70歳以上の地区在住者を対象とした敬老会が昨日開催された。全部で105名おられる内、51名が出席された。
区長挨拶によれば、敬老会の対象者を70歳以上としているのは市内では3地区くらいの少数派で、ほとんどは75歳以上とされているとのこと。うちの地区は市町村合併の以前からの慣行を尊重して70歳以上で行っており、この慣行は是非続けたいとのことだった。
隣組長として会場設営と敬老会の進行のお手伝いと後片付けのために参加した。区長、区会計及び3地区の隣組長が午前9時に本年度会場の原会館(昨年度は新屋敷会館)に集合して、11:00開始時刻までに、テーブル配置、看板取り付け、仕出し料理受け取り配膳、茶菓やビール等飲み物、カラオケ機器等々の準備と設営を行った。
敬老会はその開始前にまず交通安全講話があり、元県警の交通課OBの方より、現在の高齢者(この場合は65歳以上)の交通事故の増加傾向とその対策について説明があった。聴衆席からはたとえば群馬県では一日に21件の交通事故が発生しています等の説明に対し、逐一驚きの声が上がるリアクションがあり、お年寄りは皆素直で良い人柄だなと思った。夜間の車の前照灯で光が反射するたすきが全員に配られた。「引き出しに大事にしまっておくのではなく、ちゃんと肩からかけて使って下さい。」との講師のお願いに、ほとんどの人が笑っていた。(~_~;)
敬老会の式次第は、F地会計の開会宣言、K原区長挨拶(市長メッセージ代読)、来賓挨拶(I川さん)、乾杯(O塚女史:民生委員)、マジックショー(K原区長熱演)、カラオケ、ビンゴゲーム、〆、閉会であった。
各席には式次第を書いた書類、紙コップ、U徳会館の仕出し料理(刺身の厚切りで有名、カジキマグロの煮付けなどはそれだけで満腹になるとは家内コメント)と寿司(巻き寿司といなり寿司)、みかんが置かれ、テーブルごとに漬物とお菓子やおつまみとジュール類にビールが置かれていた。乾杯後は焼酎のボトルも廻っていた。日本酒も準備したが、こちらはあまり飲む人が居なかったようだった。
区長が手品を披露する直前になって、僕を手招きするので何事かと思って行くと、りっぱな一眼レフデジカメを取り出して「適当に撮ってくれ。」と頼まれた。それからはカメラマンをやったのだが、マジック演者のスナップを撮らない訳にはいかないのでアングルと画面サイズを考慮して数枚撮影した。もう少しにこっと笑顔を見せてくれたら良かったのだが、やや硬い表情のスナップになったかもしれない。引き裂いた新聞紙が元通りになるマジックなど、なかなかの手際だった。
区長のマジックが聴衆の目を惹きつけている間に出席者のほぼ全員のスナップを撮った。撮影中お婆さんたちから沢山声が掛かって来た。「あんた何処の人ね?見たこと無いけど。」というのがほとんどで、それからしばし亡くなった父の名前を出したりして自己紹介とか逆質問とかをした。その後はもうすっかり地区内の仲間の一員に加えていただいた。
カラオケが始まる頃には大分お酒も廻ってきて、テーブルでコップをひっくり返すなどの騒ぎも起こり始めて、裏方が雑巾を持って飛んで行くなど騒然となってきた。最初は遠慮がちだったカラオケの方も、選曲を巡って「それは自分が歌うんだ。」とかクレームをつける爺さんが出てきたりした。かみさんの同級生のM田君の父上は相当のカラオケ者らしく、ワンコーラスごとに会場の仲間に評価を尋ねていた。M田君とは全然タイプが違うとのかみさんコメントだった。
ビンゴゲームも始めはチョロチョロだったが、ビンゴが出始めると、景品引き換えのテーブルで選択にあれこれ迷う人(これは女性に多かった)が増えて、一時待ち状態が発生し始めた。僕は黒板に出た数字を書き付けていく役だったが、全員が数字を追ってきているか不安だった。中にはビンゴのルールそのものを理解していない輩も居て、数字が出るたびに当ったと手を上げる爺さんもあった。上に上げた手のビンゴカードを見ると一つも穴を押し開けていなかった。しかしもう誰もまめに面倒を見ることはなかった。一方、時間も押してきたので、「ビンゴは終了して全員景品を貰ってください。」というのに、最後までビンゴにならずのこっていた2人ばかりで、どうしても数字を聞いてビンゴになりたいとダダをこねる輩(これは爺さんたち)も居た。この頃時刻は午後2時近くになっていた。
この後の後片付けと午後の予定を考えるとこちらもそろそろお開きにならないかなーなどと思案していた。会計のF地さんがやや強引に〆の挨拶をされた。すると出席者のみなさん方は比較的素直に残った料理や弁当を持帰り用のビニール袋に入れ始めた。そして身近なところで挨拶を交し合いながら、出口から出て行かれた。結構粛々としたものだった。
残った隣組長等役員は、それから燃えるゴミと飲み残しの飲み物を回収し、処分した。僕は脚立を使って正面に掲げた敬老会の看板を外し、元あった賞状等の額を戻して取り付け、最後はカラオケセットの配線を抜き、トラックに積み込んだ。
さて、一通り片付いたところで、全員で忘れ物がないかのチェックを行ったが、なんと出席者用の仕出し料理と弁当が2個置き忘れられていた。
隣組長は自分の受持ち地区のお年寄り対象者全員に予め敬老会参加・不参加の希望を聞いて報告しており、それに基づき今日の準備がなされた。欠席者には市の金券(500円)を渡すことになっている。一方出席者には料理と弁当を持ち帰ってもらうこととなっていた。
ところが、もう一つ参加予定であったが当日になり欠席された方というのがあって、こちらには隣組長が料理と弁当を届けることになっていた。
そこで、隣組長は再度自分の受け持ちの地区の対象者への届け物に間違いが無いかを確認した。しかし、全員勘定が合うということになった。
結局、2個の内、1個はある出席者の忘れ物と判明、担当の隣組長さんが持っていくこととなった。残りの1個は当初からの予定通りで、役員であり且つ敬老会対象者の重複分であることが判明した。
こうして敬老会の大イベントは幕を閉じた。その後欠席したうちの母を含む受け持ち地区内該当者全7名に市の金券を配付して廻った。
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地区内の敬老会対象者が全員出席となると、最早3地区のどの公民館でも収容しきれない。一つの公民館の収容可能人員は約80名だからだ。そういった意味では欠席者の方々にも感謝しなくてならないところもある。これからは高齢者が増える傾向にあるが、出席者が多いときは会場をどうするかとか今後の課題だねなどと隣組長らと話し合ったりした。3地区ごとにそれぞれで開催するか或いはこれまで同様合同で広い会場を手配するようになるだろう。
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この日の午後はそれから、来年1月から中国に単身赴任するという従弟(家内側)に家内同伴で餞別を持って行った。先月従弟夫婦が家へ異動の報告に来て自分が不在中の付き合いや伯母さんの世話のことなど宜しく頼むと挨拶して行ったのだった。生憎従弟(伯母の長男)は赴任旅行用のトランク等の買い物で外出していて不在であった。
一人留守番していたのは伯母で、一昨日家に来た時に母が分けてあげたキンセンカの苗を植えていた。伯母とは庭で暫く立ち話をした。もっとも伯母は疲れるので自分用の腰掛を使ったので座り話しであった。
珍しい小菊を沢山植えてあるというので見学させてもらった。霜がもう2回も降りたというので、霜枯れした部分も見受けられやや精細に欠けるものもあったが、珍しい菊花を見せてもらった。
伯母は、家の方では里芋を栽培していないというのを一昨日母から聞いていたので、今年は近所では何処でも里芋が上手くできなかったとのことだが、少し持って帰れと、やや育ちが不良で小振りのヤツガシラも一緒に分けてくれた。
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一昨日は伯母が叔父夫婦と町の温泉施設に行くというので、家の隣の叔父宅に来たついでに家にも立ち寄った。伯母の次男の従弟が、車椅子が必要な叔父の介護をするといって車の運転手も兼ねて同行していた。
叔父を車椅子から立たせて車に乗せるとき、僕が後ろから抱えて介添えした。従弟は叔父に比べると身長がやや低いので、叔父の足が十分に伸びず腰が浮かないようだったからだ。しかし、その後は従弟の世話で無事に入浴をして、大光院で開催されている菊花祭りも見学してきたと聞いた。僕には酒蒸し饅頭のお土産がお礼として届いた。
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