事件当事者3名と目撃していた木こりの証言の一部追補。
【盗賊多襄丸】
侍夫婦の妻を奪おうとした。夫を殺す気はなかった。終に夫を殺さずその女を手に入れた。ところが、....
妻「あなたが死ぬか夫が死ぬか、二人の男のうちどちらか一人死んで!二人の男に恥を見せるのは死ぬより、死ぬより辛い。私は、私はその内のどちらにしろ、生き残った男に連れ添いたい。」
【妻】
多襄丸に手篭めにされた後、縛られたままの夫のところに行った。すると夫は怒りでも悲しみでもない、蔑む冷たい視線で私を見た。その冷たい視線に耐えられず、短剣で夫を刺して殺害した。その後何度も死のうと図ったが死に切れなかった。
妻「(前略)私を手篭めにした男は誇らしげに名乗った。縛られた夫はどんなに無念だったでしょう。...でもいくら身悶えしても身体中に...かかった波は(?)ひしひしと増えていくだけでした。私は思わず夫の傍へ駆け寄りました。いいえ、駆け寄ろうとしたのです。
私はその目を思い出すと、今でも身体中の血が凍ってしまうような気がします。夫の目の中に煌いていたのは、怒りではなく悲しみでもありません。ただ、ただ、私を蔑んだ冷たい光だったのです。」
『止めて!そんな目で私を見るのは止めて!あんまりです。私は打たれても、いいえ、殺されても構わない。でも、でも、そんな目で私を見るのはあんまりです。』
近くの地面に突き立っていた短剣を拾うと夫に「一思いに自分を殺してくれ。」と頼む。それでも夫は蔑むような冷たい目で見るだけであった。止めてくれと何度も叫ぶが...終に両手で短剣を胸の前に持ち構えると、夫の方に近づいて行った。が、途中で気を失ってしまった。暫くして気がつくとこと切れた夫の胸の上には自分の短剣が冷たく光っていた。
【夫】(巫女が降霊させて代わりに語った)
夫「男は妻をいろいろ慰めていた。妻は悄然と笹の葉の上に座って目を下にやっていた。」
多襄丸「一度でも肌身を許したとなれば夫との仲も折り合うまい。そんな夫と連れ添っていくより俺の妻になる気はないか?自分は愛しいと思えばこそこんな大胆なまねを働いた。」
夫「そう言われたとき、妻はうっとりと顔を持ち上げた。俺はまだ、俺は未だあの時ほど美しい妻を見たことが無い!」
夫「『何処へでも、何処へでも連れて行って下さい。』妻はそう言った。しかし、妻の罪はそれだけではない!」
妻「あの人(夫)を殺してください。あの人が生きていては私はあなたとは一緒に行かれません。あの人を殺してください。」
夫「あの言葉は嵐のように今でも真っ暗闇の中に私を突き落としたのだ。これほど呪われた言葉が一度でも人の口を出たことがあろうか?!」
多襄丸は妻を地面に倒し足で踏みつけて押えた。
多襄丸「おい!この女をどうするつもりだ?殺すかそれとも助けてやるか?」
夫「私はこの言葉だけで盗人の罪は許せる(?)と思った。
妻は隙を見つけて逃げ出し、多襄丸は追いかけて行ったが、見失って戻ってきた。そして私を縛っていた縄を切り解いた。
一人になった私は静かな山中で誰かの泣く声を聞いた。それは自分の泣く声だった。ふと目に止まった落ちていた妻の短剣を拾うと自分の胸を突いた。」
【木こり】
多襄丸「俺はますますお前が欲しくなるばかりだ。頼む、俺の妻になってくれ。もし嫌だと言うのなら、俺はお前を殺す。頼む、俺の妻になると言ってくれ。泣くな!泣かずに答えてくれ。泣くな!言わぬか!」
妻「無理です。私には言えません。女の私に何が言えましょう?」
女は落としていた短剣を拾うと夫のところに行き、縛っていた縄を切った。
多襄丸「分かった。それを定めるのは男の役目だと言うのだな。」
夫「待て待て。俺はこんな女のために命を賭けるのは御免だ。」
妻、驚いて夫を見る。
夫「二人の男に恥を見せて、何故自害しようとせぬ!○○○○○(?)女だ。こんな売女は惜しくない。くれというならくれてやる。今となってはこんな女よりあのあし毛の馬の方が惜しい。」
妻は驚いて今度は多襄丸を見る。
多襄丸も困惑して女を見る。が、やがてそこを立ち去ろうとする。
女は多襄丸を追うが、「来るな!」と言われる。
夫「泣くな!いくらしおらしげになってももう主人と云う者はおらぬ。」
多襄丸「よせ。未練がましく女をいじめるな。女というものは所詮このように頼りないものなのだ。」
女が泣くのを止めて、突然笑い出す。
妻「頼りないのはお前達だ!夫だったら何故この男を殺さない?私に死ねという前に何故この男を殺さないのだ?この男を殺した上で私に死ねと言ってこそ男じゃないか!」
妻(多襄丸に)「お前も男じゃない!多襄丸と聞いたとき私は思わず泣くのを止めた。このじくじくしたお芝居にうんざりしていたからだ。多襄丸ならこの私を助け出してくれるかもしれない。このどうにもならない立場から私を助け出してくれるならどんな無茶な、無法なことだって構わない。そう思ったんだ。」
(プッ!と多襄丸の顔に唾を吐きかける。)
妻「ところがお前も私の夫と同じに”こいこのさき(?)“だった。」
妻「覚えておくがいい。女は何もかも忘れて気ちがい見たいになれるお宝物(?)なんだ!女は腰の差し○○(?)だけで○○(?)なんだ!」
それを聞いて男二人は剣を抜いて向かい合い、にらみ合い、果し合いを始めた。最終的に多襄丸が勝利した。
しかし、女は多襄丸の手を振り払い逃げ去った。多襄丸はその後を追いかけようとしたが、疲労と足の負傷で転び、その場に座り込んだ。やがて夫の太刀を拾い、足を引きずりながらその場から去って行った。
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