ろれつが回ってねえぞと言われた。

S野:今年6月から四国勤務になったというので驚いた。単身赴任とのこと。執行役員拝命との引き換えに飛ばされたと言っていた。H田がお前は口ばかりでいざゴルフとかの約束実行を一度も果たしてねえぞと怒っていた。S野も雰囲気は昔と変わってない様子だった。

I田さん:H田の独断的推察によれば共通の知人であるY子さんとの夫婦関係が良くないのではないかと気に掛けていた。ご本人は声にやや老けた響きを感じたが昔と変わらずクールだった。防衛大のH賀さんの近況を気に掛けていた。近所のM下との疎遠にも言及していた。今度自分が茨城関係者を訪ね歩きますと提案した。H田は折り返し電話のつながりの間からか?まだ夫婦仲が気になるようだった。勘働きは当たっているのか?

H野先輩:H田はH山さんの退官記念パーティーで比較的最近あっているので気楽そうに話していた。だが×イチのことは触れるなと、うまくリードしながら話を進めた。田舎に帰ってきたら連絡しろといわれた。M本先輩は僕の母校の教諭をやっているとのことだった。I元先輩や同じ新聞社のT上(後輩)などと飲み屋で飲む姿がイメージできた。

K谷(後輩):北九州でジャズ喫茶店を営んでいたが資金繰りが付かず店をたたんでまたサラリーマンをやってると言った。声は昔と変わらず元気そうだった。K谷がカラオケで歌った榊原郁恵の「夏のお嬢さん」は今も鮮烈に脳裏に残っている。九州に来るときはいろいろ案内するから連絡くださいと殊勝なことを言ってくれた。「博多とか町がでかくてよく分からんからよろしく頼む。」と伝えた。

そのほかにも掛ける候補はたくさんだったが、きりが無いので切り上げた。

コーヒーショップで酔いもさめたので最後の締めくくりにバーで一杯やっていこうとH田を誘った。しかし行きつけのバーは満席で”closed”の看板が掛かっていた。

H田は明日土曜日の午前中まで仕事だといっていたし、駅へ向かうことにした。改札を入って握手して別れた。

久しぶりの気の置けない友との一献の機会は、自分の来し方と友人たちそれぞれの時間の経過を思い起こさせた。かなり飲んだ焼酎の酔いと一緒に、自分とそれぞれの友らの現在過去未来との漠然とした関わりに包まれながら、何か郷愁やら熱いものなどを感じながらの家路だった。

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忙殺スケジュール

自分のことではない。かみさんから聞いた息子の今週の予定である。

16日はBBQ後真夜中まで花火等に興じ、朝まで我が家で飲み会をやっていたそうだ。17日は休息日としたようだが、翌18日は夕方から中学時代の同級生らと再び我が家で朝まで飲み会。19日は高校時代の同級生と市内で飲み会カラオケで翌早朝(5時と事前連絡あったそうな)朝帰り?かみさんも自分の部屋に戻っているかどうか未確認だと言っていたが、はて?

この日午前9時には美容院が予約してある。今度運転免許を取るのでその写真撮影のために今は長く伸ばしている髪を短くするらしい。約束時間通り無事に起きていけたかどうか?息子の髪型については実は二言も三言も言いたい。まず長すぎ。総髪にして後ろでゴムで縛っているが、不精っぽく伸ばしたあごひげとともに不潔極まりない外見だ。本人はそれが最高と考えているというのだから理解できない。茶色が目立つ髪の色も良くない。痛んでいるように見える。今回は短く切るというが、色ももう少し黒く染めたらどうかと思う。果たしてどうなっているか週末の再会が楽しみだ。

20日夕方からは友人O沢君と連れ立って東京に行くことになっている。21日からの予定だと思っていたが、そうではないとのこと。ハードスケジュールである。都内でN本さんと落ち合い再び飲み会。O沢君とは神奈川の自分のアパートに泊まり、22日土曜日まで都内見学等をして遊んで帰ってくる予定とのこと。

細い身体でよく体力が続くもんだと思う。それよりもよく小遣いが続くもんだと思う。少しはバイトでもしたらどうかとも。何より今月中に自動車運転免許を取得して貰いたい。こちらとしては自動車保険の年齢制限の引下げ変更の予定がある...

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お盆休み

12日:盆棚の組立てと飾りつけ。後日聞いたが、茄子の午に立てる蓮の造花は金一色で花数7つ、前年のものを使い、その年新しく買ったものは仏壇に立てる。御座は新盆のときは必ず新調する。<母からの申し送り>その後、庭の芝刈りと生垣の刈り込み。

13日:不燃物ゴミの分別片付け。ペットボトル片付け。

14日:母は初盆の家(大木家、赤石家)に線香上げ訪問。新屋の熊谷親類宅の初盆については新屋の従弟に依頼。自分は伯母宅へ盆歩き。隣組に回覧(小学校運動会開催案内など)と配付書類を配る。娘は休暇利用して久しぶりに遠方の友人達と再会で宿泊。

かみさん休暇スタート。朝から機嫌が良い。息子自動車学校卒検合格。娘帰宅と息子帰宅を待ってドライブ出発。甥っ子と姪っ子も連れて賑やか。

15日:親戚筋が簿歩きにやってきた。自分も新屋に行って焼香してきた。野上先生の応対で、個意三郎と波夫婦の位牌に手を合わせてきた。隣組のF田さんちが新盆だった。慣習では隣組長が隣組全戸を集めて焼香に伺うとのことであるが、ご本人にお会いして意向を尋ねたら、家族葬であったし、隣組の方々に訪問していただかなくても良いとのことだった。F田家のお隣のY田家と気に掛けて相談したW田家にその旨連絡した。その他の隣組には連絡しなかった。隣組長としてうっかりしていたところもあったためほっとした。個人としてF田さんちで焼香させていただいた。F田さんから青森りんごジュース2缶頂戴した。脳梗塞の後遺症は無いそうで元気そうだった。おばあさんのお骨はお坊さんに相談したところに基づき未だ暫くは自宅に置いておくとのことだった。

16日:午前中は盆送り。墓場に花と線香と団子を上げた。猫のクリと犬のジョエルにも同じように供養した。午前中は家の中の片付けと掃除。特にサンルームにカーペットを敷き、簾を掛けて部屋として使えるようにした。かみさんによるとアジアンチックもどきとのこと。午後から盆棚を片付けた。来年まで要冷庫の上に保管である。夕方から息子が友人16名を集めて庭でBBQパーティーをやった。自分は夜9時過ぎに自宅を出て単身赴任先アパートに向かった。息子達は0時過ぎまで庭で騒いでいたらしい。かみさんから近所迷惑だから注意した方が良いだろうかとの相談メールが来た。「年に1度のことだからご近所には勘弁していただこう」ということで事前に覚悟していたことだから、放っておこうということで返事した。かみさんも了承したが、おそらくその後暫くは寝付かれなかったことだろう。自分も明日からの仕事に備えて疲れを取るために早く寝ようとした。が、世界陸上の男子100m決勝に引張られてリビングで転寝してしまった。なんと寝ている間にボルトが驚異的な世界新記録9秒58を樹立していた。ベルリンで開催されている協議会のLIVE放送のせいで、ボルトは走るのは速いがそのTV画面登場までは遅い。その後ベッドに入って寝た。

家の内外の片付けでたいへん充実していたが、とても疲れた夏季休暇だった。

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毒針毛_毛虫

毒蛾の幼虫の毛虫に刺されたか、左腕のひじを中心に多数の赤い発疹が出た。

生垣を刈り込んでいるときに作業シャツの袖のボタン下の隙間から入り込んだと思われる。

手袋をして気をつけていたのだが、不十分だった。作業に熱中して、少しずつ隙間が大きくなったのに気付かなかった。

次回からは必ずゴム絞りの付いた腕カバーを使うことにする。

これまでにも刺されたことがあるせいか、軽いショック症状なのか直接毛が刺さらない部位にまでアレルギーの発疹が出てる。ショック症状は次第に激しくなるというから要注意だ。

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チャドクガとかの幼虫の毛虫は毒針毛を持っていて、近付いたり触ったりすると空中に飛ばしたりするらしい。
死んだ後もその毛が刺さるとかぶれるとのこと。

暑いけどみっともないのでしばらくは長袖シャツで過ごさないと...

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多忙の初日_夏季休暇スタート

今日から夏休みだ。

しかし、初日は忙しい一日だった。

久しぶりの快晴に洗濯物が多かった。外に干したらすぐに乾いた。

亡父の祥月命日ということで墓参りして線香と花と団子を上げた。

甥っ子と姪っ子を連れて町の図書館へ行った。お盆休みがあると思っていたが通常通り月曜休館とのことだった。今回は人間国宝桂米朝の落語CDを借りてきた。

朝マックをおごってあげようとマクドナルドに行ったら、10時半までとのこと。それぞれの希望のセットを買って持ち帰った。甥っ子と姪っ子は同じく今日から夏休みになった長女と共に改装した我が家で遅い朝食となった。

庭の芝刈りをした。天候不順のせいもあって伸び放題にしていたが、晴天になったので刈り込むことにした。やや長めに切ることとし、トリマーの目盛り3に合わせた。3cmほどになるだろうか。ところが回転場の片方の4つの刃のうちの2つが折れてなくなっている事が分かった。全然切れずに残る芝が多かったから、点検して分かった。作業着から普段着に着替えて近くのホームセンター(ジョイホ)に行った。ついでにカーテンのフックをばら売りで二つと、夜間センサーライトのハロゲンランプと六角棒スパナセットを買って帰った。

脚立を取り出し、カーテンの端のフックを固定した。次にセンサーライトのハロゲンランプを交換した。プラスドライバーが仕舞い込んで所在不明なので苦労したが、何とか交換し終えた。夕方まで待って調子を見てみることにした。

次に芝刈り機の刃を交換した。二つあって、欠損しているのは「B刃」のみだったが、「A刃」も一緒に新しいのに交換した。しかし新しい刃にも拘らず、以前虎刈りになるので、再度回転場の取り付け方を再チェックした。すると「A刃」の方の回転軸に草が巻きついており、それが回転刃と固定刃の間にわずかな隙間を作っていたことが分かった。一度分解して、回転軸に巻きついた草を取り除いて組み立てなおしたら、回転音まで変わって絶好調となった。これからの作業は早かった。久しぶりに芝生がきれいになった。

なお、芝刈りに先立ち、同じく伸びすぎたアップルミントやグレープフルーツミントやスペアミント等のハーブ類を根本から刈り取った。これで随分すっきりした。地下茎は十分に生きているはずだからやがて新芽を噴き出すと思っている。次に芝生内に植わっている庭木の根元のつる植物を、四方八方に伸びて広がったのを引き寄せながら荷造り用のビニール紐で縛って木の根元にまとめた。芝刈りはこの蔓植物を掻き揚げた庭木の根本から着手したのであった。更につる植物が無いその他の木の根本の長く伸びた芝を刈り込みバサミで切り取った。つつじやもみじやシャラの根本がそうである。芝生内には水道メーターボックスがあるのだが、この部分は我が家のリフォーム工事の最中に四角く周囲の芝を剥ぎ取っておいた。

芝刈りを済ませてからは生垣の刈り込み作業に移った。まず東側の紅カナメ。一部に枯れる病気が発生していると見ている。正常な部分から先に刈り込み、トリマーの刃から病気が感染しないように気をつけながら剪定した。

続いて北側のマサキを刈り込んだ。好天で気温も高かったので途中でお茶を飲みさらにスイカを食べたりした。

その次は南側のツゲをやった。これは少し堅くて時間が掛かるが何とかきれいに刈り込めた。ツゲの生垣が刈り込んだ後の見栄えが一番良い。

最後に世間は大分暗くなってきたが、母親が住んでる家の玄関前の伽羅の刈り込みをした。これは立派な庭木であり、広がりも高さも十分にある木だ。脚立を持ち出して、下から上へと刈り込んでいった。新芽が20センチメートルほども伸びていたせいで、玉をいくつも重ねたように作りこんだ樹形が全く見えなくなっていたが、暗い夕闇の中に再びかっこよくなった樹形が浮かび上がった。

さて、明朝は早くから伐採した枝葉をかき集めて捨てないといけない。午後からは雨の予報である。それより何より、午後1時にはお盆迎えに行かなくてはならない。お寺に出す金額が3000円である。

あー今日は全く疲れた。しかし久しぶりに良く働き体力を使った一日だった。夕食は家族で焼き肉屋となったが、生ビールが最高に美味かった。

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ETC装着

土曜日午後愛車にETC装置を取り付けた。

フロントガラスのドアミラー上部のところに直径3cmくらいの装置だ。

フロントグリルの膝の辺りにETCカード装着機も付いた。

ETCカードは三井住友VISAカードで早期発行してもらった。

ETC装置本体価格に取付けセットアップ費用を含め約2万円だった。

これで夏季休暇中は高速料金1000円を利用して遠出ができる。

しかしだ。総選挙で民主党が政権を執ることになると、休日・祝祭日1000円の減額サービスは無くなるのだろうか?その先は高速道路無料化を公約しているのだから、当然ETCは不要となる。

さてさて、我が遅れ馳せながらのETC装着投資はペイするのか?

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仮免許

息子が自動車運転の仮免許証を見せてくれた。マニュアル車での免許挑戦だ。

早いもので7月27日入校から2週間足らずで仮免許取得である。家内は運転技術修得度が心配だと、時間超過してでも良いからもう少し長く車に乗って貰いたいと言う。

一方息子はかってマニュアルで免許を取った姉とのライバル心もあってか少しでも早く卒業したいと考えている。

自分としても息子がどのくらい車を操作出来るのか気になるところである。

昨日オートマチック車の自分の車を、助手席に同乗して、運転させてみた。

農業用の田んぼ道は路肩に白線など無く、ガードレールも無い。道幅も少し狭いし、おまけに草が刈られて舗装部分の端を隠している。そして道の脇はいきなり用水路や田んぼである。一旦脱輪でもしようものなら車は自力では出ることはできない。

その田畑を四角く区画し縦横に走る道路で、連続左折しながらの左回りと、右折しながらの右回りをさせ、次に8の字を描く右左折交互走行をしてもらった。

左折は正直少しハラハラした。教習所の教官の教えるとおりだと言うので、余計なことは言わなかったが、左後輪が脱輪しないか、お尻のあたりがムズムズした。かみさんが同乗を避けた訳が分かったように思う。かみさんはきっと同乗したら、黙ったままでは居れないと考えたのだろう。

交差点に侵入する前に十分過ぎるほど減速する。そして左にハンドルを切り始めるのだが、僕にとってはハンドルの切り方が緩慢で、左折というより左カーブのように感じたのである。

これは初心者の頃の娘の運転もそうだった。

マニュアルだと減速時にクラッチを踏んでのギアダウンの操作があるし、コーナー立ち上がりでは加速のための同じくクラッチを踏むギアチェンジがある。この左手と左足の操作のための時間を十分に確保しつつ左折するためか、右手によるハンドルの切り方が小さいようなのである。もっと大きくハンドルを切れば左に直角に曲がれると思うのだが、緩くだらだらした感じで左折するのである。

自分としては交差点進入に関しても、もう少し車の鼻先が入っていったところで左にハンドルを切り始めるべきだと思う。しかし、息子はそれより心持ち早くハンドルを左に切り始める。そのために助手席に座っていて、左側後輪が脱輪するのではないかとハラハラするのである。

しかし、何はともあれ、教官がその運転技能を認めたのであるから何も言わないようにした。息子はオートマ車はマニュアル車に比べて運転操作が簡単だと思ったらしい。しかし、マニュアル車特有の操作もあるからと、坂道発進などもさせてみた。

教官が教えたとおりだと言って、「P」や「N」ギアとサイドブレーキを使うやり方で発進したが、「D」ギアだけで後ずさりしないことを知り感心していた。(オイ、オイ!大丈夫か?)

今日はオートマチック車で、山道走行をするらしい。無事に走って来てもらいたいと思う。

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用水路の草

盆迎えの準備の時期である。

九州の実家でも父と兄とで墓掃除を済ませたと言っていた。実家の周りのスギの生垣も刈り込みを終えたそうだ。雨続きで屋外作業ができなかったが、兄が随分と奮闘したのだろう。高齢の父も負けじと働いたに違いない。昨夜は電話で暫くはゆっくりするように伝えた。

我が家の方であるが、週末墓場の周りを見て廻ったが、玉ツゲ等の植物は先日刈り込んでおいたので新芽も出てまあまあきれいに維持できている。しかし、ススキがまた伸びてきていた。今度草刈り機か鎌で刈ろうと思う。

それより悲惨なのは隣家のNさんちのお墓だ。雑草を取りきれいにしてあったが、このところの天候不順のためにあっという間に再び雑草が繁茂してきてしまった。墓地斜面下辺りには背丈50センチを超えようかというものまである。ご主人の健康が優れないか、またその親類も高齢となって墓地にも足を運ばないのだろう。そのもうひとつ隣のNさんちはすでに清掃が済んでいるため、手入れできていないのがより一層目立つ。こちらで勝手に手入れしてはいけないと母に言われているが、気になって仕方がない。

墓地への舗装道路はまあまあきれいだ。缶ビールとジュースの空き缶が放り捨ててあったので拾っておいた。

路肩から農業用水路それに続く田んぼの畦は母が除草剤を散布したとのことで、既に黄色く見える部分が多い。雨天の合間を縫って、17kgのステンレス製タンクを何度も背負って作業してたいへんだったと言っていた。

用水路に入る斜面の雑草は長いものが刈られないまま、あるいは刈られたものが長いまま枯れて倒れている。焼くわけにもいかず、そのままにしておくしかない。

しかし、今日と明日大雨が降れば、用水路の水嵩が増して、それらを洗い去っていくかもしれない。

大雨がなくとも、いずれにしても今週はその用水路の草を処分しよう。

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リフォーム完了

昨日(8/9)リフォームが完了した。お盆休み前に終わったのは良かった、と思っている。これから後片付けなどたくさんの仕事が待ち構えているからだ。

実質的には工事はその前日に完了し竣工確認書を工事監督責任者と取り交わし、昨日はリフォーム請負契約会社と今回交換した玄関ドアの鍵の引渡しと完了証明書の取り交わしだった。

今回改築した部分は新築時に比べ格段にグレードアップした。20年以上の間に建築材料や部材それから設備等は格段に進歩したことが分かった。

工事監督は顧客満足調査票を送るので、良かった点があったらたくさん書いてもらいたいと言っていた。

顧客満足度を含め、安全管理、ゼロエミッション(環境管理)と、改築工事の施工上のマネジメント体制なども格段に優れたものになっていた。

KYボードに関しては、ホワイトボードに書くその日の「危険予知活動表」は毎日携帯電話で監督責任者のパソコンに画像を送信するのだそうだ。それは当日の危険作業のポイントと安全作業行動目標の文章の書き方や内容が分かりやすく適切であるか否か等をチェックされるのだそうである。年1回の全社安全大会等を通じて蓄積されたチェック基準に基づいて、文章の書き方を指導するのだそうである。なお、それらの記録は全て電子記録のまま保管するのだそうだ。ルーチンとして実に良く定着させる工夫がなされていると感心した。C社で推奨している営業マンの営業活動マネジメントシステムなどに匹敵する仕組みに近いと思った。

携帯電話操作は若い人はあまり苦にしないが、ベテラン年配者にはやや難儀する人もいるらしい。

携帯電話は会社からの支給ですか?と訊ねたら、まだ個人のものでやって貰っており、パケット通信代等を含め今後改善課題だとのことであった。人によっては大きなサイズの画像を送ってくるので、内容が分かる範囲でなるべく小さいサイズにするように指導しているとのことだった。

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さて、いよいよ工事が完了したわけであるが、家具、植物類、壁にかかっていた絵画・写真類や棚の食器類その他日用雑貨などきれいに片付けていろんな場所に移動してあるので、工事完了したところは実にきれいである。

かみさんとしてはこの状態のまま維持しておきたいと考えているらしい。壁紙を張り替えたので不用意にピンなど打ってはならないとピリピリしている。

ところが食器類などはしまいこんだままだと不便であることが分かる。

今後日常生活の利便性を取り戻すために、移動しておいた生活雑貨品を整理整頓しなければならない。

昨日は新しいカーテンやカーペットなどを買って来て取り付けた。このような新規事項が加わると、日常を取り戻す作業は更に長引きそうだ。

加えてお盆がやってくる。親戚もやってくる。盆迎えの準備に墓掃除と生垣の刈り込みをやらろう。さらに息子は友達を大勢呼んでBBQをやるという。このところの天候不順で庭の手入れも怠っている。今日も明日も台風9号等かの影響で大雨だ。晴れたらすぐにでも芝刈りをしなくてはならない。

今年の夏季休暇は間違いなく家の内外の手入れ一般で潰れそうである。

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無料メルマガより_考えさせられること

本日、昨日と無料メールマガジンの中にきらりと光るコメントを見た。

忘れないように抜粋して記録すると共に、(著作者各位にはお許しを願い)紹介させていただこうと思う。

裁判員裁判について、あるいは自分の生き方や信念について考えるよすがになると思う。

Ⅰ.宋メールから

1.論長論短 No.95

                            厚顔のススメ
                                                              宋 文洲

なぜ「バカ」という言葉に馬と鹿が当てられたでしょうか。馬と鹿よりもずっと知能指数の低い動物が多いのに、なぜこの二つの動物が選ばれたのでしょうか。

実はこれには秦の時代の有名な史実があります。クーデターを起こした野心家は現職の大臣達の忠誠心を試すため、皆の前に鹿を連れて来させました。「これは馬だ!」と彼が大声で言うと「はい。馬でございます」と言った大臣を残し、「いいえ、鹿ですぞ」と答えた大臣を全員殺したのです。

保身のために真実に反することを言う人が「馬鹿」なのです。西洋の似た話として「裸の王様」が広く知られていますが、馬鹿に見られたくないために馬鹿になってしまう人間の弱みは、古今東西を問わずに存在するのです。

今の日本社会はまさに「空気」の社会です。常に「正論」になりそうな空気を読み、「安全」な立場に立ち、「正論」に加担する人が段々多くなっています。実はこれこそ社会が「馬鹿」になっていく過程なのです。

宋 文洲は処方箋を出す立場にありませんが、「馬鹿」を治す薬として「厚顔」をお勧めしたいと思います。皮肉なことに、人の嘲笑や批判を気にしないこの「厚顔」こそ昔も今も人々が馬鹿になることを防いできたのです。

(中略)

正直にいって今の日本は80年代に留学して来た時よりずっと住みにくくなりました。空気がきれいになり店もお洒落になったのになぜ住みにくいかというと、それは「社会の寛容さ」が失われつつあるからだと思います。

私の個人的勘違いかもしれませんが、すぐキレる人、些細なことに難癖を付けてくるクレーマー、学校の先生に当たり散らすモンスター・ペアレント、官僚と政治家が日本を駄目にしていると思い込む「正義の市民」・・・。人に厳しい人が増えると社会は住みにくくなる、これはもう昔から変わらないことです。

寛容の本質は人を許すことですが、「人」の中に自分も含めなくてはなりません。「空気」と異なる他人を許すと同時に、「空気」と異なる自分も許さないといけません。「空気」と異なる自分を許すとは勇気を持ち、「厚顔」になることです。

2.連載コラム「ヘルシー&少しビューティー」

           第5回 「ルール」

                                        スポーツジャーナリスト増田明美

先日、世界8000m峰14座のうち12座を無酸素で踏破した竹内洋岳さんにお会いした。(中略)お話していく中で、ともにゴールを目指すものの、私のマラソンは水平方向、竹内さんは垂直方向と、その違いがとても面白かった。

(中略)

スポーツはルールに則って競われる。しかし、柔道では国際ルールに翻弄されたり、競泳では水着問題で選手たちは振り回された。単純に見えるマラソンですら、給水の場所やナンバーカードの付け方など細かいルールがたくさんある。
しかし、登山というスポーツはルールがないと竹内さんは言う。故に、ルールがない難しさがあるのではないかと私は思う。いろんな人がいろんなことを考え、創造力が必要になってくる。決められたルールの中で競い合っているほうがずっと楽なような気がした。

Ⅱ.学習メルマガ <TOEICリスニング・リーディング特効薬>

誰が最初に石を投げるのか? Dan Ueno Jr.

 ついに裁判員裁判がスタートしました。
 傍聴した方の談話を読むと、民間人が量刑まで判断する事への戸惑い、というものがありありと感じられました。

 結局そこには、「人が人を裁けるのか」という根本的な問いが、背景としてあるのではないでしょうか?
 これに関して、大変に興味深い物語が聖書にはあります。
 
 ある時、イエス様の前に、ひとりの女性が引き出されてきました。
 法律の専門家たちはイエス様にたずねました。

  「先生。この女は姦淫の現場でつかまえられたのです。モーセは律法の中で、こういう女を石打ちにするように命じています。ところで、あなたは何と言われますか。」

 彼らはイエス様を試そうとしてこう言ったのです。
「石打にせよ」という答なら、「普段、あなたが説いている愛と赦しの教えはいったい何ですか?」ということになるでしょうし、「石打にしなくて良い」という答なら、「あなたは神の律法を守っていない!」ということになるでしょう。

 …イエス様は、どう答えられたのでしょうか?

   「あなたがたのうちで罪のない者が、最初に彼女に石を投げなさい。」

 彼らはそれを聞くと、年長者たちから始めて、ひとりひとり出て行き、イエス様と女性だけが残されたのだそうです。

 …実に深い話だと、私は思います。
 人間はすべて原罪(自己中心の罪)を持っている、と聖書は語ります。 
 罪人である人間が、他の人間に石を投げる資格はない、つまり、「本来、人は人を裁けない」ということなのです。
 
 では、私たちは裁判員裁判にどうかかわっていけば良いのでしょうか?
 個人的な意見としては、「冤罪の防止」と「情状酌量」に軸足をおいて、この制度にかかわっていきたい、と思っています。

    If any one of you is without sin, let him be the first to throw a stone at her.
              Bible(John 8:7)

〔あなたがたのうちで罪のない者が、最初に彼女に石を投げなさい。〕
                聖書(ヨハネ伝 8章7節)

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初判決に思う_裁判員裁判

昨日初の裁判員裁判が結審した。

被告が事実認定で罪を認めており、関心は量刑とその理由であったが、懲役15年と検察と被害者側主張を重く見た決定だと言える。

量刑の理由と過去の量刑との公平性という点は今後も注目されると思う。素人考えではこの量刑のさじ加減はその判断基準を知らない裁判員には極めて難しいのではないかと思う。また、明確で公平な判断基準やその判断事例の蓄積があるのであれば、裁判員はそれに沿うことに縛られるだろう。

ところで、今回の事件は有罪は間違いない事件であった。しかし、被告が無罪を主張するようなケースこそ、裁判員裁判で審理されるべき重要な事件だと思う。検察側が被告を有罪とできる十分な立証を成しえているかを判断する裁判だ。そしてそれは4日間の審理で結論が出せるのだろうか?今後はそのような事例について注目していきたいと思う。

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高速道路料金値下げに思う

遅れ馳せながら今月愛車にETCを取り付ける。休日どこまで行っても1,000円の恩恵を受けるためだ。夏休みを利用して少し遠出して温泉にでも浸かって来ようと思う。

一方、8月1日から東京湾アクアラインが800円に値下げされた。2011年3月までの時限措置とのことであるが、値下げ前の通行料金(普通車3000円、大型車4950円、ETC装着普通車休日1000円)と比較すると、画期的なことである。

これによって木更津市(お富与三郎の件で今個人的関心が高まっているので特に目についたのだが)など千葉県が多大の経済効果を受けることが期待されている。

自分の経験でもこれまで東京から千葉県に湾岸道路や京葉道路や国道を使って行ったときには渋滞が酷くてたいへんだった。アクアラインは便利であるが高額な通行料金がネックだった。

今回、市民団体の草の根運動から結成された「アクアライン通行料金研究会」による署名活動などが多くの支持を得て、国の決定を変えさせることにつながったのだという。

そこには「自治の精神の大切さ」が示されていると下記参考記事には書かれている。

「いま世論は大きく変動している。年金・医療・介護問題などはもとより、道路や都市計画でも、役所に命令されて従うだけでは良い街や社会はできないと皆気付いてきた。市民自らが主体性を持ち、計画に参画し、自分たちが住んで楽しく、経済が発展するような都市に変えたいと考える人々に、岩波さんの行動力は勇気を与えたのではないかと思う。この「市民自らが汗を流す」という自治の精神がないところでは、巨額な税金をはたいても街は決してよくはならない。」

見方を変えれば官僚や公務員には地方の現実が見えていないということだろう。

今度の総選挙では高速道路全般の料金問題もマニフェストによる公約に取り上げられている。自民党は休日のみ1000円、民主党は毎日無料である。利用する側からすれば無料が良いに決まっている。利用者は大幅に増えることが容易に想像できる。全て無料は分かり易い。休日利用のためだけにわざわざETCを車に取り付けることもない訳だし、また料金所に読み取りセンサーつきのハイテクマシン(?)などを取り付ける必要もない。第一料金所そのものが撤廃できるから、それを管理する人件費も減らせる。とにかく停滞した現状の日本経済に活性を取り戻せるか、その経済効果を期待して一度やってみたらどうかと思う。

<参考>ニュース解説

東京湾アクアライン、8月1日から平日でも普通車800円に 2009年7月30日
http://www.nikkeibp.co.jp/article/column/20090728/170444/?P=1

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お富与三郎

金原亭馬生の落語CDで「木更津」と「稲荷堀(とうかんぼり)」を鑑賞した。

『馬生が口演したのは「木更津」、「稲荷堀」、「島抜け」、「与三郎の死」の四席で、これでも全体からみれば四分の一にも満たない分量に過ぎない。』とCDに解説書にあるから、この人情噺は相当長いストーリーになっている。

「木更津」と「稲荷堀」の間に有名な「玄冶店(げんやだな)」がある。馬生師匠はここは要約してあっさりと済まし、「稲荷堀」へと進むのであるが、何と!この「稲荷堀」は次の「島抜け」に更に続くというのであるから、これもいつか鑑賞しなくてはならない気分となった。

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『この物語は言ってみれば美女美男のお富と与三郎の悪事の積み重ねで出来上がっているのだそうだが、馬生は悪事に重きを置かず、悪事の間に芽生えている男女の情愛にスポットを当てている。』(CD解説)

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「木更津」で与三郎がお富の亭主赤間の源左衛門に顔や体を切り刻まれるところの口演には思わずぞくっとする。さらに子分の海松食(みるくい)の松が、血が流れては失血死するからとその傷口を蝋燭で焼くと続くのだから暑さも忘れて聞き入ってしまった。

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この長編人情話については、詳しい説明がなされていると思うので、キーワードだけ拾い書きしておこう。

元は講談。これを初代古今亭志ん生が人情噺として口演し、有名にした。

この人気に目をつけた狂言作者三代目瀬川如皐(せがわじょこう)が「与話情浮名横櫛(よわなさけうきなのよこぐし)」、通称「切られ与三」という歌舞伎に仕立てた。

名せりふ

(与三郎)しがねえ恋の情けが仇、命の綱の切れたのを、どう取りとめてか木更津から、めぐる月日も三年(みとせ)越し、江戸の親にゃァ勘当受け、よんどころなく鎌倉の、谷七郷(やつしちごう)は食い詰めても、面(つら)に受けたる看板の、疵(きず)がもっけの幸いに、切られ与三(よそう)と異名(いみょう)を取り、押し借り強請(ゆすり)も習おうより、慣れた時代の源氏店(げんやだな)、その白化(しらばけ)か黒塀の、格子作りの囲いもの、死んだと思ったお富たァ、お釈迦様でも気が付くめえ。よくまァおぬしは達者でいたなァ----。

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リフォーム騒動記

いよいよ我が家のリフォームも今週完工の見込みである。

一大決心をしてのイベントは家族にとって良い効果が多く出ているように思われ、やってよかったと思えてきた。

まず、約20年間の内に溜め込んだゴミ、ガラクタ類が一掃できそうなことである。

これまでにも衣類をはじめ、家具、寝具、電化製品、靴、調理器具、日用雑貨品、食料品、そして医薬品類などなどあまたのものを廃棄した。これに関しては家内と共同作業でやった。このところの数週間はリフォーム前から現在のリフォーム最中と休日は毎日片付け、整理、移動の連続である。昨日は娘の勉強机を分解して姪っ子の勉強部屋に引っ越したが、重たくて力を入れすぎたせいか、右手首の筋を痛めてしまったようだ。物を掴むときに痛みが走り少し不自由である。今週末はリフォーム竣工後の再配置のための移動作業が控えている。さらに盆迎えの準備もやらなくてはならないのである。町内夏祭りと花火大会も予定されているが、今年はそれらを楽しむゆとりはないようである。(熊谷市の花火大会も8日(土曜日で、ご招待を受けていたが辞退した。誠に残念。)

第二には、新築以来、家の間取りや機能や使い勝手でこれまで何かと不便、不自由と思ってきたことが解決できそうなことである。最初にトイレ。これは玄関正面で且つ階段下にあったので、衝立を置いて目隠ししたり天井が低く狭かったりした。今回は西側に大きく移動させて玄関からトイレのドアを見えなくしたし、天井は高くスペースも広くなった。ただ慣れないせいか少し落ち着かないし、照明が暗いように感じる。元トイレは収納庫となる。さらにキッチン側から出し入れしていた階段下収納と壁をうがって繋げるので、収納庫容量も内部の明かるさも大幅に改善される見込みだ。ただ、新トイレの前にたたみ一畳分の廊下スペースができ、これが勿体無いと家族が言う。そこはギャラリーにして写真や絵を飾ろうと思う。トイレは節水タイプになった。水洗時に使用する水量は六分の一くらいに少なくなっている。掃除も簡単な構造になっている。これまで使用していた温水便座は二階トイレに移動して取り付けた。その取り付け工事の最中に間違って水道の元栓を開けてしまい、二階トイレで噴水が噴き出し床に水が溜まるアクシデントがあった。プラスチックコップで掬い取っては便器に流す作業でリカバーし、幸い漏水には至らなかった。さらに床がきれいになった。

これまであまり活用しなかった和室は思い切って洋室に改造した。床の間も取っ払った。襖などは張り替えたばかりだったし、障子等の建具や天井板などもあり、取り壊し中は勿体無いとも思ったが、収納スペースを増やしたフローリングの洋間に変えた。畳が恋しくなったらマットを買って来て敷く予定だ。

第三には家族のコミュニケーション向上と意識改造だ。子ども達も成人し、家に居る時間が少なくなったが、良い家にしておけばいつでも帰って来ようと思うのではないかとの期待である。今回のイベントでは夏休みも加わって家族全員が揃い、めいめいがあれやこれやと意見を出している。

しかし、子どもらは口は出すが手伝いが足りないと感じている。昨日は娘に部屋の片づけを強制的にやらせるようにした。物置になって活用していない勉強机本棚を撤去したのである。それは来年中学に進学する姪っ子にあげた。しかし、引き出しの中はそのままにして娘の部屋に残してある。娘はこれを今週末までに整理して片付けなければならないのである。さらに、机等があったスペースが空くので衣類の収納について考えさせるつもりだ。加えて多数のぬいぐるみがあるが、これを何とか廃棄または圧縮袋に入れて保管したいと考えている。

夏休み中の息子の働きも不足で不満である。昨日は前記机の移動には活躍したが、その他の手伝いに対し、自発的に行動しない。昨夜は夕食前に終に怒りが爆発した。息子のしりを思い切り蹴っ飛ばした。当然大喧嘩である。かみさんにはこれまでと同じ言葉で説教される羽目となった。「お父さんは言わなくても良いことを言う。」「父親と息子は性格がそっくりだ。」昨夜は興奮してイライラしたまま食事したせいか、今日は異の辺りがシクシクする。

第四には最新の建築技術に触れるることだ。リフォーム部分の仕上がりはとても良い。大工さんや内装工事屋さんの腕が新築のときの作業者より格段に良いようだ。加えて建材関係の進歩もある。床板、床の幅木、天井の回り縁など勝手より品質が上がっている。玄関ドアや引き戸などもちょっとちょっと工夫が凝らされ高級な感じがする。玄関ドアは木製から金属に替えて梅雨時の湿気を吸って開け閉めが渋くなることはなくなった。しかし、それ以上に落ち着いて重厚な感じがするようになった。心なしか玄関が横に広くなったようにも見える。

しかし、リフォーム後仕上がりが良ければ良いほど、以前からのドアや床壁等が見劣りするように思える。リビング用のドアや玄関収納などすぐにでも新しいのに取り替えたいと家内は言う。リフォーム会社の担当者と話したら、それも狙いの一つのようだった。家を建てたときから現在までの間に、住宅技術も大きく進歩しているのである。

今朝の新聞で大和ハウスだったか?新築の施主にリフォームのための積立を提案するようにしたとの記事があった。施主にとってみると将来どうしても必要となるリフォーム費用を計画的に確保するために良いアイデアだと思う。また、住宅会社にってみれば、リフォーム時まで顧客を繋ぎとめるメリットがある。

話を元に戻すと。第五にはご近所の注目だろう。「何をされてるんですか?」と、犬の散歩の途中等で立ち寄って行かれる。「実は、....」とそこで話が弾みいろいろな近所の話を聞いたりするのである。

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米中戦略経済対話に思う

自分の日常との関わりはさほどではないにしても、米中が固く手を組んだことを世界に示したことは、歴史の変換点として記憶しておくべきだろうと取り上げておこうと思う。

先週の米中対話のニュースを見れば、米国にとって、アジアにおいて米中関係の方が日米関係より重要であると考えていることが日本国民の誰にとっても明らかになった。これは21世紀の世界を米中二国がリードすると見られていることからは当然のことであり、日本の米国のパートナーとしての位置づけもこれまでとは違うことを考えなくてはならなくなったということだろう。

オバマ大統領は「米中関係が21世紀を形づくる。世界中のどの2国間関係よりも重要だ」と述べた。

また、米国経済の復活の鍵として中国との関係が最も重要であると見ている。中国は世界で一番多く米国債を保有する。日本はリーマンショック以降中国に抜かれ第二位である。

人権問題や国際安全保障では問題を抱える中国であるが、当面米国内経済の復活を最優先の政治課題とするオバマ政権にとって、経済発展を続け、米国の最大のスポンサーとなった中国以上に重要で魅力的な国はないのである。

過去の記事を読むと、米国の中国接近と重視政策はもう随分以前から図られていたことである。クリントン時代に始まり、ブッシュ政権で具体的に行動され、オバマ政権もその政策を継続しているに過ぎないといえる。ここに米国の一貫した政治力を見ることができる。

その長い間において日本の政治は国際問題の変化に関し何ら対応して来なかったように思われる。そこに今回の世界経済危機である。問題は経済の体力勝負に持ち込まれた感もある。言い換えれば米国に対する日本の発言力が相対的に急落したとでも言えよう。

例えば、現在の日本のバラ撒き的な経済刺激策は一時的なものと多くの人が見ている。一方、中国におけるバラ撒き政策は起爆剤になりえると思われている。日本人はほとんどの人が家電製品等に代表される耐久消費財等を保有しており既に物質的には満たされているため、減税やエコポイントのメリットが得られる期間だけ一時的に消費が上向く。しかしその後はまた買い控えに戻るだろうと多くの人は思っている。他方、中国は家電製品でも自動車でも未だ所有していない国民の方が多いことから、景気刺激策により我も我もの消費ブームが起こる芽がある。大量生産によるコストダウンが図られれば減税政策がなくなっても、個人消費は持続力を持ち、経済は発展を続けるだろう。しかもその市場は巨大である。当分の間、それは米国経済が持ち直し更なる発展を保証するくらいに十分な潜在市場を持つものと、米国は見ているのではないか。これに対して、米国にとって日本は既に釣り上げた魚とでも形容できようか。バケツの中で暴れてはいるが、もはやそれ以上の力は発揮しないだろうと見られているのではなかろうか。魚としては、ここは一つバケツの外に飛び出し束縛されない世界へ戻りたいものである。残念ながら、今夏総選挙に向けての各政党のマニフェストからはそのような政策まず期待できないようだ。

この夏の選挙で政権を取る政党には是非国際戦略を示してもらいたい。国際社会の中で日本と日本国民がある種の発言力と名誉ある地位を持つようにすることは重要な政治の責任である。

<参考>

オバマ米大統領、米中関係の強化を呼びかけhttp://jp.reuters.com/article/businessNews/idJPJAPAN-10236220090727

米中戦略対話 協力の果実を世界へ http://www.shinmai.co.jp/news/20090801/KT090731ETI090008000022.htm

シリーズ:日米関係は大丈夫か?(4)「米中関係は今世紀最も重要な2国間関係」の衝撃:http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20071022/138120/

ウィキペディア 米中関係:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B1%B3%E4%B8%AD%E9%96%A2%E4%BF%82

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保険見直し

このところ各種保険の契約内容を見直してきた。

まず、終身型生命保険。家族への責任から死亡保障を高額に設定してもう30年近く掛け金を支払ってきた。途中で幾度か契約内容の変更を行い、掛け金が高くならないようにしてきた。

しかし、子ども達も成人し、責任も軽くなったので、死んだときの葬式代くらいの保障に変更することにした。

生命保険というのは死んだ場合の保障を厚くしているために、契約変更や解約での返戻金はこれまでに支払ってきた掛け金の総額に比べると微々たるものである。

なお、この機会に外資系保険会社の商品も検討したが、自分が希望する保障内容に対する掛け金は安いものではなかった。それより、某保険会社などはその後契約者等の個人情報が漏洩したことがニュースとなった。資料請求した自分の個人情報も漏れたのではないかと心配になったくらいだ。

それにしても生命保険というのは分かり難いものだ。こういうものが欲しいというのはなくて、基本契約に特約を付加する形式が多いようだ。特約を付加すると月々の掛け金は高くなり、見直し効果がなくなってくる。今回資料を取り寄せて調査した中では都民共済の保険商品が最も自分の要望に適っていた。同様のものが全労災に無いかと調べたが無かった。外資系の保険会社の商品にもなかった。都民共済については加入資格が無いように思ったので今回は参考に止めることにした。

ところで、「江戸っ子は宵越しの金は持たない。」という話だが、昔の人は保険など無かった。保険、株式、特許は近代の三発明だそうだ。保険はあくまでも保険であり、生命保険など被保険者とは名ばかりで、自分が死んでしまえば保険金を受け取ることはできない仕組みである。江戸時代の人々は財産もほとんどなく、大火が起きて焼き出されても損害は少なかった。一方、大火でたくさんの家が焼失すればすぐに新しい家が必要になるので、建築の仕事で人手も必要になるからすぐに稼げたとのことである。

平和で長寿の現代では江戸時代のようには行かない。今日のニュースでは失業率が5.4%と過去最悪の5.5%から2番目との事である。なお、有効求人倍率は過去最悪で、企業内失業者(仕事量に対して余剰の従業員)数を考慮すると、失業率はさらに悪化が予想されるらしい。生きていくために、あるいは家族の生活を守るためにはある種の保障が必要な時代なのだ。人間社会は江戸時代より進歩したのだろうか?今は江戸時代より幸せなのだろうか?

話が逸れたが、次に自動車保険。息子が夏休みを利用して自動車運転免許を取得する予定だが、車を購入してやる余裕は無い。したがって、今現在自分が乗ってる普通車と家内が乗ってる普通車を運転させてやろうとかみさんと協議した。

家族限定特約の運転者年齢を35歳以上から21歳以上に引き下げるよりも、現契約のまま子ども運転特約で21歳以上の条件を付ける方が掛け金が安くなるということが分かり、それで契約変更することにした。

マニュアル車で現在日に少なくとも2回はエンストを起こすという息子が、仮免許でも取得する頃保険契約を書き換えることにしている。

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暑中妄想?

何を申そうかと考えていたら、「何を妄想?」で行こうと思った。

とにかく極端な主張との印象である。また、実現可能性を検証したのかと尋ねたくなる。何の根拠も無しに希望だけを述べているようにも聞こえる。結論として「危なっかしい。」

日本という国は一体どうなっていくのか?プロとして尊敬される政治家が居なくなり、その結果誰もが権力をめざし、権力さえ手にすれば勝手なことができるとの妄想に駆られるようになってしまったのではないか?

大多数の国民の賢さを信じ、次の選挙では正しい選択がなされることを祈るばかりである。

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先日局地的雷雨が襲ってくるのが確実な空模様の中、大型スーパー(イオン)で食料品を買い物中の家内と息子を駐車場の車で待っていた。

空は黒雲が覆って来て、すずめなどの小鳥は強風に煽られて飛べずに木々の植え込みの中に逃げ込むが、枝は激しく揺れるのでじっと止まっていられない。

そんな風景を見ていたとき、突然拡声器を使った演説が聞こえてきた。幸福実現党だという。近頃突然出現し、今度の衆議院選挙の全国の小選挙区の全てで候補者を立てるということでどのような政党なのかと少し気になっていた政党である。聞くとも無しに演説者の声が耳に入って来た。その感想が冒頭述べたものである。

その演説概要を紹介しようと思ったが、次のURLでより詳しく読むことができる。趣旨としては、自民党にも民主党にも任せられないとして、全く同じことを言っておりました。

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原チャリ92.2kmの旅

7月24日社内会議終了後、夕食懇親会出席。途中退席して帰宅。洗濯を済まし、シャワーを浴びて、バスで池袋へ。続いて新宿から小田急線へ。コンビニで明日の朝食を買って、息子のアパート着は22時過ぎ。飲み物を飲んでリビングで就寝。

7月25日4:00AM起床。おにぎりを食べ、ミネラルウォーターを飲み、歯磨きをして、500mlペットボトルのお茶1本を余分に持って、ベッドで寝ている息子に声を掛けていざ出発。時刻は午前4時26分であった。その日の夜聞いたところ、息子はその後目が覚めて眠れなくなったので部屋の掃除をしたとのことだった。

前日夜に出発することも考えたが、小雨模様であったために断念し、翌早朝に雨が上がるのを待って出発した。前夜確認した天気予報では、午前6時からの情報しか得られず、それは曇りであったが、午前4時から午前6時までの間に雨が上がるとの情報は得られないままだった。

幸いに雨は上がっており、曇りで日差しも無く気温も涼しかった。

出発して間もなくの坂道越えで、坂道の頂上にまぶしいライトが二つ光っていた。迷惑なライトだと思いながら近づいていくと車のヘッドライトだった。頭にきて何か言ってやろうと思ったが、さらに近づくとそれはパトカーだった。何か検問でもしていたようだった。一番出会いたくないものにいきなり遭遇したと思った。運転席の警察官をじっと見ながら傍を通り抜けた。相手の警察官もややすまないというような表情をしたように感じた。助手席の警察官は見なかったが、二人で乗っていたと思う。

それから、府中、所沢、川越、東松山、熊谷、太田へとバイクを走らせた。途中予定コースを間違えて通りがかりのおじさんに所沢市街地への行き方を訊ねた。「小金井街道に行き当たったらそれで所沢にいけるよ。」と教えて貰った。所沢のセルフガススタンドで燃料が少なくなってきたので満タンに給油した。何とこれから自宅到着まで燃料系は満タンの目盛り位置を越えたままで、見かけ上ほとんど燃料を消費しなかった。満タンで5Lしか入らないタンクなのにである。

原チャリは時速30kmか35kmを超えると速度超過を報せる赤いランプが速度計盤面に点滅する。しかし、交通の流れに沿っていくと時速35kmなどはあっという間に超過する。結局出発してから到着するまで、ほとんど赤ランプは点滅していた。

道を間違えたお陰で当初予定していなかった川越市街地に迷い込んだ。おそらく本川越駅だと思われるが、その駅前を通り、きれいな商店街を通り抜けた。途中に記念にと携帯で写真を撮った。(これは残念ながら上手く撮れていなかった。)

川越市街地を通り抜けて国道254号に出た。それからは迷うことなく東松山、熊谷を目指した。この辺りに来たところで気温が少し下がったように感じた。

国道254号線は車で往来するときには利用しなかったが、今回バイクで走ってみてよい道だと分かった。片側2車線でこれまでの対面通行の山道ルートよりずっと快適でスムースであった。これからは車でもこのルートを通ることにしようと決めた。車のナビゲーションの推奨ルートはときどき間違った案内をするものだ。

国道254号から国道407号線へ入ると、もう太田方面の標識が出てきた。道路の左端を乗用車や大型トラックの邪魔にならないように気を使いつつ走った。

予定より相当早く自宅に着いた。かみさんが起きててバイクの音に気付き東側ドア窓を開けて出迎えたので手を振って応えた。息子用のヘルメットが似合わないと吹き出していた。まったく失礼な話である。今度マイヘルメットを買おうと思った。

全走行距離はバイクの距離メーターによると92.2kmだった。これまでの車での移動距離と比較しても最短記録であった。途中道を間違えたから、間違えなければもっと短縮できることになる。そういう意味では良い成果が得られた旅であった。なお、到着時刻は午前7時22分、所要時間は2時間56分、平均時速31.43kmであった。

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KYボード~リスクアセスメント実践等

先週から我が家のリフォームがスタートした。

玄関脇のラティスの場所に、代わってKYボードなるものが出現した。

安全と品質と環境について具体的な行動目標が掲示されている。

若い大工さんや職人さんたちが毎朝ホワイトボードにその日の安全宣言のようなものを記入する。

「毎日書くんだ?たいへんだね。」

「ええ。でも、同じようなことの繰り返しみたいなとこもありますけど。」

その後、携帯電話の画面を見ながら書き写しているようにも見えたが、いつもびっしりと書き込んでいる。感心した。しかし、字は下手くそな方だ。

リスクアセスメントがしっかり実践されており、きちんと表にして掲示してあるのは勉強になる。実に良いお手本だと思う。今週末は断って写真を撮らせてもらおうと思っている。

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ひさびさファミリーカラオケ

三連休は随分と酒を飲んだ。連休前に同僚としたたかに飲んだのに、連休初日にまた居酒屋に行った。翌日は夏祭りだというので家族三人で出かけ、思ったほどの盛り上がりに遭遇しなかったせいでカラオケに行こうということになりまた飲んだ。

カラオケでしょっぱなに歌った歌が何と自動採点機能で97点とその日の最高点をマーク。気分良くなって酒も進み、翌朝は浮腫みまくっての目覚めとなり、暫くは気分も優れなかった。「もう酒は止めよ。」なお、採点機能は途中から取り消した。こういうルールを強行するのは大体○○さんである。

家族カラオケは練習の場である。それぞれが課題曲にチャレンジし、互いに厳しいコメントと改善指摘が出される。自分にとって今回は選曲が悪いとのご指摘が無かったのは幸いであったが、途中で演奏中止されるのは厳しかった。こういうことを強行するのはほとんどが○○さんである。いつの間にかリモコン装置を手元にキープしているのである。

それでも途中家内とアリスを一緒に歌うなど楽しく時を過ごし、最後はマイケル・ジャクソンのヒール・ザ・ワールドを合唱して終わった。(英語のカラオケが大嫌いなかみさんまでもが歌っていた。マイケル恐るべし。今週末はNHKBSでマイケルの特番が放送された。ダンス、曲のアレンジ等ファン達の声を聞きながら等してマイケルの魅力再発見の連続である。)

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夏草刈り完了

三連休を利用して、田んぼの畦道や用水路の辺りに伸びまくっていた夏草をほぼ刈り終えた。これで田んぼ全体が見通せるようになってすっきりとした。一部用水路のガードレール等があるところを刈り残してあるが、今後ぼちぼち仕上げようと思う。

先週までに刈り取った枯れ草は集めて処分した。かみさんは随分と頑張って丁寧な刈り込み作業をやったようで、用水路の法面がU字溝のコンクリート縁まできれいに刈り込んであった。しかも斜面の下から上へと刈り上げていた。やってみると分かるが急な斜面に踏ん張ってのこの作業は実にたいへんである。自分などは斜面の上から下へと刈り下げるようにしている。これも長くやっていると踏ん張っている足に疲れが出て、たいへん重労働に感じる。

隣接する水田や畑地との境界もきれいになったので、お隣としての義務も果たせたと思う。母も気に掛けていたことが一つ片付き喜んでいたようだ。

家内はこれに気を良くした訳ではないが、草刈りは楽しいと「マイ草刈り機」を買いたいと言い出した。昨日ホームセンターでは超軽量のモデルを真剣に探していたが、生憎今ある草刈り機の方が断然軽いことが分かり購入決定は見送られた。

しかし草焼き機(バーナー)に眼をつけ、店員にかなり詳しく聞いていた。ガスボンベ使用型ではなく灯油を使用する軽量モデルに目をつけたようで、どうやらこれも「マイ草焼き機」をゲットしたい気持ちのようである。困ったものである。店員によれば「最近は行政ルールで野焼き禁止などが厳しくなってきているので、売上はどんどん少なくなってます。」とのこと。この線で何とか購入を断念するよう説得を試みるつもりだ。

思うに亡父はガスバーナー方式の草焼き機を使っていた。今は炎の噴き出し筒が赤錆で覆われている。先端部は単純な円筒で約25cmほどはあったろうか(?)。筒の部分の肉厚は3mmほどもある凄い重たいものであったと思う。

それに比べると最新モデルはさすがに工夫が施されている。円筒内は特殊な加工がしてあるし、手に持ったとき実に軽くて扱いやすそうなのである。

いずれにしても、この件、火がつくとまずいので、暫くはなるべく話題に出さないようにしようと考えている。

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夏草刈り~夏の花植え

土曜日は前々からの約束で、退職されたMさんを囲んでの昼食会だった。「このような会を昼食会でとは珍しいですね。」との意見もあったが、主賓のMさんがあまりお酒を飲まれないのと、夜の宴会は翌日にまで尾を引くことも多いので、コーヒーつきランチにデザートとした。確かにこれまでとは違った雰囲気ではあったが、話は弾んだ。2時過ぎるまでの歓談の後散会した。その後、園芸店に庭に植える夏用の花の苗を買いに行き、車のガソリンを満タンにして図書館に立ち寄り、帰宅してマイケルジャクソンのCDをPCでiTuneに取り込んだ。夏の花として、群馬県南部は日本でも暑い地域ということで、特別に暑さに強い花とかを新しく売っていた。買ってみようかと一瞬考えたが、既にイメージしている構想に無かったので止めた。機会を見てまた買い求めに行ってみようかと思う。鉢植え用には乾燥に強いセダム類を少し多く買って来た。

その後、中学生の甥っ子が夏休みに友達を呼んでBBQをするので、セット一式の準備を手伝って欲しいと頼まれた。保管場所を教えて、なるべく自分たちだけでやってみるように話した。隣組の回覧物と配付書類が届いていたので、姪っ子に手伝わせて一緒に配り歩いた。母からゴーヤの蔓が延びてきたので農業用ネットを買って来て欲しいと頼まれたので、姪っ子を連れてホームセンターに農業用ネットを買いに行った。マックシェークを飲みながら帰宅し、ネットを張った。ゴーヤもこれで地上約3m超までは伸びていけるだろう。

姪っ子は夏休みや冬休みの長期休暇を利用して、毎回一人で東京へ遊びに行くことを続けている。今年の夏休みはその最後の機会となる筈だったが、いつもそのサポートしてくれていた伯母が仕事で異動となり、計画を断念したとの話となった。それは辛く残念だろうということで、話し合いの結果、伯父さんである僕が代わりに支援することにした。8月に僕のアパートを訪ねてきてもらい、僕がガイドするということにした。折角の機会だからおばあちゃんも一緒に来たらと提案したが、興味はあるものの地理と電車の乗り換えが不安だと躊躇した。決断までにはまだ時間があるので暫く待つことにした。

ということで、土曜日は一日が過ぎてしまった。

日曜日、娘が夕方宴会だというので僕の車で職場まで家内と共に送った。マックドライブスルーで朝マックを買って、近くの市民の森公園に行って朝食を摂った。家内と朝マックは始めてのことだったようだ。僕はその後一人で公園内をぶらついた。とても良い公園ですっかり気に行った。中央には小高い芝で覆われた山がある。それを中心にして遊歩道がぐるっと回りにあって、複数の入り口からのアクセス路が放射状に設けられている。それらにはそれぞれ群馬の名勝の名前が当てられている。さらに環状遊歩道の一部を取り囲むように大きな池がある。これには坂東太郎の名が当てられていた。野鳥がたくさん水辺に下りてきて水浴びをしていた。山鳩の水浴びはなかなか大胆で、一羽など半身浴状態で水に浸っていた。子供連れが朝早くから来て、結構賑わっていた。女子高生の運動部の練習らしい団体もいた。

帰宅すると、この日は亡父の祥月命日であり、お墓に線香と花とお団子を上げた。玉ツゲ等の木の枝が野放し状態に伸びて、さらにヘクソカズラの蔓草が絡まっており、いかにも放置されたままの外観となっていた。「お盆前には掃除しないとね。」と母が言った。

その日の買いものを済まして襲い昼食を摂ると、家内が今日こそは田んぼの雑草を絶対に刈るという。もう2週間以上も前から言っているが、雨に濡れていたりしたのでやらなかったのだ。母は減反のために植えたスダックスの生育状況を役場(?)の人間に見せる都合とそのあとトラクターをかける都合(トラクターで成長したスダックスを土に掻き込んでしまうこと)から、来週にしていいと言われた。僕も来週で良いじゃないかと反対した。これからパソコンに向かってやる予定もまだたくさん残っていたからである。しかし、家内は毎朝見る田んぼの雑草の茂り具合にはもはや我慢ができないという。道路沿いだけでよいからすぐ刈り取ると言って引かない。作業着に着替えて、タオルを首に巻き、日除けの麦わら帽子を被って外に出て行った。パソコンに向かっていた僕も仕方なくシャットダウンして、草刈り機の燃料の調合を教えたりして手伝うことにした。かみさんがリビングに用意していた作業着に着替えたが、草刈りを手伝う気はなかった。墓の周りの木の剪定をすることにした。

ドラムコードと農業用電源コードをつないで、墓場まで電気を引張り、電動トリマーで植木を刈り込んだ。途中慌てて電源コードをトリマーで切断断線するというアクシデントがあった。姪っ子が目ざとく認めて母に大声で報告していた。「おじちゃんさー、電気コードを切ったんだよー。」「うるさい!!そんなこと、言わなくてもいいんだ!」

姪っ子を叱りながら、少し手伝えと、熊手を持って来させた。殊勝にも麦わら帽子を被り、手伝おうという格好で熊手を抱えてきた。しかし、足元を見るとサンダル履きであった。結局姪っ子は猫の手ほどにもならなかったが、持ってきてくれた熊手は役立った。刈り込んだツゲの枝とか、家内が切った雑草の一部をかき集めた。

次は夏の花壇の作成作業に移った。庭の花壇の低いところに一輪車2台分泥を入れた。その場所は根腐れを起こしやすいようだったのだ。

パンジーが枯れた鉢植えの土をひっくり返して捨て、鉢を空にした。空にした4つの鉢を用意して、それに花壇用の土を入れた。

家内の草刈りも一区切りついたので、合流してもらった。買っておいた花や植物の苗を花壇と鉢植えに分けて配置してもらった。次に伸びすぎたハーブ類を支柱を立てて紐で縛ってまとめた。

僕は花壇に花の苗を植えていき、家内は鉢植えを分担して、作業を終えたのは夜7時近くになってしまった。ホースで水をやりながら、これで秋口まではまた花に囲まれるかなと嬉しく感じた。妻は念願の草刈りもできて満足だろう。お墓の周りもスッキリした。明日からの仕事を思うと少し疲労が出そうな気もするが、皆頑張った。特に妻よご苦労様でした。

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ホントにクールか?シャツ、肌着

夏のスーツは苦手だ。冷房空調が効いた屋内や車内に長時間滞在するなら少しは耐えられるが、問題は移動する時である。僕は毎日着用する必要は無いが、むしろ、週に1、2回といった中途半端な着用回数の方が、よりその苦労を感じるかも知れない。夏のスーツ着用について思うことを書いてみたい。

近年は夏季に限らず人一倍汗を掻くように感じる。まず鼻の下。次に額や薄くなった髪の頭轡から首筋。上半身。脇はそれほど酷くないのは救いだ。太腿部も汗が滲む。靴の中も酷い。一旦汗を掻くとその後は汗臭くなるのではないかと、消臭スプレー等の対策グッズも必須アイテムとなる。

電車に乗り込むと、長袖シャツにスーツを着ているのに、さっぱりと涼やかな顔をしている人たちがいるときがある。こちらは止まらない汗を拭きながら、自分は少し太り気味のために、その人たちより暑く感じるのだろうかと、自分の体の体温コントロール機能を疑いたくなる。

先日社内でもスリムな体型のNさんに「夏の暑さは苦になりませんか?」と尋ねたら、「とんでもない苦痛です。」との返答だった。一般的に脂肪が多いようだと人より暑く感じやすいようだが、痩せたところで体温近くの環境に置かれたら暑いと感じるのは無理からぬことだろう。

これまでにも夏のスーツの暑さ対策はいろいろ試してきた。

まずYシャツ。かっては夏用といえば麻混のコットン生地と決めていたが、最近はチクチク感(?)が嫌がられ、麻混は減ってきているらしい。それに型崩れしやすいし、やや黄ばみもしやすいように思う。洗濯耐久性や使い勝手では少し不満が残るものであったことは確かだ。麻混以外ではシャツの生地が比較的薄いものを選んで着ている。あるいは値段が高い推奨シャツ。しかし、これらも一長一短があり、決め手には至っていないと思う。

近頃は綿と化繊(ポリエステル)で、織り方を工夫して通気性や速乾性を高めたものが主流となってきているそうだ。今年はそれらを試すことにしている。しかし、半袖シャツであっても、ネクタイを締めると、自分としての体感温度は簡単に2、3℃は上昇する。シャツの生地の違いはさほど大きなものではないだろうと期待はそこそこである。

最大の問題は肌着かもしれない。クール肌着と銘打って販売されているもので、本当に良いと感じたものはこれまでに一つもない。特に、通気性と速乾性を高めたという化繊のものは、空調が効いた部屋では快適な着心地かもしれないが、汗を掻くように暑いときは逆に空気断熱層を形成して暑さを増幅するように感じる。汗も吸いにくいようで、体中がべたべたするようにも感じる。むしろ汗の吸収性が良い綿の肌着の方が良いようだ。

ランニング、ノースリーズ、半袖と、肌着の種類もいろいろある。重ね着という視点からは、なるべく布地面積が少ないもののほうが涼しそうである。しかし、汗を多く掻く場合は、半袖の方がお勧めだとの意見がある。

太腿部の汗対策にも似たようなことが言えようか?スラックスの裏地が汗を掻いた太腿にはりつかないようにするためにはステテコを穿いたほうが良いようだ。

しかし、上半身が汗でぐっしょりとなるようなときはどれも同じだろう。吸水性に富み、一方で速乾性で、通気性のある生地というのが最も望まれるものだ。

靴下は特に空調が効いている場所では特に重要に感じる。靴の中だけは冷気が回りにくい、特別な閉鎖空間の環境だからだ。基本的には通気性が最重要と思っているが、いかがなものだろう?

勝手に書いてみたが、基本的には「夏にスーツを着るというのは間違っている。」と言いたい。早く夏休みにでもなって開放されたいものだ。

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色ボケ?爺さんの功罪

便利な廃品回収屋が居る。この間も我が家のアルミホイル付き廃タイヤ4本を引き取ってくれた。その前は家庭用コピー機やCRT式ディスプレーのPCも持って行ってくれた。金属の廃品を専門とした回収のようである。

ところが、この廃品回収業者のAさんは便利な反面気持ち悪いと、母たち近所の婆さんたちの話題になっている。

気持ち悪いが処分に困っている廃棄物を持って行ってくれるので重宝するから、そういう利用価値のために時折だが声を掛けて付き合いを維持しているというのだ。しかし、決して二人きりの状況にはならないようにうんと気を使っているとか言われている。何か危険な男なのかとまじに心配に思ったくらいだ。

何が気持ち悪いかだが、当初見た目が不潔そうで気持ち悪いのかと思ったら、外見ではないようだ。見た目は背が高くどちらかというと男前の方だの意見も...はて?

噂によれば、その男の人は年金生活者ということである。年金を貰いながら、廃品回収業もやっているそうだ。したがって、いい加減爺さんである。

母曰く、とにかく話しぶりに身の毛がよだつような気持ち悪さを感じるという。年齢の割に未だ異性に対する関心が強いと感じさせるようである。何か下心があるような、普通のその年配の男は言わないような、女を誉めたり、持ち上げたりするようなおべんちゃらを言うらしい。しかしそれがさらっと言ってのけるのではなく、全く様にならず、何だか勘違い男の台詞のように響くらしい。そのために言われた方までがこそばゆく、居心地悪く感じてしまい、その結果気持ち悪いと断罪されてしまうようだ。

さらに、後家さんの家をよく訪問するという噂まで広がっている。3年ほど前にご主人を亡くされたIさん(母たちより10歳以上は若いだろう)はランチに誘われた。「食事だけで、何もしやしないよ。」とそのとき語ったとかで、母や伯母や近所のおばんたちが、やっかみもあるのか(?)、娘みたいにキャーキャー大声で噂し合っているのである。

しかし、母も伯母も別の親戚の伯母も、さらにご近所を眺めても、ほとんどのおばばたちは寡婦ではないか!ご近所を訪問すれば、それはほとんど後家さん宅なのじゃ!!

Aさんはそのような寡婦たちに気持ち悪いと言われながらも、今日もおのれの仕事に励み、そして「むかしの娘」たちを褒め称えては、貴重な話題と刺激と青春(?)を提供しているようにも思えてきた。

自分も引き続き本事件の取材に努めようと思う。Aさんの実態とその功罪の真実を見極めん!

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裁判員裁判について

NHK「爆笑問題のニッポンの教養」で刑事訴訟法の権威という後藤昭氏が登場した。裁判員制度についてに自分の認識を新たにされた。

この番組を観るまでは爆笑問題の田中氏と同じような関わりたくないという考えが強かったが、それじゃいけないのかなと説得されたような気がする。

先日某新聞の書籍紹介で「裁判員の教科書」についての記事を読んだ。著者は後藤氏ではないが一度読むべき本だと思ったものだ。今アマゾンの欲しいものリストに入れてある。(買っただけで未だ読んでない本を片付けたら)読んでみようと強く思っている。

それから、裁判官に関して「慣れから来る危険」ということを指摘していた。裁判官ゆえに間違うという危険だ。これまで裁判官に丸投げしていたつけが自分たちに廻ってくるリスクがあるという指摘は、妙に説得力があると感じた。

以下は備忘録。

1880年「治罪法注釈」出版。「チザイホウ」ときいて「知財法?」と勘違いしてびっくりしたた。今で言う刑法だったか。この本の出版は大日本帝国憲法の公布より早いのだそうだ。

裁判員になりたくない理由。傍観者でありたい。関わりたくない。他人を裁きたくない。責任を負いたくない。

裁判員裁判では専門家同士の馴れ合いが無くなる。

調書は警察が再構成した物語。法廷での証言の方が事実や本音が聴ける。

無罪推定」...(「推定無罪」という映画があったが、無罪推定が専門用語としては正しいか?)

以下、後藤教授の説明。

「裁判員は、検察官と弁護士のどっちのストーリーが本当らしいかではなく、検察官が言っていることが本当に疑いがないほど十分に証明されているかどうかを判断するんですよね。」

「どっちかと言えば犯人らしくても、やっぱり疑問が残れば、やっぱり無罪にしなきゃいけない。」

「裁判官っていうのはいろいろ事件を経験してますよね。だからね、事件っていうものをパターン化して考えるんだと思う。」

「99.9%が有罪になっている。1000人に一人しか無罪にならない。有罪判決に慣れている。無罪は特殊なこと。」

(起訴された時点でほとんど有罪が決まっている。)

「裁判官は真面目だけど、たくさん事件を見ていると、被告人はこういう風に弁解するものなんだみたいに、素直に見れなくなる。言ってみれば、慣れから来る危険ですよね。」

「裁判員は経験がないからいい。」

「裁判官だけでやるよりも、裁判員が入ってやる方が(無罪推定が)活かされると思います。」

『疑わしきは被告人の利益に』

取調べの可使化

取調べは密室でやっている。ビデオ録画せよという話。

「裁判員の中からその録音・録画をした方が良いという意見が出てきているんですね。」

**********

「法律っていうものが自分たちのルールだってみんなが思っているかどうか?私、日本ではあまりその感覚は無いんじゃないかって。法律と自分たちのルールとは違うもんだと。仲間内で解決すべきときに法律というところで訴えるということは仲間内のルールに反するんだっていう。法律と自分たちの生活を分けて考えてる。二重構造があると思う。それが一番問題だと思う。」

「法律というのは自分たちのルールだから。」(自分たちが選んだ国会議員が法律を作っている。間接的に自分たちが法律を作っている。)

太田「欧米では長い歴史があって、そういう認識になっている。日本人には無理じゃないかな。」

「欧米においても、どこかに始まりがある訳で、日本でもどこかで始めない限りはそうならない。」

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マイケル・ジャクソンを偲んで_BENのテーマ

かってTV放映をVHSビデオテープに取り溜めていたもの、プロモーションフィルムを集めたDVD、このところの週末は必ずそれらを再生して観ている。

スリラーのプロモーションビデオを怖がっていた娘は、その後マイケルの大ファンとなった。家内が胎教したとか、僕が繰り返し見ていたからとか、各自勝手なことを言いながら観ている。(はて?息子はどうだったか?)

最近マイケルが十代の時に作ったという”BEN”をコニー・タルボットで聴いている。その歌詞を聴くたびに死の直前のマイケルの心情はどうだったのだろうと思う。最近のニュースをみると少なくとも孤独ではなかったようで少しほっとしたところもある。

世界中で追悼イベントが行われているが、一ファンとして、家族に共通の関心と話題を与え続けてくれたことに感謝しつつ、心からご冥福を祈ります。

Artist: Michael Jackson
Album: Ben
Title: Ben 

Ben, the two of us need look no more
We both found what we were looking for
With a friend to call my own
I'll never be alone
And you my friend will see
You've got a friend in me
(you've got a friend in me)

Ben, you're always running here and there
(here and there)
You feel you're not wanted anywhere
(anywhere)
If you ever look behind
And don't like what you find
There's something you should know
You've got a place to go
(you've got a place to go)

I used to say, "i" and "me"
Now it's "us", now it's "we"
(i used to say, "i" and "me")
(now it's "us", now it's "we")

Ben, most people would turn you away
I don't listen to a word they say
They don't see you as i do
I wish they would try to
I'm sure they'd think again
If they had a friend like ben
(a friend)
Like ben
(like ben)
Like ben

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コンロの進歩

「グリルのガスの火を消し忘れたかもしれないから帰って確認してきたい。」と朝礼の後女性社員の一人が申し出てきた。心配そうな表情であり、即座に許可した。結局問題は無かったことが確認されたが、それを聞いてメンバー全員でほっとした。これで仕事にも精が入るだろうと思った。

自分も日常と違うことがあったり、あるいは毎日の習慣と違うことをしたりしたときに、ふと何かを忘れることがある。例えば今朝などは週1回の空き缶排出指定日だったが、このようなゴミや廃棄物を出すことに気を使いすぎると、普段はわすれない洗面所の照明とか換気扇のスイッチを切り忘れたりする。

以前、三連休の週末に自宅への帰宅を急ぐあまり、アパートの風呂場の水道栓を閉め忘れたことがあった。戻ってくると水音がするので気付いて慌てて栓を閉めた。その月の水道代は約2万円ほど跳ね上がった。都水道局からも通常月より使用量が極端に多いのでと確認の電話があった。水漏れ等の事故であれば情状酌量する様子だったが、水道栓を閉め忘れましたと正直に話したら、そのまま請求しますということになったのである。

ところで、ガスコンロの安全装置について、最近母が購入したものは、五徳の中心にセンサーが突き出していて、鍋ややかんを五徳の上に載せたときにそれが押し下げられるようになっており、そのようなセンサーが押し下げられた状態にならないと、ガスの着火ができない仕組みになっている。

先日このセンサーがうまく働かなくなり、「故障だ。」といって母が大いに不便がっていた。やかんを載せて着火はするのだが、ガスの燃焼がすぐに止まってしまうというのだ。確かに何度トライしても着火はするがガス燃焼が途中で止まってしまう。それではお湯は沸かせないし、火を使う調理は全くできない。

メーカーの顧客センターに電話して問題はすぐに解決した。着火用に充填している乾電池の電圧が低下していたのが原因で、センサーが正常に機能しなくなっていたのであった。単一電池2個を新しいものに取り替えたら正常に使えるようになった。

しかし、安全のためのセンサーというのも一方では不便をかけるものだなあと思ったものだ。

近頃はガスを使わず電気で調理するコンロが大分普及してきた。IH方式という奴だ。今度我が家もそれに替えることを決めた。

ガス燃焼タイプに比べて上昇気流が起こらないので、油の飛び散り・飛散が格段に少なくなるとのこと。噴きこぼれたときの掃除も簡単。おまけに加熱効率が良いので、エネルギーコストが低減できると聞いて交換を決断した。

我が家のガスコンロはもう20年以上も使っている。別段悪いところは無いのだが、鋳物で作られた五徳のガス噴き出し穴の一部が欠損しているものがある。大分前にメーカーに部品発送をお願いしたが、既に部品在庫もなく生産もしなくなっているとの返答だった。それ以来今後の継続使用はやや危険かなと思っていたところでもあった。さらに我が家の方はプロパンガス仕様であり、燃料コストは高いときがある。

安全を考えると、直火が無い分、ガスより電気の方が優れていると思う。これからの老後のことを考えると、早くからそのように安全なIH調理の使い方に慣れておくほうが良いだろうと思う。

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古着リサイクル

以前からまとめていた古着を一気にリサイクルショップに持ち込んできた。

キロいくらの従量制のショップもあるようだが、行った店は全点をチェックして、引き取るものと引き取らないものを区分した。その手際を暫く観察していたが、判断基準など推察すらできなかったが、とにかく3、4人ですばやく振り分けて、処理スピードも凄く早かった。うちのかみさん(最近の若い人たちやTVの芸能人などは「嫁」と呼ぶことがほとんだだなぁ。何でだろう?)にやらせると日が暮れるだろう量を30分足らずでチェックし終えた。

名前が入った中学校指定の体操着や汚れシミの酷いもの下着などが引き取れませんと返却されたが、ほとんどのものは引き取ってもらえた。

クリーニングしたものやタグ付きで一度も着てないものなどあったが、総額1,500円弱の引き取り価格であった。かみさんはかなり期待はずれでがっくりしていたが、僕や母はいくらかにでもなったことに驚いた。

家にはまだまだたくさん古着在庫がありそうだから、次は従量制もやってるというリサイクルショップに持ち込んでみようと思う。

物置の多くのスペースを締めていた古着が一掃できたので非常に気分が良くなった。引き取ってくれればそれだけでもありがたいと思った。店によってはアフリカとか世界各地に送ることもあるらしく、そのような場所でリユースされるとしたらこれはたいへん価値のあることだと思うのだ。

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第二の人生もおかしき哉?

先週末帰宅すると退職のご挨拶状が届いていた。先月の株主総会で取締役を解かれ長いサラリーマン人生に終止符を打たれたとのことだった。ハガキの日付からすると既に随分日にちが経っている。驚いて9時過ぎという夜分ではあったが携帯電話を掛けさせて貰った。

「もう62歳ですよ。」

と、いつものように元気なお声だった。

「長い間のお勤めご苦労様でした。」と...

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今週末には元上司を囲んで昼食会を持つ。今年4月に退職されたので慰労会の趣旨である。有志6名が呼びかけに応じて8名でのランチとなるが、元上司は僕と外2名の4人での会食だと思っている筈だ。ちょっとしたサプライズを企画している。

このところ慰労と激励の会を多く開催するようになった。定年退職はハッピーな方である。希望退職が多いのがこのごろの傾向だ。

しかし、いずれも再就職は厳しい状況のようである。日本の失業率も戦後最低水準から2番目というからその困難さは際立っている。

同期のA君は、希望退職前から政策的措置から(?)他には内緒で再就職先が決まっていたらしい。その後1年後輩のS君も再就職したらしいが、これも予めある程度当てが有ったらしい。先週末は同期のS君がコンサルタントで再就職したと連絡してきた。こちらは就職斡旋会社の仲介とのことであるが、これまでの技術知識とは無縁とのことだった。

Hさんも就職会社の斡旋を受けて再就職を決めた。

Mさんは定年退職で、今国内外3社のコンサルタントを勤めている。自分で会社も興されたそうだ。優秀な技術者であったことから、業界内での引き合いがあったようだ。社外からもきちんと評価されるとは立派なことである。一方で社内の人事部門は何を評価していたのかとは笑い話である。

KさんとN君は外国企業の役員や幹部社員として契約しているとのこと。高給には引き換えにハードな責務が課されるのではないかと言う人も多い。

その他、まだ多くの友人・知人たちが就活している状況である。

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かって一緒に仕事をした人たちの他にも、同じ分野の仕事で関わった人たちの多くがリタイアしていかれた。とある会員名簿や企業組織人員配置などを眺めても、知っている名前は数えるほどになってしまった。

*****************

そういえば兄もあと少しで定年を迎えるはずだ。第二の人生についてはこれまでにもいろいろプランを聞かされてきた。どれも賛同できないような夢と現実の間の現実から乖離したような計画だ。

斯様な自分を取り巻く人たちの人生の岐路に関する変化を目の当たりにして、自分としても定年のこと、第二の人生のことを思わざるを得ないと感じるこの頃なのである。

諸先輩や友人・知人たちはそれぞれにいろいろな計画を立て、それぞれに様々な生き方をされている。

自分としては子どもや家族のことを含めて考えて現役で働き続けられるのが最も望ましいと思っている。もし働けなくなっても健康であることが望みだ。

昨日横断歩道を自転車を押して渡り、そのあと自転車に乗って行った爺さんを見た。僕は横断歩道も自転車区分のところを乗って渡るじじいになるぞと思った。

****************

しかし、田舎には面白いじいちゃん、ばあちゃんたちもたくさん居る。中でも年金生活しながら廃品回収業をやってるH氏は、どうも色ボケじいさんのようで近所・町内ではちょっとした話題の主らしい。彼にはしわくちゃでそれころ現役ではないだろうというばあちゃんたちが身の危険を感じるというくらい気持ち悪いと言っている。見た目が気持ち悪いのではなく、喋りが気持ち悪いというのである。彼については更に取材してまとめてみようと思っている。まずは写真を撮らせて貰いたいと思っている。

人間しわくちゃになって、見た目は小汚くなっても、たいした日常ではなくても何か面白いことがあるのかもしれないと思うエピソードである。

何だかとりとめのない話になってしまった(この土日は久々に重労働をこなしたせいか少し疲れが残っている(~_~;))

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朝方の夢

1.自転車

とある市街地を流れる川面が結構深い位置にある幅7,8軒ほどの河の両岸に沿って舗装された道路があり、橋が架かっている。自分はスポーツ車仕様の自転車で颯爽と駆け抜けている。普段から家とどこかを行き来しているような乗り慣れたまた通いなれた道の様子である。ところがあるときから場面は何か大勢の自転車乗りとの競争で先頭を走っている状況に切り換わった。河に向かって直角に進み、T字路にぶつかり左手に曲がる。とそのとき右手ハンドル下のブレーキレバーの金具が中ほどからぼっきりと折れた。鋳造の金属部品だったようだ。金属疲労とは違う断面がくっきり目に映る。ちょっと慌てるが、ゴールは間近のようで、しょうがないと思いつつ河の左側沿いの道を疾走しつつ、やがて右手に大きな橋が架かっている所に来た。右手に大きくカーブを切って橋の上に差し掛かった、その時である。今度は左手ハンドル下のブレーキレバーの金具がまた中ほどからぼっきり折れた。ゴールは橋を渡って右折し、さらにその先を左折したもう少しのところだと分かっている。しかし減速して右折ができそうに無い。あ、あ、あ、あ...で、目が覚めた。いやな寝汗を掻いて。

午前4時を少し過ぎていた。そこから悶々としてなかなか寝付かなかった。

しかし、いつの間にか寝付いたのだろう。次の夢を見た。

2.不思議な電車

まだ夕闇が訪れたばかりだろうが、黒く蒼い空には既に星がたくさん瞬いている。銀河鉄道の夜か、銀河鉄道999の風情だ。とある駅のホームに立って電車が来るのを待っている。駅舎のようなものはない。ホームだけがあるのか、屋根の無いホームの端っこに来て立っているのだろうか。そこに右手から電車がやってきた。二階立て車輌のようだ。先端よりかなり後方に扁平状の丸いガラスドームで覆われた運転席がついていて、運転手が見える。二階乗客席は既に満席状態で、立ってる人たちも見える。一階部分は窓に黒いガラスでもはめ込まれているのか全く内部が見えない。自分は二階の方へ行こうと決めた。電車が止まりドアが開くが、一両車輌の前の方にだけ近いところに続けてドアが二つ付いている。自分が立っているのは先頭側のドアのところだった。先ほどの運転手席より前方にそのドアはある。怪訝に思う。ドアが開いた。いきなり上り階段が現れて、その上りきったところが客席通路になっていて乗客が立っているのが見える。そこは運転席の前方で、運転席より一段下のところに乗客席がある格好だ。してみると運転席は三階の位置にあったのか??思ったとおり乗客席は満席だ。仕方なく通路に立ったまま発車を待った。電車はスムーズに家並みの中の線路を進んでいった。右手側にもう一つ線路があり、自分が乗っている電車と反対方向に電車が走っていく。しかしそれはごく普通の形の電車だ。白い箱型の首都圏を走っている電車だ。小田急線か?次の駅に着いた。乗客が何人か降りた。しかし自分から前方側に見える席はすぐに別の立っていた乗客たちが掛けたようで空席は無くなったようだった。後ろを向いてみた。するとずっと後方、先ほどの二つの乗車ドアの上り階段を登ったところのすぐ後方に空席が見えた。そちらに移動することにした。するとなんと他にもいくつか空席があるではないか。最初に見つけた空席に腰掛けた。さて、これで落ち着けた、よかったと思う。だが、改めてこの電車で何処に向かおうとしているのか、目的地は何処かと思い出そうとする。自分のアパートへの帰り道であるようだが、今何処を走っているのかが皆目分からない。次の乗り換えはどうするんだろうと思いつつ、そこで筋書きは途絶えた。どうも深い眠りに入ったようである。

*****************

前夜息子のことで家内と口論した。長女に言わせると二人とも同じことを言っているとのことだったが、擦れ違いと溝は埋まらなかったと感じて別れてきたのだった。家内も自分も息子のことを心配しているのは同じだということだったか?今朝方の夢はそれと関係があると思っている。

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就活中の友人へ

○○さん

暑い日が続きますが汗らない、違った、焦らないことも大事だと思います。

マイケル・ジャクソンの死亡のニュースを見て、彼は自分の人生を楽しめなかったのだろうなと感じました。いつも何かプレッシャーを感じまたはそれを自ら自分に負わせて生きてきたのだろうかと推察します。"King of pop"ゆえに常人とは違った苦悩を抱えていたのでしょうか。

マイケルに比べれば我々は自由な一般人。その自由の特権を活かすことが最大の人生の宝ではないかと考えます。過度に人と比べたり、社会通念のようなものに縛られると折角の自由がなくなってしまいます。これまで長年働いてきて、それなりの経済的な蓄えもできてるのなら、暫く自分の人生を見つめ直すのも良いのではないでしょうか。

僕は退職金もほとんど無く且つ公的年金も当てにならない模様で経済的には未だ何の保障も持てていませんが、一方で子どもたちも成人したし、なるべく自由な気分でこれからの自分の人生を楽しもうか考えています。皮肉なもので宮仕えの身では未だ思うように人生を楽しめてない現実の裏返しのようなところも有りますがね(苦笑)。

人間気の持ちようで目の前の世界が如何様にも変わります。阿波踊りの歌詞じゃないけど、大差ない帰結に至る人生なら「踊らにゃ損々!」ということも言えるでしょう。

自分が気分的にリラックスできる何かを見つけることも大切な人生の生き方だと思います。

そしてそれと並行して自分が社会とのつながりの中でやりたいこと、やりがいがあると思うこと等を発見していくのも良いのではないでしょうか。

今週末暇を見つけて夏野菜でも、先日のビールのお礼に持参しようと思ってます。そのときは事前連絡します。

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安心社会の姿

今日もぼやき。

今日(6/25)の麻生首相メールマガジンには、「現在、国民の多くのみなさんが様々な不安をいだいています。」、そこで有識者から成る「安心社会実現会議」を開催し、「目指すべき安心社会の姿と、その実現の道筋について提言をいただいた。」と書かれている。

示された具体的提言の概要は後述の1)~4)である。すなわち1)教育格差、2)子育て支援、3)雇用と社会保障、4)高齢世代の各問題に対する提言である。

これは裏返せば現在または近い将来このような問題が現実のものとなっており若しくはなることが予想され、多くの国民の不安の原因になっているということであろう。

そしてそのような現実を招いたことに対し、政治の責任は大きい。国の政治経済の機構や制度の改革や運営、税金の使い方等において、これまでの国を取り巻く環境の変化に対して、適切に対応することなく、あるいはほとんどの政策が間違いであった若しくは無作為であったことの証左であろう。

情けないのはそのような現実を目の前にして、政治家からその原因やその解決に有効な対策が明確に示されないことである。あるいはそれらが分かっているとしても必要なアクションが一向に起こされないことである。ずるずると事態は悪化を辿る一方だと感じる。財政改革の必要性など何十年も前から叫ばれてきた事ではないのか。

今政治としてやるべきことは、あるべき姿の提言だけでなく、まず現実の問題の原因の所在を明らかにして、そこで取るべき有効策の優先順位を決め、責任をもって実行し、その効果を検証して国民に報告することである。特に、原因の所在を曖昧にして、改善目標だけを掲げるやり方はこれまでたくさん行われ、それらは後になって失敗だったということが多かったのではないか。そしてそれらは首相の交代や大臣の更迭だけで済まされる問題ではない。国民の多数を不安に陥れた責任は万死に値するものだろう。

衆議院総選挙も間近となってきたが、政党や立候補する政治家には分かりやすいマニフェストを提示してもらいたい。政党や政治家が分かりにくいあるいは改善や効果が期待できない政策を掲げるから、有権者は政治に無関心になるのだと思う。国民の多くは賢いのであって、むしろ政党や政治家の専門能力の発揮と説明責任が十分に果たされていないところに、今の日本の最大の不安と不幸があるように思えてならない。

【安心社会実現会議の提言】

 1)若者世代には、生まれ育った家庭の格差を、固定化させない教育の提
 供。給付型の奨学金制度の導入など、低所得の家庭でも大学に行ける制度
 に取り組みます。

 2)子育て世代には、社会全体で、子育てと仕事の両立を応援する仕組み。
 給付付き税額控除など、子育ての経済負担の支援に取り組みます。

 3)働き盛りの世代には、長期雇用に、中途採用、職業訓練、社会人入学
 の支援制度を組み合わせて、一生チャレンジし続けることができるように
 することが、急がれます。非正規労働者への社会保険・労働保険の適用拡
 大も進めます。

 4)高齢世代には、雇用や地域活動への参加機会を拡大し、「70歳現役
 社会」、そして「生涯現役社会」を目指します。本格的な高齢化社会を支
 えるため、地域での医療・介護の連携を推進し、独居高齢者に対する住宅
 保障に取り組みます。

 私は、これらの実現に全力を傾け、希望と信頼を、次の世代に引き継ぎます。

首相メルマガの全文は以下の通り。

続きを読む "安心社会の姿"

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無実のシグナル

6月23日(火)放送のNHKクローズアップ現代「えん罪はなぜ見過ごされたか」を観た。

http://www.nhk.or.jp/gendai/

「捜査段階から裁判に至るまで誤った判断の拠り所となったのが自白と精度の低いDNA鑑定だった。」

自白に関しては、菅家利和さんの自白の通りであることを裏付ける事実や証言は得られていなかったそうだ。

そこで科学捜査としてのDNA鑑定が犯人である拠り所とされた。

自白の後、菅家利和さんは反対に無実であると主張し始めた。家族に宛てて書いた手紙の中の「自分は無実だ」との記述に関して、裁判官は家族に見放されるのを恐れての嘘ではないかと思った。

弁護団によるDNA再鑑定の要請を裁判所は認めなかった。「真犯人なら自分に不利な再鑑定など依頼しないはず」という考えは考慮されなかったようだ。

このように「無実のシグナル」が幾度か発されていたにも拘わらず、捜査と裁判の過程でそれらは見過ごされてきた。その原因としてはやや非常識な刑事司法独自の慣行があるように思われる。秘密主義や特権意識などがその重要な要因の可能性があるようだ。

番組では「裁判所は弱い者を守る最後の砦のはず」との趣旨のコメントが出ていたが、遺憾ながらその機能を発揮できず、冤罪を見過ごした。

話は変わるが、今週読んだあるメルマガの記事に次のような記述があった。

「制度を積極的に推進してきたのは、日弁連の推進派の弁護士たちで、裁判官や司法への信頼が揺らいでいるからです。露骨に言うと、検察と裁判官には昔からなれ合い体質があり、起訴されたら自動的に裁判が進行して、弁護士の奮闘空しく、99%が有罪になってしまう、という状況があるのだそうです。(丸山和也弁護士 談)
この状況に「市民の常識」で風穴を開けるべく、数々の不備を指摘されながらも、裁判員制度が導入された、ということのようです。」

これが本当なら、市民の力で今の間違った刑事司法制度と闘ってくれと言っているようなものだ。それはとても奇妙なことではないか?そして本質的な問題解決とは程遠いばかりでなく違うのではないか?

第一義的には刑事及び司法の現在の関係者が自ら足利事件等の冤罪事件を反省材料として、冤罪を生み出すあるいは見逃す現状のシステムの問題点を徹底的に洗い出して解決すべきだ。

日本の司法制度は第2次世界大戦の敗戦のときもGHQが手を入れず、旧来の体制が残されたと読んだことがある。保守的で自己チェック機能もなく、あるいは外部からチェックされることもなく、綿々と引き継がれた慣行により、結果として現実社会から乖離した特殊な世界を現出させてしまっているのではないか。だとすれば、必要なのは裁判員ではなく、司法と現実社会との分かりやすいコミュニケーションツールやユーザーフレンドリーな仕組みの開発や情報開示や何らかの内外部チェック機能のようなものではないのか。もっとも裁判員制度にはそのようなことが一部含まれてくるようにも思われるが。

いずれにしても今の日本という法治国家の刑事司法制度とその運用システムにおいて、極めて深刻で大きな欠陥があることに気付かざるを得なかった訳である。一日も早く、権力を持つ側により正義が守られあるいは実現され、一般国民・市民として安心して暮らしていける国にしてもらいたいと願う。

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ライオンキング

ヒヒの呪術師の言葉「過去からは逃げるか学ぶかだ。」
ミーアキャット・ティモンの人生哲学「ハクナ・マタタ(気にするな)」
つまり、過去には背を向けるということ。過去から逃げるということにつながる。
シンバは過去から学びプライドランドの再建を決意する。
この部分が一番印象に残りまた勉強になった。
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日曜日の昼に劇団四季のライオンキングを鑑賞した。
約3時間のミュージカルは感動する場面もあってなかなかよかった。
舞台装置、衣装、歌、踊り、演奏、演出、構成など、目を見張って観た。
ストーリーはややシンプルで物足りなさもあるが、全体的に質の高さを感じた。
毎回毎回あのようなミュージカルを展開するにはかなりのテンションの維持や集中力が必要だろうと思う。
人の歌声の素晴らしさにも触れた。自分の下腹に響き渡るように届いてきた。その日の夜の風呂では自分も良く声が出た。
戦いや男女の愛の芽生えなどを踊りで表現するところなど興味深く観た。
いろんな想像力が駆使されたミュージカルで楽しいものだった。

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人生は思っていたより塩辛い_海鳴り(下)より

『-おれも、益吉も.....。

人生の重荷を背負ったまま、年取ることになりそうだな、と新兵衛は思った。わずかのひまも惜しんで懸命に働いていたころは、若いうちに怠けずに働いておけば、やがて安楽な老年を迎えることができるだろうと、そのことを疑いもしなかったのだ。だが、人生はいま少し塩辛くできていたようである。』

主人公の新兵衛は四十台後半の中年オヤジ。紙問屋の商いをしており、社会的、経済的、仕事的には比較的恵まれている男だ。これまでに一度妾を囲ったこともある。今は人妻と浮気もするようになった。一方で、家族には恵まれていないと思っている。妾を囲った出来事以来妻との関係は冷え、一人息子は期待を裏切るばかりである。一人娘だけが心のやすらぎを与えてくれる。なお、当時不義密通はばれると死罪に値する。死罪にならなくとも世間の評判を落として商いの道は閉ざされる。いまや新兵衛は自らもリスクを背負っているのだ。

自分との比較で、全ての項目で格差がありすぎてなかなか感情移入できない奴である。

自分などは年齢以外に新兵衛に勝ってると思う項目がほとんどない。さらに老親の面倒や夫婦の老後の不安が加わると月とスッポンだ。

が、しかし、彼がときどきみせる心情に思わず共感することがあるのだ。そして、冒頭の文は「うーん」とうなった文章のひとつである。新兵衛との境遇の格差問題を離れて、己自身の来し方行く末を思うとまさに自分もそうではないかと。

自分の過去を振り返るとき、ある時選択を間違ったのではないかと疑心に囚われることがある。一方、自分を取り巻く環境も絶えず変化した。どちらかというと自分にとってはネガティブな要素が多かったか?と恨む気持ちも無いではない。しかし、それらも結局は己の才覚の至らなさの結果であるか?

今世間は再び不景気の底に沈んでいて、経済も政治も当てにならないとの不安が世を覆っているようだ。こういう時代には冒頭の文章に共感を覚える人々も多いのではないかと思う。あるいは、若くして既にそのような心境が理解できるという者も少なからず居るようだ。驚くべきや悲しむべきや。

この文庫本の初版は1987年10月10日とある。世はバブルの頃だ。藤沢周平は世間の熱狂に浮かれることなく、このような思いや考えを抱いていたのか。

人生のたそがれにおける気の塞ぐ思いは、自分の周りの問題ではなく、自分自身の中にある問題なのかもしれない。

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山河 (小椋桂)

歳月は 心に積まれ 山と映り
歳月は 心に流れ 河を描く
そこに 積まれる時と 流れる時と
人は誰れもが 山河を宿す

ふと想う 悔しひとつなく悦びの山を築けたろうか
くしゃくしゃに嬉し泣きする かげりない河を抱けたろうか
愛する人の瞳に 愛する人の瞳に
俺の山河は美しいかと

(一番の歌詞は今は歌えず)

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最近良く聴く元気が出る曲

Somewhere over the rainbow
Way up high
There's a land that I heard of
Once in a lullaby

Somewhere over the rainbow
Skies are blue
And the dreams that you dare to dream
Really do come true

Some day I'll wish upon a star
And wake up where the clouds are far behind me
Where troubles melt like lemondrops
Away above the chimney tops
That's where you'll find me

Somewhere over the rainbow
Bluebirds fly
Birds fly over the rainbow
Why then, oh why can't I?

If happy little bluebirds fly
Beyond the rainbow
Why, oh why can't I?

"オーヴァー・ザ・レインボー" コニー・タルボット; CD買った。

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直し(本直し)

先に江戸時代の酒について書いたが、その後落語CDで「青菜」(三代目春風亭柳好)を聴いた。青菜には「直し」という酒が出てくる。では直しとはどんな酒なのかということで、続きを書こうと思った。

Web検索した結果によれば、直しとは、焼酎に味醂を加えたものである。あるいは味醂に焼酎を加えたものと言う解説もある。「直し味醂」と呼ぶのが正しい。

一方、腐りかけた酒や下等な酒を加工して、普通の酒のような香味を持たせたものがあり、これは「直し酒」と呼ばれる。

青菜に出てくるのは家の主人が「柳影(陰)」と紹介しているから、前者である。

ウィキペディアによれば、「江戸時代には焼酎の亜種としてよく飲まれていたが、現在では一般にはマイナーな存在である。かつては夏の暑気払いとして、井戸で冷やされて楽しまれ、高級品として扱われていたことが、上方落語の「青菜」に伺える。また正月の屠蘇のベースとして用いられた。」とある。

現在ではマイナーということであるが、1990年代末期には節税焼酎として販売量が急増した(ウィキペディア)ことがあるようだ。また、かって熊本の実家で正月を祝うときには必ず屠蘇を飲んでいたので、自分も飲んだことがあることになる。赤酒と称して、ティーバッグのようなものが浸されてとろりとした粘稠な酒で、自分としては養命酒のような薬用酒だとばかり思っていた。味醂と焼酎ベースだったのか!子どものころは体に良いものなのだろうと信じていた。甘くて美味しいので祖母や母にねだって余分に飲ましてもらっていた。それを冷やして夏に飲むというのは一度試しにやってみたいものである。

話を元に戻すと、つまり江戸時代には味醂のような原酒を水で薄めるだけでなく、味醂の甘さを焼酎で抑えたような酒もあったということだ。

以下は落語「青菜」のあらすじと、今回参考にしたWeb上の記事の抜粋である。

なお、落語には「お直し」というのもある。この一席についてはまた別途書いてみたいと思う。

続きを読む "直し(本直し)"

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毛虫

今年も毛虫退治を開始した。

山茶花につく毛虫はたちが悪いというので見つけたら真っ先に駆除しなければならない。刺されると命が危険になることまであると植木屋さんから聞かされているので、目を皿のようにして点検する。もう2週間ほど前のことになるが、白い産毛を持った毛虫数匹が仲良く密着並行状態で若葉の上に並んでいるのを見つけたときは背筋に悪寒が走った。まだ少数だったので毛虫駆除用スプレーを掛けて、次に枯れ木の小枝を持って来て葉っぱから引き剥がしてインターロッキングの上に落とした。殺虫剤が効いているのを確認してそのままにして終了とした。その後山茶花の葉に毛虫は現れていない。

先週末から今週末に掛けては、アメリカシロヒトリが、ヤマボウシとハナミズキに発生した。ヤマボウシは小さい一枝が真っ白く病変したようになったが軽症であった。ハナミズキは数箇所の小枝についていた。これらは刈り込みバサミを持ってきて、毛虫が付いた葉の小枝を全て根本から切り落とした。地面に落ちた小枝は熊手で集めて紙くずの上で焼いた。若葉がたくさん出て枝と枝の間の風通しが悪くなるとアメリカが付きやすいといわれるので、茂りすぎた枝と葉を間引きした形だ。高いところももっと枝を落としたいのだが、このところ雨続きであったためしずくに濡れていたので、また晴れた別の日に作業しようと考えている。

今週はさらにシャラに毛虫が付いた。この毛虫にも刺されると痛い。体側の茶色や黒い外観は見た目が白っぽいアメリカシロヒトリとは異なっていた。ごく限られた小枝の葉をほとんど食べつくしていた。スプレーを掛けて駆除した。シャラは今たくさんの蕾を付けており、やっと白い花が開いては一輪、二輪と地面に落ちている状況だ。落ちたばかりの花はどこも枯れ始めたり痛んだりしているわけでもない。ときどき水を張った浅い皿や盆などに入れて玄関に置いたりする。今年の花数は今までで最高になるかもしれない。

毛虫との戦いは始まったばかりだ。これからも監視の目が緩められない。

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日曜日は快晴となり気温も上昇した。早速にしまってあったヨシズを出して一部をセットした。毎年梅雨明け頃の作業であるが、今年は入梅前に早速済ませてしまった。果たしてどのくらいの効果があるかは定かではないが、気分的に夏に備えているという感じなった。

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江戸時代の酒

Tさん曰く、江戸時代の酒はアルコール分が5%くらいと薄かった。

ウェブで調べてみた。結果概要は次のようだった。

現代の酒とは異なり、アルコール分は約17%と同じ濃度だが、酸味、アミノ酸、糖分のそれぞれの濃度はずっと高かったようである。糖分にいたっては5,6倍というから、今でいう味醂のような原酒だったようだ。

これを水で薄めて飲んでいたとのこと。結果的にアルコール濃度は約4,5%ということだったらしい。

理由としてはそのままでは飲んでも上手くなかったのが一番と思われる。

さらに、酒税法の関係では醸造した酒量に応じて課税されるので、アルコール分の濃い原酒を造ってそれを希釈した方が節税になったという事情もあったようである。酒蔵が水で薄め、仲買が薄め、小売がまた水で薄めて量を増やしながら売っていたのである。

さらに、何と!水で薄めても薄く感じなかったそうで、そのぎりぎりの下限がアルコール分4,5%あたりだったようだ。

平蔵が飲んでいた酒もこのようなアルコールの薄い酒だったのだろうか。とにかく良く飲むし、良く人に薦める。現代のビールくらいのアルコール分であるからたくさん飲んでもしたたかに酔うなどということはそれほど無かったのであろう。

「鬼火」で立ち寄った居酒屋の酒に平蔵は「今まで飲んだ酒とは違う舌触りだ。」と言う。おそらく辛口、鬼殺しみたいではなかったのかと想像したのだが、その当時にも現代の酒に近いものも出来ていたのではないのか?灘の酒あたりはその走りであったような記事も...

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参考文献として以下があるようだ。時間を見つけてさらに調べてみようと思う。

東京農業大学教授の小泉武夫氏の著書

杉浦日向子、「江戸塾」

なお、ウェブ上の参考情報を後述しておく。

続きを読む "江戸時代の酒"

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足利事件の菅家被告釈放に思う

事件の経緯をみると、2000年7月に最高裁がDNA鑑定の証拠能力を初認定し、上告棄却を決定し無期懲役を言い渡したところに特に非常に大きな問題があったと思う。勿論その以前の経緯にも問題があった訳であるが、上記経緯においては、「裁判官が最新の科学技術の精度を十分に理解できないまま心証を形成して判断した」という点を指摘したいのである。誰かが裁判官をミスリードしたのかもしれないが、結果的に裁判所の判断が間違いであったことは明白となった。菅家氏の人生の損失損害に対して今後どのような補償がなされ、また、真犯人に対してどのような制裁が下るべきかと考える。

裁判官も人間であり過ちを犯すだろうが、超難関の試験と訓練を経て選ばれた人間であれば、常人に比べて過ちをほとんど犯さないということでなければ裁判所は信頼されないだろう。報道によれば、1991年当時のDNA鑑定は血液型鑑定と組み合わせても結果が一致する確率は1000人に1.2人だったという。そのような低い鑑定精度のものを決定的な証拠として採用し、被告や弁護人の意見には耳を傾けなかったとうことは、一般人の常識的な判断にも劣る判断能力だったということではないのか。

加えて人が人を裁くという場面において、裁判官が被告本人と向き合う姿勢に欠けていた様に思われる。無実の人から本当の悪人までいろんな被告がいるだろうが、裁判官としてはそのような人を見分ける力も必要ではないのかと思う。高所から見下ろし、警察や検察官の主張に偏重するようでは正義に基づき判断する資格はない。

自分としては冤罪を負わされることは最も恐いと思う。特に電車での痴漢行為に係る冤罪は他人事ではなく、自分もいつ何時巻き込まれるか分からないものだ。映画「それでも僕はやっていない」を観ても思ったが一度疑われたらそれでもうお仕舞いだ。今の警察や司法の仕組みの中に真の正義などないと考えておかなくてはならない。被告という弱い立場に追い込まれないように予防することしか手は無い。そのようなことが我が身に起こってしまったら無駄な抵抗は止めて諦めるしかないだろう。

痴漢等の痴(恥)罪ではなく知財(知的財産権)に関する裁判に関しても、最先端の科学技術である特許の訴訟において、文科系出身者である裁判官は正しい判断ができるのかという問題が、特許関係者の間では早くから指摘されている。これもまたいつか自分の身に降りかかってくる恐れが無いとは言えないものだ。例えば判決で特許権が無効とされる場合には、特許権者(原告)側としてはガックリすることだろう。(一方被告側は当然喜ばしいことだが。)そのようなケースが多いことは統計で明らかにされている。仮に、進歩性の議論となったときに、裁判官が特許発明の特有の効果を低く評価するとか、あるいは当業者であれば技術的理解に争いは無いときに、明細書の記載が不備で特許法に違反しているとか、の議論になり敗訴することはかなりの確率で起こりうると思わなければならないだろう。高い料金と長い時間を掛けた末に、特許庁からお墨付きを与えられた権利であっても、裁判で司法関係者の弁護士や裁判官にかかれば「屁」みたいなものとして扱われると覚悟しておかなければならないのである。企業でそのような敗訴事案に関わっていた者たちは業務及び管理能力不足の責任を取らされることになろう。減点評価に曝されるのであれば特許権等は保有しているだけに止め、競合他社に対して決して手を上げないことだと萎縮する者も多くなろう。そのような適正な権利保護が図れない形骸化した知財管理など何の意味も持たない。

先般、米国企業の人と話したが、たとえば特許係争の問題は弁護士や訴訟に高額の費用を掛けるよりは、当事者間で協議して解決するという。現実から乖離した法律の運用が続けば司法制度も形骸化、空洞化することだろう。

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鬼火 vs 狐火

鬼平犯科帳に登場した「鬼火」と「狐火」について、ウィキペディアを参照すると挿絵もあって実に興味深く面白い。

「人魂」の項も見た。亡くなった祖母はかってそれを見た恐い経験があると言っていたことを思い出した。

これらの「怪火」の科学的説明文は、昔の人の豊かな想像力を楽しもうとすると何となく無粋な感じがする。

<参考>以下はウィキペディアからの抜粋

【鬼火】

鬼火(おにび)とは、日本各地に伝わる怪火(空中を浮遊する正体不明の火の玉)のことである。伝承上では一般に、人間や動物の死体から生じた霊、もしくは人間の怨念が火となって現れた姿と言われている。

江戸時代に記された『和漢三才図会』によれば、松明の火のような青い光であり、いくつにも散らばったり、いくつかの鬼火が集まったりし、生きている人間に近づいて精気を吸いとるとされる。また同図会の挿絵からは、大きさは直径23センチメートルから2030センチメートルほど、地面から12メートル離れた空中に浮遊すると推察されている。

現在では、外見や特徴にはさまざまな説が唱えられている。

外観 :前述の青が一般的とされるが、青白、赤、黄色のものもある。大きさも、ろうそくの炎程度の小さいものから、人間と同じ程度の大きさのもの、さらには数メートルもの大きさのものまである。

:1個か2個しか現れないこともあれば、一度に20個から30個も現れ、時には数え切れないほどの鬼火が一晩中、燃えたり消えたりを繰り返すこともある。

出没時期 :春から夏にかけての時期。雨の日に現れることが多い。

出没場所 :水辺などの湿地帯、森や草原や墓場など、自然に囲まれている場所によく現れるが、まれに街中に現れることもある。

:触れても火のような熱さを感じないものもあれば、本物の火のように熱で物を焼いてしまうものもある。

【狐火】

狐火(きつねび)は、沖縄県以外の日本全域に伝わる怪火。ヒトボス、火点し(ひともし)、燐火(りんか)とも呼ばれる。

人々の寝静まった夜中、提灯のような火が点滅しつつ、十個から数百個も行列をなして現れる。行列の長さは一里(約4キロメートルあるいは約500600m)にも渡り、その数も次第に増えたかと思えば突然消え、また数が増えたりもする。火の色は赤またはオレンジ色が一般的だが、青い火の目撃例もある。

その名の通り狐と密接な関係があるとされ、狐の吐息が光っているという説が多いが、他にも狐が尾を打ち合わせて火を起こしているとも、狐の持つ狐火玉と呼ばれる玉が光っているとも言われている。

現れる場所は道のない山腹など、人の気配のない場所であり、人の気配を感じると姿を消してしまうとされる。逆に人をどこまでも追いかけてきたという伝承もある。狐が人を化かすと言われているように、狐火が道のない場所を照らすことで人の歩く方向を惑わせるとも言われており、そのようなときは足で狐火を蹴り上げると退散させることができるとされる。

狐火を鬼火の別称とする説もあるが、一般には鬼火とは別のものとして扱われている。

王子稲荷の狐火

東京の北区王子の王子稲荷は、稲荷神の頭領として知られると同時に狐火の名所とされる。浮世絵師・歌川広重による『名所江戸百景』では、狐が口から炎を吐いて多くの狐火を灯している光景が描かれている。

かつて北区一面が田であった頃、大晦日に関東の狐たちが官位を得るため、提灯を灯しながら王子稲荷へ集まり、壮観なまでの狐火が見られたという。

周辺に住む者は、この狐火の量の大小によって農作の吉凶を占ったと伝えられている。

【人魂】

人魂(ひとだま)とは、主に夜間に空中を飛ぶ光り物である。鬼火(おにび)、狐火、火の玉などとも言われ混同されるが、人魂は人の体から抜け出た魂が飛ぶ姿であるとされるので、厳密には違うものである。

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リフォーム検討開始

築20年でリフォームを検討しようということになった。

これまでにベランダからの雨漏り、外壁塗装と屋根瓦しっくい工事、水回り配管と蛇口工事などをやってきた。さらに下水道配管、温水機器なども交換した。

今度は木製の玄関ドアの取替えが当初の目的であった。

家内と相談しているうちにリフォームプランはどんどん大きくなっていった。新たに加わったのは次のようである。

リビング及び玄関吹き抜けの壁紙交換、リビング窓ガラスの二重化、1Fトイレの位置変更、それに伴う和室改造さらにガスコンロのIH化などだ。

玄関ドア交換だけなら不要であったと信じる多額のリフォームローンを検討しなければならないだろう。昨日調査したところでは金利は3.1%とか。100万円借りると10年返済で月々約9000円未満の返済になるようだ。上記リストアップした項目を全部やると100万円じゃ全然不足だろう。また、10年働けないだろうから返済期間はもっと短くしないといけないだろう。200万円借りて5年返済だとざっくりした計算で月々返済は約4倍ほどになるのではないか?!200万円で済むか???

かみさんはビフォー&アフターを想像して俄然やる気になってわくわくしてきたという。こちらは定年までの年数をカウントダウンしながら何だかドキドキしてきた。

新車を買うのに比べれば、それほど高額というわけではなく、決心次第だという気はする。また、給料で稼げる今やらないと、定年後ではリフォームなど決してやる気は起こらなくなるだろう。しかし、なお、昨今の経済状況の厳しさと今後の収入見通し、教育費、子ども達の結婚支援、夫婦の老後の生活、厚生年金の当てにならなさ等々を思うと、今後お金がどれだけ必要になることだろうか?ここはじっと我慢して、預貯金に励むのが良いのではないかという自分も居る。

今年4月の新築住宅着工件数は前年同月比32.4%減となり、5カ月連続の大幅減少となった。季節調整後の年率換算では、77万9000戸と80万戸台を大きく下回ったようだ。100万戸を大きく下回っている点でかなり悪い数値だ。住宅市場というより日本経済全体の回復がまだずーっと先になる、あるいはこのままだと回復見込み無しかもしれない。住宅メーカーの営業マンに聞くところによれば、今や新築市場よりリフォーム市場の方が、金額で上回っている、今はいわゆるタンス預金が豊富なのだそうだ。

しかし同じリフォームでも自分の場合はタンス預金ではなくこれからの稼ぎの中から支払っていかなくてはならないから、心理的には新築着工に準じる。ところが新築ローンの現在の金利は1%台とのことで、リフォームローンより低いという相違点がある。

新築ローンの場合、土地や住宅が担保になるので金利が低いのだそうだ。一方、リフォームローンは担保不要でその代わり保証が付いている。その分高金利になっているそうだ。

何とか新築ローンの金利で借りることはできないかと尋ねたら、無理とのことであった。「では増改築ならどうか?」とはもう考えなかった。金利が低くなっても総額が大きくなっては返済がきつくなるばかりだからだ。

さてさて、リフォームローンを抱えてせっせと働く近未来の自分の姿の輪郭が少しずつはっきりとしてくるようだ。

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朝方の夢

昨日居酒屋で飲んだ日本酒が効いた。昨日は妙に疲れていたせいだ。一昨日内藤大輔のボクシングタイトルマッチで彼の引き締まった体を見ながら、普段の自分の運動不足を解消しようと思い腹筋運動をやった為だ。そのままリビングで寝入ってしまった。寒いと感じて目覚めたのが午前2時だった。それから肌着を着替えてパジャマを着てベッドに潜り込んだ。

二回に分かれた眠りのそれぞれで複数の夢を見たようだ。現在の自分の潜在意識の中にある何かが夢に現れたのかと思うのだが、さて一体何が心に引っ掛かっているのだろう。何の構成や仕掛けも無い。脈略も無い。ただみたとおり。

1.二頭の犬と野獣

濃い灰色の毛を持った大型犬である二頭は兄弟である。今彼らは木々がほとんどない山腹の山道に居た。突然彼らは何物かの気配を感じた。気配が発されてくる方へ駆け出し近づいていった。その気配は崖の下に高く生い茂った萱の中から発されていた。しかし、二頭が近づくとその気配はピタリと止んだ。萱を掻き分けてみるが何も居ない。しかし、萱を掻き分けて開けた場所のすぐ隣は、萱が茂っており視界が全く遮られている。そこに何物かが気配を隠して蹲り潜んでいたとしてもおかしくはない。二頭は深追いを諦めて萱の茂みから離れた。それから暫くしてからであった。その何物かが萱の茂みから出てきた。それは当初野生の狼ではないだろうかと推量していたのであるが、現れたのは黒い毛に覆われた大きな熊だった。

2.湖畔の木登り~水難

桜の木は湖面に太い枝を突き出して立っている。我が幼子は斜めになったその木の太い幹を難なくよじ登ると、その幹の上で上下左右に分かれた枝の一つ一つに登るのを楽しんでいた。自分は遠く離れた湖畔からその様子を見ているが、実に身軽な動きである。ふと他の景色に目を逸らした。そのとき子は湖面に張り出した枝の上に移動して行ったようだ。そして次の場面、子が湖で溺れかけていた。湖面上空を飛ぶように移動した自分は子が溺れている場所の近くに着水した。泳いで助けに行こうとしたときである、突然湖の水の流れが自分に勢い良く向かってくるように変わった。凄い水流の勢いにみるみる子どもから遠ざけられていく。一方。子どもは別の水流に流されているようで、右手の湖岸に向かって近づけられていく。自分は水流とほぼ右直角方向に泳ぎ出した。すると先ほどの水流から逃れ湖岸へと泳ぎつけた。子どもを抱き上げ湖岸から離れたところで息をしているかを見る。水を飲み込んでいないか、うつぶせにして吐かせるかと思案する。

3.N君来訪

家内が作ってくれた朝粥を食べていると玄関のチャイムが鳴る。早朝から誰だろうと思う。家内がNさんが見えられたとリビングに案内してくる。N君はかっての部下であり、今は九州に居る。僕以外の家族は会ったことも無く、彼のことを知っている筈も無い。不思議に思いながらも、朝食を済ませるので少し待っててくれと言う。その間に娘がN君と話しているが、二人は顔見知りのようだ。どうしたことだろうと思いつつ、厚い粥をすくって急いで食べる。ちらちらとN君の方も気に掛ける。間違いなくN君の印象であるのだが、その顔がよく分からない。体全体の影も薄いようだが、何かあったのか?といぶかしく思い始める。

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小満の日(5月21日)のできごと

「小満とは二十四節気の一つで、万物が次第に成長して、一定の大きさに達して来る頃。毎年5月21日頃。」だそうであるが、昨日が今年の小満だった。

小満と自分の一日とにそれほど関係があるとは思わないが、この日は珍しい経験したので書き留めようと思う。午前中、米国企業との契約交渉に出席した。その後通常の業務に戻り、夕方同じ部署のメンバーである課長の家のお通夜に参列した。そして一日を通じてインフルエンザ予防マスクのことをずーっと気に掛けていた。

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米国の競合企業とライセンス契約について交渉した。これまでに既に2度案文修正を行い、最終合意に近づいて来たが、最新の先方修正案に対して1点だけ合意できない箇所があることを主張し、持ち帰り回答して貰う事となった。

来日メンバーは役員であるが、法務部門に諮らなければならないとの判断だった。外資系企業は弁護士や法務部門のレビューが最終合意に関しての必須事項である。自分自身の前職の経験でも、CEOは署名前に必ず「この契約はローヤーレビューは済んでいますか?」と尋ねた。外資系企業同士の契約では最終合意までは両契約当事者の代理人弁護士同士で交渉することが一般的のようである。

これに比べて多くの日本企業の契約交渉体制は十分ではないと思う。社外顧問弁護士に相談し助言と教示は受けるが、交渉を代理してもらうことはしない。また、社内においても渉外に関しての権限委譲が曖昧なことが多い。その理由の一つとしてはその契約が関わる事業方針に関する社内でのポリシーの曖昧さや議論の不徹底があると思う。また、契約締結可否判断は経営会議で議決することが多く、社長が決裁するということが稀というのも理由の一つだろう。

契約交渉会議は終始和やかに進んだが、先週から今週の初めは日本での新型インフルエンザ感染者が未だ少なかったため、米国からの来客には少し神経を尖らしていたものだ。握手も相手が求めなければこちらからしなくても非礼にはならないなどの会話もあったくらいだ。会議中は勿論その前後も出席者全員マスクは着用しなかったし、参集と解散のときの握手もそれぞれに交わした。今や日本の感染レベルも北米と同等になったという無意識の了解的な連帯感もあったろうか?

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定時の終業時刻より前に、通夜に列席するため会社を出た。会場は埼玉県越谷市斎場であった。越谷市・吉川市・松伏町の市民の斎場とのこと。当初電車で行こうと思ったがタクシーとバスの便が良くないとの情報を得たので車で出かけた。

環状7号線から国道4号線(日光街道)を北上し、草加市内を抜けて越谷市に入った。途中の草加市では道路と並行して流れる整備された河川があり、市民が散歩等を楽しんでいた。その川端の遊歩道はそれと直角に交差する道路があると大きなアーチ式の橋でその道路を跨いでいた。なかなか良い散歩コースだなと感心した。

越谷斎場HP http://funeral.koshigaya.info/

越谷駅よりずっと手前を右折した。もう4kmほどで近いだろうと思ったところ、住宅地がきれて両脇が水田等の農地ばかりとなるところがあった。越谷市にも田園風景があるんだと驚いた。群馬の自宅付近と同等かそれ以上のルーラルさである。道を間違ったかと不安になってナビを見たが、順調に近づいていた。そして無事斎場の建物を目の前にするところまで来たのである。ところが、そこには迂回路を示す看板が下半分ほどを草に隠されて立っていた。車を降りて看板の案内を見て道なりに進行してみた。かなり迂回しなければならなかった。一旦建物が見えなくなるところまで大きく離れたので、心配になって道路脇を歩いていた男女二人のご老人(母と息子だったか?)に行き方を尋ねた。案内の道路標識までを教えてもらい無事時間前に到着できた。

このときふと似たようなアクセスルートを辿った記憶が蘇ってきた。あれは確かN木さんのお父様の告別式だったから、おそらく上尾市内(あるいは大宮市か?)の斎場だったと思う。市街地から離れたところでアクセスのための引き込み道路が長いと感じたのである。周辺は野原のようになっていて何も無いのに、アクセス道路は1本とか2本に限られており、それ以外は長いフェンスで囲われているのである。

埼玉県民の一人によれば、埼玉では斎場の建設場所については、住宅地から離さないと市民がうるさいのだそうである。越谷市斎場も実に辺鄙なところにあった。

会場について記帳の列に並んでいたところでO課長と奥様それにO課長の実父様にお会いしたのでお悔やみと挨拶をした。奥様は今回実父を亡くされたのであるが、長い闘病生活の後の死であったためだろうかそれほど酷く落胆された様子ではなかった。

会社共済会からの及び会社有志と我々の部のご霊前封筒を持って行ったので、その記帳と会社関係を代表しての通夜参列と焼香をしてお暇してきた。

別室で食事と飲み物をと勧められたが特段知り合いもいなかったし、お返しの品を人数分受け取って会場建物を出た。

来た時に以前見たことがある斎場のデジャブーのように感じた建物外観を駐車場の方から携帯でカメラに撮った。その時であった、斎場建物の上空に3羽の白鷺が現れた。辺りは既に暗かったが、上空は薄暮でまだ明るさを残していたので、はっきりと白鷺であることが認められた。意外なものを見て驚いたが、何かの吉兆であれと祈って飛び去る3羽が闇に吸い込まれて見えなくなるまで見送った。

駐車場を出るとき越谷方面と吉川方面との標識が出ていた。時間があれば吉川方面に行ったところだったが、明日の準備が気になっていたのと夕闇が濃くなっていたので社会見学はまた別にと考え帰路についた。(次は吉川市周辺と越谷レイクタウン等の巨大ショッピングモールを訪ねてみたい。)

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途中目に付いた薬局に立ち寄ったが、マスクは在庫切れということであった。都内でも、川崎市でも、群馬県でも店の在庫は全てなくなっているようで、新型インフルエンザ感染の危機がそこまできているというのに、マスクの手持ちが無い人はマスクによる防御対策は取れなさそうである。

布のマスクはまだ購入できるようだ。一方、不織布タイプのマスク品切れに関しては、一部に買占めもあるのではないか。ネット上では高額で販売されているとも聞く。

このような個人任せによる感染予防体制でよいのだろうか?なお、国としては未だマスク着用を義務付けているわけではない。一方で、今そんなに過敏に反応する必要があるのだろうか?と考える自分もいる。

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新型インフル「被害軽減戦略」

5/19付けNHK時論公論「新型インフルエンザ 被害軽減の戦略」(南 直樹解説委員)を観た。詳細は次のURLで読める。http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/100/20010.html

「被害軽減戦略」とはさまざまな対策を組み合わせて実施することによって、健康被害を最小限に抑え、流行のピークをなだらかにすることによって、医療や、社会機能の麻痺という事態を防ぐことを目的とする。地震や水害等の自然災害への対策と異なり、近隣の自治体等の協力が得られにくくなる、むしろ同時多発テロへの対策に類似する戦略が必要とのことだった。

この解説を聴いて、一人一人が新型インフルエンザに罹らないよう注意して努力することが大事であると分かった。

今朝の会社の朝礼で、番組概要を紹介して、我々も正しい社会認識を持ってなるべく新型インフルエンザに罹らないように努力しようと話した。

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昨夜息子から家内にマスク(が入手できないから?)送って欲しいと電話があったそうだ。また米も底をついてきたので送って欲しいと。今朝の家内からのウエイクアップコールでそのことを聞いた。珍しいことだと思った。大学の方でそのような指示が出されたのか、あるいは友人達の間で既に着用者が主流になってきているのかと推察してみた。とにかく息子からのヘルプコールは珍しいことなので、今朝の出社前、小型ダンボールに自分の手持ちの米とインスタント味噌汁と備蓄用のカンパンの缶詰と、マツキヨで買っておいたマスク2パックを詰めてコンビニから発送した。今日中の配送は無理ということで明日の夜配達を時間指定した。

家内によれば、息子は父親に頼むと外観等を気にせずに性能重視で着けるのに勇気がいるマスクを送ると思い込んでいるようだとのこと。これまでの息子との人間関係を思い出し苦笑した。今回送付したマスクは普通の四角形を基本とした形状であるので息子も着用することだろう。

上記の件で、自分のマスクの手元保管数量が少なくなった。会社の同僚らは既にマスク購入が難しくなってきているという。早めの補充活動が必要だ、今週末はまだ購入できるかな?と思った。

食糧備蓄も必要だろう。今週末もまたいろいろと忙しそうだ。

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以下は冒頭のURL記事からの一部抜粋である。

【被害軽減戦略】
 次に、その基本戦略です。新型インフルエンザの流行が始まったときになにも対策を講じなければ、健康被害は大きくなりますが、さまざまな対策を組み合わせて実施することによって、健康被害を最小限に抑える手段があります。それが「被害軽減戦略」と呼ばれる方法です。
 ここで、考えられている対策は、
(1)感染者の早期探知と治療
(2)学校閉鎖などで、感染の機会を減らす
(3)ワクチンの接種
(4)検疫体制の実施というものです。
 アメリカなどで行われた、大規模なシミュレーション研究では、これらの対策を組み合わせて実施することで、被害をかなり抑えられることがわかっています。ウイルスを、完全に封じ込めるのではなく、患者の発生をコントロールすることによって、被害を抑えようというものです。流行のピークをなだらかにすることによって、医療や、社会機能の麻痺という事態を防ぐことを目的としています。

 今回の、新型インフルエンザウイルスの特徴は、弱毒性で、多くのケースは軽症ですみますが、心臓病、呼吸器疾患、糖尿病、妊娠している女性など、免疫機能が低下している
「ハイリスク」の人たちが感染した場合は重症になる恐れがあります。新型インフルエンザが重症化する率は9%というデータがあります。
 普通の季節性インフルエンザが重症化して、入院する率が7%とされているのに比べると、新型の方が高い割合です。これは、新型インフルエンザに対して免疫をもっている人がいないために、重症化しやすいと考えられています。単に新型を、季節性のインフルエンザと同じと考えて警戒を緩めることはできません。
 新型の特徴を踏まえて戦略を練ることが、緊急の課題です。

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新型インフルに備える_ギラン・バレー症候群

今週明けのニュースで見る大阪や神戸の通勤通学風景では全員がマスクを着用している。ついこの間までメキシコの映像として流れていたのと同じ情景が今は日本の一地域で現実となっているのである。

首都圏の電車内でマスクをしている人は約1割くらいだろうとの意見がある。花粉症の季節の方がマスク着用率は高いとのことだ。

近畿圏ではマスクが店頭で見つけにくい状況になってるとも聞いた。首都圏や関東ではまだ人々の間に余裕があるせいか薬局・コンビニその他で購入も容易だ。

昨日のTV番組(クロ現)によれば、新型インフレエンザに感染した場合に重篤化・重症化する人について注意を呼びかけていた。例えば透析治療中の人、妊婦(特に妊娠後期の女性。アメリカテキサス州(?)では今週33歳の妊婦が死亡したそうだ。)、その他糖尿病の人などだ。

番組で透析治療を受けている人が登場してインタビューと取材を受けた様子が流れていたが、季節インフルエンザに感染して重症化した経験があるとのことであった。目的地(病院など)へは遠回りでも人ごみを避けたコースで行くようにしている、帰宅時は上着や手のアルコール消毒をする、流行時には自宅に引きこもって生活するために2週間分の食料を備蓄している等のことだった。

それらの情報から自分としても今から何か準備をしなくてはという気持ちになった。過去の体験や経験からは、やや過剰反応となった「コンピューター2000年問題」や「テロ問題対策」、未だ潜在的危機は去っていない「関東大地震対策」が思い起こされる。自分の身に迫る危機ではなかったためか「サブプライム問題」からリーマンショックに至る経済問題では、多くの人々がそれを軽視して世界的な経済危機に陥った。

本日までのところ、WHOは日本での感染に重大な関心を持ちながらも各国からの反対意見を考慮して「フェーズ6」への引き上げに対しては未だ慎重な姿勢である。

今回の新型インフルエンザ問題は将来「過剰反応」と「油断」のどっちのケースに区分されるのだろうか?

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兄はギラン・バレー症候群と診断され、免疫グロブリン療法を受けたことがあり、風邪やインフルエンザに罹ると筋力が低下するなどの症状が出るので普段から注意している。そこでもし新型インフルエンザに感染した場合に重症化する恐れがあるのではないかと心配になって電話した。早めに主治医に相談に行くこととなった。

その他にも重症化するリスクがある病気や身体状況の人はたくさんいるのではないか?厚生労働省や自治体や医師会などは速やかにそのような情報もまとめて発信し、広く国民に知らせるべきだ。

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いろんな意見がある。冗談もシリアスも入り混じっている状況であるが、人間の考え方や行動は全くもって自分勝手なものである。「パンデミック宣言」などということになるとパニックになることが避けられないだろうと思う。

・弱毒性の内に早く感染した方が将来ウイルスが変異して強毒性になったときの免疫になるのではないか。

・N95以上のグレードのマスクを1日2つ使用するべきと言われるが、入手困難だったり、コストが掛かる。

・身近で発熱して病院に行こうとしたが断られた人が居る。名前は教えられない。WHY?

・白いマスクだけだから異常という印象になる。マスクに絵柄をプリントしたり文字を書いたりすると異常な印象を緩和できるのでないか。

   I「例えば独身者は『婚活中』と書いたらどうか?」

   Y君「ピンポイントできましたね!」

・アラカン(還暦付近)の人は重症化しないらしいから心配い入りませんよ。

今週アメリカイリノイ州シカゴに本社がある企業から来客されている。接触者は今後暫くの間マスク着用が義務だ。企業としての経済活動への影響を考えると至極当然の措置と思われる。

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今週末はマスクの買い溜めに走ろうと思う。以前アマゾンや通販で注文したが3ヶ月待っても来なかったためにキャンセルしたことがある。首尾よく購入できたら家族全員に分け与えていつでも着用できるようにしようと思う。息子には食料と飲料の備蓄品を送ろう。

今回は2000年問題で多くの備蓄品を無駄にして失墜した父の威厳を取り戻すチャンスになるかもしれない??

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スギナの草刈り2009初夏

このところの気温の上昇で成長著しい雑草類が田んぼの畦や用水路の土手の景観を悪くしていた。草丈は高いものは1メートル位はあろうか。黄色い菜の花をつけているものもあるし、ススキのような葉の草もある。丈は高くないがカタバミなどは花も実も付けてわが世の春を謳歌している。

それらにもまして勢力拡大しているのがスギナである。

何回もの除草剤による草退治の結果、ほとんどの雑草は根絶やしになったが、スギナにだけはその帰結が逆に繁殖に適する最高の環境を提供することになったらしい。

特に田んぼの周辺はスギナ一色のところが多く、背丈は30センチメートルを超えるところもある。余談ではあるがこの頃は家屋敷内もスギナ天国の様相である。

きれいな緑色をしたスギナであるが、過剰に繁殖していると自然界のバランスを崩した象徴のようにも見えて不気味にも感じる。土壌のpHがアルカリ性になるとスギナが蔓延ってくるとも言われる。酸性の肥料や農薬を散布して土壌を改良すれば良いのだろうが、畦や土手などに高価な化学製品は使えない。

スギナ専用の除草剤も販売されているが、これまでの雑草と除草剤とのいたちごっこの結末で生き残ったスギナに対するその最終手段は、スギナ以外の植生にも土壌にも環境にも健康にもあまり良いもののように思われず使用を躊躇している。コストも高いし、一度それに頼ると継続的使用をせざるを得なくなるのでは困るという思いもある。

スギナ等の雑草が伸びると、風に飛ばされてくるのか人が捨てるのか、ゴミも目立つようになってくる。アスファルト道路沿いにはコーヒーやビールの空き缶が目に付くこともある。

そしてそれらが用水路に落ちると、梅雨の季節など水路がゴミで堰き止められて水嵩が増して土手を侵食したり、あるいは土手を越えて氾濫したりする恐れも大きくなる。

田んぼの畦のスギナの繁殖を放置しておくと、耕作地の中にまで地下茎が伸びてきて荒廃が進む原因にもなる。

以上のような諸々の理由から、今やスギナ等雑草は伸び放題で放置できるギリギリの限界に達したと判断されるにいたったため、いよいよ草刈りをすることにした。

スギナの草刈りは葉も茎も比較的柔らかいために簡単である。しかしながら、草の葉で視界を遮られて隠された地面がでこぼこであったり、傾斜してたりすると結構難儀である。踏ん張る足に余計な力を入れざるを得なくなることが続くと、足やアキレス腱上のやふくらはぎ等が疲れてきて固くなる。スギナの茂った地面には時々モグラ穴のようなものが開いていたりして、それに足をとられそうにもなる。

午後の正味4時間ほどだったろうか、黙々と2サイクル発動機付き草刈り機で草刈りを行い、およそ全体の7割かた目標を達成した。

翌日は予報どおり朝から雨であったのでまあまあの成果だった。残った部分はまた今週末にかたをつけようと思っている。残りは比較的刈りやすい場所が多いので簡単だろう。問題は用水路の中の斜めの法面部分である。

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今月末5/31(日曜日)は地域のクリーンアップキャンペーンが予定されている。午前6時から住んでいる地区の空き缶やゴミ拾いをする。毎年春(5月)と秋(9月)の2回実施される。

家の回りもご近所の皆様が手に手に市指定のビニールゴミ袋をもって歩き回ることとなる。

今回の草刈りで空き缶拾いもしやすくなるだろうし、ご近所の皆様への見栄えも多少良くなることだろう。

そして、きれいにしておけばゴミ捨てやゴミの吹き溜まり予防にも効果が期待できるだろう。

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田畑が広がる台地の高い方の畑から、雨に流されてきた春菊の種が用水路の土手で芽を出し成長し、いま花をつけている。白と黄色の菊のような花である。白い花弁と中央の黄色いおしべめしべからなるが、いくつかの花々を観察していくと、花弁全体が黄色のものがあり、またか弁中央部から順に黄色く染まり始めているようなものもある。それらの観察から、春菊の開花期間が長くなるに連れて中央の黄色い花粉のようなものが、白い花弁を中央域から先端部へと次第に染めて行って、仕舞いには花弁全体が黄色になってしまうのかと思われるようであった。それとも単に、黄色と白とその中間のものといくつかの種類の花が咲くのかもしれない。本当のところは分からない。

春菊の花は珍しいし、結構大きくて見映えもする。家内は一輪挿しのトイレの花瓶に活けている。食用である春菊を眺めながら小用をたしていると何だか不思議な気分になる。少なくとも観賞用の食欲とは無関係の花とは違うかんがいを抱くようだ。

この春菊を草刈り機で切ると、あの特有の春菊の香りが立ち上ってくる。花が咲いてる春菊はその根本がかなり大きく硬く成長しており、回天刃を掛けると木の小枝を切るような硬い感触が手に伝わる。

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なお、この日の午前中はビニールテント小屋のテントの端の部分を粘着クロステープで寄せて固定する作業を行った。先週の強風で、これまでビニールテープで固定していたところのほとんどがはがされて、用を足さなくなったのと見た目も悪くなったために補修したのである。

ポイントは適正な粘着テープを選択して使用することに尽きる。今回はクロステープまたは塗料売り場でうっている養生テープが使い勝手が良いし、比較的粘着耐久性にも優れるように思われた。色も半透明以外に薄緑色があってテントのグリーンと同系で、これまでの白色や透明系テープに比べて目立たなくできた。

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懸案であった「ズッキーニ」の苗を4つ買って来て貰って植えた。一株198円だったそうで、先日別の店で見た苗に比べると、あるいは他の野菜の苗と比べるとやや高かったようだ。姪っ子が苗についているタグの写真を見てもズッキーニがどういうものかいまいち良く分からないというので、スーパーの野菜売り場に連れて行って見せた。売られているものを見て何とか納得したようであった。

そこで値段をみたら1本210円であった。商品として売られているものと同じくらいのものが最低4本収穫できれば元は取れるなとさりげなく皮算用した。

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BGT(British Got Talent)を観る

奇跡の美声 Susan Boyle

もう一度見たくてYou Tubeにアクセスした。何度みても感動する。スーザンの素晴らしいパフォーマンスに魅せられて、審査員、観客の皆が、さらに歌ったスーザン本人までもが衝撃と感嘆と感動と感激で満ち溢れた世界で一体となる。ジャッジをする3人もそれぞれ個性的で、正直そうで好感が持てる。観客も感動すると惜しみない賞賛を送る。スーザンも驚きながら素直に喜びを表す。

天使の声 Connie Talbot

Susan Boyle を観ていて、Connieを発見した。この偶然の出会いにに感謝したい気持ちだ。天才少女だ。穢れない声、それは穢れ無き精神から発されてくるもののように感じる。癒される。Somewhere over the rainbow、What a wonderful world, Imagine, I will always love you  etc. どの歌も素晴らしい!思わずアマゾンでCD購入予約してしまった。

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日本の少女演歌歌手にもめちゃくちゃ上手な子がいる。「大漁まつり」を歌う、さくらまやという子だ。大人顔負けの完成度で、子供らしさというより訓練した成果のようで少し退くが、歌が上手である。

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落語_大師匠競演

お好み寄席 - 大師匠競演 - (チャンネル:BS2、放送日: 2009年3月31日(火) 、放送時間:午後6:00~午後6:45(45分) )をビデオに録っておいたものをやっと観た。

番組の内容紹介には、「桂米丸と三遊亭圓歌が夢の共演!落語芸術協会と落語協会の最高顧問の二人が、落語界の現在と未来を熱く語ります。もちろん、二人の落語もたっぷりとお楽しみください。 」とある。両師匠とも戦後間もなくの入門で60年以上の芸歴で、それぞれ84歳と77歳とのことであった。

演題は圓歌師匠が「昔の芸人」、米丸師匠が「ジョーズ」であった。

圓歌師匠の歩きにはややおぼつかない足元に不安も感じたが、高座は歴代落語協会会長についてのエピソードを独特の切り口で紹介するもので、実に興味深く面白く語り、開始早々から聴くことに神経が集中した。与えられた時間が短かった様に感じたが、仕舞い際に三遊亭円生と林家正蔵が真打昇進の認否のことでちょっとした対立があり、円生が「会長を辞める。」と言い出し、正蔵が「昔から死ぬという奴ほど死なねえ。」とポツリ言って、その結果協会が二つに割れたとの裏話には驚くやらもっと知りたいやらと感じた。いつかすぐまたどこかで聞く機会もあるだろうか?本当のところを正確に知りたいものだ。

米丸師匠の高座はまた会場の爆笑を取っていた。会場は高齢者のファンがやや多かったようで反応が控えめであったように思われた。自分は大爆笑であった。新作で一貫してきたという信念、創作の苦労話などを聞いての高座の面白さはまた格別に感じた。落語界に入門して1年で辞める人も多いが、2年目になるともう辞められなくなる。寄席のお客様の呼吸が合ったことを経験すると、辞められなくなると語った。「客の呼吸が一つに合う」とは、笑いが一斉に起こった後皆一斉に息を吸う瞬間のことを言うのだそうだ。なるほどと合点した。

両大師匠(おおししょう)の番組中の会話も実に興味深いものであった。

落語ブームについては、寄席に来る若い人が増えたが、題目を観てその噺は聞いたことがあると席を立つ人が居るのを嘆いていた。同じ演題でも噺家はそれぞれに工夫を凝らしているのでじっくり聴いて欲しいと語っていた。これには全面的に賛同するし、そのことが理解できないようではそもそも落語を聴くとか味わうと言えないだろう。「耳の肥えたお客様」が少なくなって来たとも言っていた。

また、若い芸人の短時間で笑いを取る風潮にもやや批判的であったように感じた。

一方で、若い芸人が入ってくることは自分たちの刺激にもなると語っていた。

落語家とはいつまでも頭脳の柔軟性が要求される職業だなと思ったものだ。それは楽しくもあり、時には過酷でもあることだろう。しかし大師匠二人の姿や信条にはネガティブなものは微塵も感じられないようだった。

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五月夏

五月というのに30℃を超える日があり、あるいは五月というのに蒸し暑かったり、昨日今日も汗が引かない。これは「五月夏」というべきだろうと思うのである。

今日から職場にも冷房が入るようになった。例年6月にならないと冷房は入れないようになっているのだが、さすがに業務効率が低下すると感じる人が多いのだろうか。お陰で今日は仕事がはかどるはかどる、と言いたい所だが、昨日までの疲労が蓄積しているのか、頭がぼんやりしていて、さほどではない。

職場では半袖のユニフォームに衣替えした人もいる。しかし、今日から運転開始した冷房には寒さを感じるようだ。空調がされなかった昨日までであれば半袖がバッチリであった。長袖だとお茶やコーヒーを飲むと汗が出てなかなか引かなかった。午後など男性社員の額や顔はテカテカ光って見えたくらいだ。

娘の職場は既に冷房が入っていると聞いた。かみさんの職場は経費削減のため冷房禁止とのことだ。景気の悪い現状に対処しようとコスト削減に必死の会社も多いことだろう。

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都バス等の路線バスは割と早くから冷房が効いていた。車内温度を察知して自動的に空調システムが作動するのだろうか。涼しいなと感じると冷風が止まるようでもある。

JRの電車はまだ空調をしていないとの証言が多い。

東京メトロ等の地下鉄はどうだったろうか?乗車していてさほど暑いと感じていなかったが。はて?

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さて、今年の真夏はいかなるものとなるのか?「猛暑」のそれとなることが予想される。猛暑でバテた体に秋風が吹き始めて、豚インフルエンザの脅威に曝されるなんてぇことになるのが最悪のシナリオだ。

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母の日に思ったこと

熊本の母は少し熱を出して元気が無かったらしい。父に電話したら、「だんだん弱っていくばかりだ。」と言っていた。

群馬の母には白の胡蝶蘭の鉢植えを家内と相談して贈った。母はそれを先日長女が初給料でプレゼントしたウォーキングシューズと一緒に先祖と父の仏壇前に並べて置いた。家内が「靴は履かないとだめよ。」と笑っていた。

その家内には何のプレゼントも用意していなかったのであるが、NHK BSの再放送の番組録画を紹介した。たまたま娘も居て一緒に1時間の番組を観た。何らかの感銘を受けたようである。

その番組は「富士山ろく夢の庭・梶みゆきオールド・ローズ・ガーデンの四季」であった。

番組にはうちのかみさんが憧れるたくさんの庭造りのヒントがあったのではないかと思う。かみさんの課題としては、藪や蛇や虫類が苦手であること、雑草取りに特別な楽しさや意義を感じないこと、多量の土いじりには体力不足であることなどではないかと思う。それらを克服して理想の庭造りに挑戦して貰いたい。

自分としては、畑地の一部は耕作管理が難しくなれば庭に転換してらどうかと考えた。実の生る低木などをたくさん植えて、伐採や刈り込み等の手入れにはあまり手間が掛からず、自然と調和させられるようなら理想である。しかし、植物は成長するし、伸ばしっ放しなどでは庭ではなくジャングルになる心配の方が大きい。害虫も問題となろう。これからも毛虫やいろんなものが木の葉を食べたり痛めたりすることだろう。現実はなかなか思うようには行かないかもしれない。

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母の日の午後は近所のホームセンターのグリーンコーナーに夫婦で出かけた。物凄い混雑、混み様であった。

いろいろと観察してきたが、イングリッシュガーデン傍の売店でハーブ4鉢を購入した。庭の芝生のヤマボウシの根元とハーブエリアに植えた。

以上がかみさんにたいするささやかな母の日のプレゼントになった。

かみさんには誕生日プレゼントで奮発しようと思っている。

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ズッキーニの苗を売っていた。ただ少し萎れていたので、今度元気のよい苗が入荷したときに買ってこようと思う。

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昔裏の庭にあったクレマチス(テッセン)がここ何年か見ていない。絶えたのであろうか?グリーンセンターでは様々なクレマチスを売っていた。

家の東側に、夏の朝日や日除けのためにゴーヤを植えて蔓を伸ばそうと考えている。母に尋ねたら苗はまだこれからだということだった。グリーンセンターにもまだ売っていなかった。テラスの幅が広いので、家の外壁部に届かせるのは容易ではないかも知れない。かといってプランター植えでは水を遣り忘れて枯らすリスクが高過ぎる。夏のリビングルームの暑さはたまらないので何とか検討したい。

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子どもの国民年金やら、自動車の重量税やら、結婚祝い、入院お見舞い、定期異動等の歓送迎会等々、なにやらとこの月はまとまった出費があって、通常月より金回りに苦労している。国民定額給付金は18日頃の支給になるだろうか。某会社の株式配当は無配が決定している。

さて、会社の給料も定期昇給、賞与共に厳しい見通しである。世の中再びデフレの危機が言われているが、このままだとデフレスパイラルに陥るのではないか。

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元先輩や元後輩が最近相次いで韓国系化学企業に就職したと聞いた。一人は常務、一人は部長でかなり高額な年収での契約のようである。「仕事のプレッシャーが大変じゃないか、俺は遠慮する。」という者もいる。しかし、その前に居た人もその後に続こうとする人も複数人居るようである。「2年間は競業避止契約義務がある。」と言う者もいる。「遠くない時期に壮行会を開催することもあるかもしれない。」などの噂や連絡も流れてきている。みなそれぞれに頑張って欲しいが、シニア技術者のいわゆる草刈り場状態となっている現状に、現在の日本企業の人事管理上の問題点も垣間見える気がする。ノウハウや技術知識の優位性を維持管理することは極めて難しい時代になったと思うのである。

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同日開催_娘と父それぞれの同期会

5/9は娘と私の二つの同期会が開催された。

娘は同期入社の6人と庭でBBQパーティー。午前11時に我が家へ集合して、会場設営班と買出し班とに分かれて準備開始。午後9時過ぎに散会となった模様。

家内は仕事で留守。夕方帰宅して最後まで残っていた娘を含む3人に夕食を出したりして歓談したらしい。

僕はお休みだったので日中自宅に居たのであるが、家内から「お父さんはあまり目立たないように。」と厳命を受けていた。

習慣となっているTV番組も観ないで、早朝から鉢植えの植物への水遣り、BBQセットやテーブル・イスや木炭等の準備、洗濯物を早々に取り込み、家の中の特に冷蔵庫の中の片付けをやった。

冷蔵庫の片付けが終盤となった頃早くも娘の友人の一人が到着。続いて時間通りに全員が集合してきた。全員半そで姿であった。(この日前橋市は天気予報どおり気温が上昇し32℃を記録したのであった。)

娘が「挨拶したら?」と言って来たが、作業着姿だったので着替えたりして身支度を整えていたら、買出し班が出かけて行った。庭