高校時代。中学の時にやった努力を再スタート。
しかし、このときはプラスα(アルファ)の努力をした。それは”影の努力”である。
表の努力とは、やって野球が上手になる努力。腹筋運動とかが例示される。
影の努力とは、それをいくらやったところで野球は上手にならない努力である。
例えば、トイレ掃除、ゴミ拾い、雑草取りなど。PL野球部は当時6:30AM起床であったが、桑田は毎朝6:00に起きて、10分程度だが影の努力を実行した。少し眠いのが辛かったが、平気で3年間続けた。
また、挨拶や返事を必ずすることを心掛けていた。
すると、野球でだんだん結果が変わってきた。ピッチングでは相変わらずいい当たりで痛打されるが、バックのファインプレーに救われたり、レフトポール際へのホームラン性の当たりが風に流されてファウルになる。バッティングでは詰まって外野フライかと思ってるとまたまた風が吹いて伸びてホームランになる。目に見えない不思議な力が背中を押してくれるようになった。そしてついに結果が出てくるようになり、再び前途洋洋の日々が訪れた...
(この当たり若干眉唾臭いと思ったが、「影の努力」はなかなかできるものではないし、その一貫した心掛けが精神的に何かの成長をもたらしたのだろうと思った。)
18歳。プロ野球入団。再度挫折を味わう。
当時の選手に、掛布、岡田、真弓、衣笠等が居た。プロの選手はパワーが違った。身体はそんなに大きくなくても凄い力を発揮する。
「自分はどうせこれ以上背は大きくならないし、150kmも出せない。」
といじけて、どんどん野球が下手になっていった。入団の初年度巨人は優勝できなかった。
ある人の勧めでアリゾナのキャンプに参加した。そのときもまだ「ふてくされて」いて、気持ちはプロ野球をやめてどんな仕事に就こうかなどと考えていた。
気持ちが大きく変わるきっかけとなったのはなんと、チーム内旅行で気分転換として出かけたグランドキャニオンツアーであった。その雄大な景色を見ていたら涙が止まらないくらい感動した。
「18歳の自分は情けない男だ。なんて小さい男なんだ。自分で壁を作っていた。3年間頑張ろう!できることは何でもやる!」
グランドキャニオンに誓った。
その後、トレーニング関係、栄養学、介護学、メンタルトレーニング、ブレイントレーニング等々に関する本を片っ端から購入して、いろいろ知識を得た。
得た知識をやってみる。やってみるとうまくいかない。それでまた本を読む。そして試してみる。この繰り返しだった。
そうしているうちに応援者が現れた。達磨さんである。
「失敗してもいいじゃないか。大切なのは起き上がることだ。」
ただ、起き上がるときにはエネルギーが必要だ。そのエネルギーとなるのは努力しかない。中学のときやった表の努力と高校のときの裏の努力だ。
ある日多摩川グラウンドでドーンという球が投げられた。(ドーンという説明しかなくて詳細は不明だが、多分相当速くて伸びるボールのことだと思われる)この球がその後23年間プロ生活を続けられた基礎になった。
このときは翌日の練習などでは早くキャッチボールしたくてたまらなかった。ウォーミングアップから初めてキャッチボール練習になるまでとても待ち遠しく感じた。
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しかしその後も挫折が幾度かあった。「女性スキャンダル」、「投げる不動産屋」と呼ばれることも。これは一番辛かったとの由。
さらに「借金王」。当時、多摩川グラウンドで練習してたとき、小学生が近寄ってきて財布から小銭を出して「貸してやる。桑田金ないんやろ?」と言われたことまであったそうな?
(私は事情を良く知らないが、家族絡みでバブルの頃土地とかに手を出したり、借金を負わされたりしたとか?)
しかし、その度、達磨さんで起き上がってきた。
プロの世界は実力主義だ。弱肉強食...結果が全てだ。
しかし僕は努力のプロセスが大切であると信じている。また努力することが楽しい。
努力すれば結果が出なくても悔いはない。だから努力が楽しい。
僕は、達磨さん精神で頑張ってきた。これからもその精神で生きていくつもり。みなさんもこの精神を是非覚えておいて欲しい。
(終わり)
以下は質疑応答から、印象に残ったもの抜粋して。
Q.凄いと思うバッターは?
A.右なら清原。高校のときの印象が強烈だったし、世界一のバッターだと思っている。
左バッターではイチロー。彼は自分でグローブを磨く、道具を大切にする。ボールをバットで捉えることや走攻守揃った技術の素晴らしさに加え、そのような野球に取り組む姿勢が素晴らしい。
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