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2009年10月

塩釜神社

塩釜神社
陸奥国一ノ宮

http://www.shiogamajinja.jp/

第一駐車場から歩いていくとこの階段の頂上につながる。よって、この階段の下からの写真は撮れない。僕と同行した団体メンバーは誰一人この撮影場所までは来なかった。

訪れた日、お参りをして門を出て階段を下りたら、この長い階段の頂上に出た。するとそこで父親が子ども二人に階段を上り下りさせているのが目に止まった。

僕「何段あるんですか?」

父親「202段です。」

僕「いい練習場所ですね。」

父親「そうなんですよ。」

この後、何も無ければ僕はニコニコ顔で子供達を見やるだけで階段の下まで下りることはなかった。

そこに中年のおばん3人組が現れたのである。その内の一人の背が高く最も美人と思われた婦人が、

「この階段は海のお祭りのときに神輿を担いで上り下りするっていうので有名な階段だわ!」

と自信たっぷりに連れの女性達に説明したのである。

これを小耳に挟んでしまったために、どうしても一番下まで行って見たくなった。その先は海に近いのか?とかいろいろ気になりだしたのである。

***************

段数は上りながら数えてみたが202段にはならなかった。

この階段の構造は、上下2つに分かれており、ほぼ上半分は一段に石1枚ずつの階段なのだが、下の部分は一段に石が2枚ずつ敷かれて広くなっている。そこらにカウントの仕方に独特のルールがあるのかもしれないなどと思った。そう何度も上り下りする体力も時間も無かったので、一発勝負で数えたのだが、勘定が合わなくてふらふらしながらちょっとイラッとした。ほんに体力作りによさそうだ。

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MJチケット Refund

「マイケル・ジャクソン THIS IS IT」が昨日から公開された。

家内と娘とで気を利かせて11/1上映のチケットを入手してくれていたが、その日は指定の映画館に行けないため、払い戻し返却をしてもらった。

残念だが、上映期間延長やDVD化の話がある。いつか観る機会が作れるだろう。

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インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア(1994)

★★★☆☆

特殊メイクの効果かもしれないが、白人による吸血鬼はおどろおどろしく、まさにリアルそのものと感じる。

白い額に浮き立つ青い静脈の筋、額の下に冷たく光る瞳、異様に紅いと感じる唇、鋭い犬歯を隠して膨らみ加減に閉じられている上唇。

太陽の光を嫌い、闇の世界に生きる吸血鬼に共通する典型的イメージだが、リアルすぎる。

口を開けばその内側は真っ赤。上あごの左右にむき出した白い牙を認めたらもういけない。全身は凍りつき身動きできない。

しかし、バンパイヤは野獣のように襲い掛かるようなはしたないハンティングはやらない。上品に高貴に近づいて来ては、巧みに誘い、自然にそっと首筋に口をつけるのだ。

そして生き血をすすられた人間は死を迎える。しかし、そこで、血を吸ったバンパイヤの血を飲まされると、人間の肉体の死の後、ほぼ不老不死の肉体を持つバンパイヤとなって蘇る。

ところが、魂は完全に入れ替わらない。この世の悪として、人の生き血を求めて殺人を繰り返すハンターとなるか、善として人の心を持ったまま後悔と苦悶の中に獣の血で飢えを凌いで生きるか、二つに一つだ。

善と悪の闘いというテーマを通じて本作品をみると、最早バンパイヤは特殊な存在ではなくなってくる。この世の一つの存在でしかない。人間にとっては天敵のような忌み嫌われる存在であるが、大量殺人をする訳ではない。美少年や資産家を一部を狩りするだけだ。

一方でこの世における人間の存在はどうだ?人間以外の生物にとって、人の存在とは悪ではないのか?

結局バンパイヤとは人間の現実の姿を映す鏡のような存在に過ぎないのではないか。そしてそれは人間の内部に存在し、人間が造りだしたものではないのか?

バンパイヤは神の存在を知らず、また信じていない。

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闇の才能
時代精神から脱落すること
ガラス張りの明確な知識

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トム・クルーズ  (Lestat)、 ブラッド・ピット  (Louis)、 アントニオ・バンデラス  (Armand) の演技に魅了される。キルスティン・ダンスト  (Claudia)が子役ながらすごく存在感がある。

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胃レントゲン検診

今日は定期健康診断の日だった。

このところ酒量を極端に減らしてきた。「飲まなくても平気じゃん?」と錯覚することすらある。ただ、直近では先週金曜日の夜に冷酒を2合ばかり飲んだ。

運動も2週間前から付け焼刃式にやってきた。ジョギングが中心で、先週末は急な自然歩道を上り下りした登山が結構効果的だったのではと思っている。

そして、週末から検便サンプル採取をし、昨夜9時以降は飲食をしていない。厳密には午後8時以降においては、午後11時30分ころまでミネラルウォーターをちびちび飲んでいた。

今朝は「胃レントゲン検診ご通知」の記載内容に従って、レントゲン検査の1時間少し前に「ロートエキス」という粉薬を唾液だけで飲み、出社した。

そのとき気になったのが、「硫酸バリウム製剤投与後の副作用」という記述だった。これまでにこれほど丁寧に書かれたものは読んだことが無かったからだ。昨年の記憶が無いが、少なくとも一昨年には無かったと思う。してみると、ここ1~2年の間に、何らかのバリウムによる医療事故があって行政指導か何かがあったということだろうか?気になったので書き止めて置くことにした。

「胃レントゲン検診ご通知」に赤字書きにて曰く、

*硫酸バリウム製剤(以下、バリウム)投与後の重篤な副作用として、ショックなどの重篤な過敏症(アレルギー症状)が発現することがありますので、下記のような症状が発現したらすぐに医療関係者に連絡して適切な処置を受けて下さい。

症状 じんましん、気分が悪い、顔色が青白くなる、手足が冷たくなる、喉がつまる、息苦しい、息がしにくい など(実際は、黒の太い実線で四角く囲ってある。)

*バリウム投与後の重篤な副作用として、消化管内にバリウムが停留することにより、まれに消化管に穴が開いたり、バリウムが詰まることによる、バリウム腹膜炎などの重篤な症状を引き起こすことが報告されています。また、高齢者の場合、より重篤な症状を引き起こすことがあります。検査後にできるだけ早くバリウムを排泄させてください。

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検査終了後、レントゲン車の準備室の人が下剤を余分にくれた。これまでは2錠だったが、どうぞどうぞと4錠くれた。サービスの良過ぎはちょっと心配になった。

定期健診の予定が全て終了したところでミルクティーの冷たいのと一緒に2錠だけ飲んだ。かっては1錠でもいいと言われた覚えがあるので、4錠も飲むと仕事に差支えが出ると思ったからだ。

2錠で十分効いた。正午前には腹が痛く感じ、トイレに行った。少しスッキリした。当然ながら生理的にばかりではない。副作用リスクからも少し遠ざかれたという安堵感が伴った。

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XP不具合

週末パソコンにWindouws起動画面が現れない不具合が発生した。

電源を入れると耳障りなウィーンというような音が出るばかりで、ディスプレイはずーっと真っ暗なままという現象だ。

早速富士通のサポートセンターに電話したら、このところWindowsXPの起動に関しての問合せが急増しているとの情報が流れてきた。

自動電話の説明指示に従って、FAX資料を請求して、それを見ながら何とか当面の作業を終えることはできた。しかし、不具合がウィルス感染によるものであれば、再度時間を掛けてCドライブの調整をきちんとしないといけないようだ。

Windouws7の発売開始直前辺りから、XPに関するトラブル問合せが急増なんて、何か意図的なものを思うのは、下衆の何とかという奴だろうか?

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この日は隣組の回覧板を回す予定だった。公民館近くの庚申塚の今年度の清掃奉仕活動の当番のお知らせを作って回覧に加える予定であったが、PCが使えないという予期せぬ事態にぶつかったのだ。

娘のPCは家にないと言うので、仕方なくPCの印刷用紙にボールペンで手書きでお知らせを書いた。出来上がりはワープロ使用の場合とは比べるべくもなく粗末なものだった。手書きが回覧先の人々の注意を引いてくれることを期待するだけの、やや恥ずかしい書類であった。

なお、町の図書館に行けばインターネットが使えるPCを使わせてくれると小6の姪っ子が教えてくれた。

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荒船山登山

荒船山登山
荒船山登山
荒船山登山
荒船山登山
荒船山登山
荒船山登山
荒船山登山
荒船山登山
荒船山登山
荒船山登山

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荒船山

荒船山
荒船山
今日のとも岩
白い菊が供えられてた。
足がすくむ思いがした。
昼過ぎから薄い霞がかかって来たが、崖下には素晴らしい紅葉が広がっていた。。

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バベル(BABEL)(2006)

★★★★★

「我が子供たち マリア=エラディアとエリセオに 最も暗い夜の最も輝ける光」

モロッコ、アメリカ、メキシコ、日本での4つの出来事が同時並行的に展開していく。ほとんどドキュメンタリータッチで、ぐいぐいと展開に引き込まれていく。俳優の著名性などさほど重要ではない。

この4つの事件を繋ぐのが一丁のライフルである。しかし、このライフルの存在理由そのものには意味はないと考えるべきだろう。「この物語は1発の銃弾から始まった。」というキャッチコピーのせいで、このライフルの存在に必要以上に拘ると本作品の本質を見逃すように思う。

「バベル」のテーマは人と人とのコミュニケーションの問題を取り上げているからだ。

モロッコを旅する三番目の子を失い関係に溝ができたアメリカ人の夫婦(ブラッド・ピット(リチャード)、ケイト・ブランシェット (スーザン) )。それにモロッコの村人達。

その海外旅行中の夫婦の家に残された二人の子どもの世話をしてきたメキシコ人の女性(ガエル・ガルシア・ベルナル (サンチャゴ))とメキシコに住む彼女の家族。

日本の、妻を自殺で失った男(役所広司 (ヤスジロー) )とその聾唖の高校生の娘(菊地凛子 (チエコ))。

いずれの出来事も、それぞれの当事者の間のコミュニケーションにおける、ちょっとした投げやりさ、いいかげんさ、妥協、あきらめ、そして気持ちのずれから次第次第に大きな事件へと発展していく。

「バベルの塔」の言い伝えで、傲慢な人類は神の怒りに触れて共通の言語を持てなくなったというが、本当のコミュニケーションとは言語の問題ではないのだ。

人と人とが触れ合いあるいはお互いを理解することに関し、言葉が重要なのでない。現実の行動とそれによる結果の方がより重要であり決定的なのだ。

言葉を持つ人間にとってそれはなんと悲しい現実であろう!人はたとえ夫婦や肉親であれ、相手の気持ちを自らの身に起こるある出来事の発生とそれが重大なものに発展していく過程によってしか気づくことが出来ないのだ。

**************

人は本来孤独であり、また自分勝手な生き物だろう。一方、人は一人では生きていけない。

言葉をもってしても、人と人とがお互いを分かり合えるときは永遠に訪れないのだろうか?

身近な人間同士ですらお互いを分かり合うことが困難であるとすれば、神の怒りを克服して世界中の人々が分かり合えるためには永遠に努力し続けなくてはならないだろう。

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ツォツィ

★★★☆☆

05年度のアカデミー賞外国語映画賞を受賞したというので観た。ツォツィとは不良の意味。主人公の本名は「デビッド」だ。

物語の舞台になるのは、南アフリカ・ヨハネスブルグの旧黒人居住区ソウェトにあるスラムとのこと。ツォツィの育ってきた過去と現在が軸となり、最後は彼の未来を想像させながら終わる。

生き抜くためには暴力こそが真実であると思い込んでいたツォツィが、意図せずに誘拐してしまった無力な赤ん坊と触れ合ううちに、暴力とは違う真実に気づいていく。

生まれてこの方一度も救われることなど無かったツォツィの心が今人として目覚めた、ところで物語は終わる。

******************

ツォツィは病床にある母の愛に飢えながらも、暴力的で愛を感じない父のために家を出た過去がある。今は、本当の自分の名前を隠して“ツォツィ(不良)”と名乗り、3人ほどの仲間と徒党を組んで暮らしている。強盗、殺人、窃盗を平気でやる。ツォツィは銃を持っている。とんでもない悪党たちだ。

しかし、ツォツィはある日車を盗んだとき、その後部座席に赤ん坊が居たことから、それを契機にして、心に少しずつ変化が起こってくる。どうしようもない悪(ワル)が、ただ泣くだけで頼りない赤ん坊を育て始めて、汚れたオムツの取替えや、缶詰のスキムミルクのようなものを食事として与えたりする。そして、そのような世話をやきながらふと自分が両親と居た子どものころを思い出す。

ある日、赤ん坊に乳を飲ませるために乳飲み子を抱えた女の後をつけて家に押しかける。彼女は自分の子を守りながらツォツィの赤ん坊に授乳する。優しくときに微笑みながら授乳したり、赤ん坊の身体を拭いて世話する彼女の様子にツォツィは何か和やかな表情となる。

****************

赤ん坊が拉致されたことをニュースで知った彼女はツォツィに赤ん坊を親の元に返すと言う。ツォツィは自分で返してくるから、またこの家に入れてくれるかと訊ねる。彼女はかすかに目配せして応える。

ツォツィは子どもの両親の家の門の前に行き、赤ん坊を返しに来たとインターホンで伝える。そのとき、家の中には警官がおり、さらに情報を聞きつけたパトカーも集まってきた。ツォツィには警官たちの複数の銃口が向けられた。

ツォツィは赤ん坊を父親の手に返した。警官はツォツィに両手を頭の上に上げろと命じる。一方、父親は赤ん坊を母親に抱かせた。そのとき、赤ん坊が泣き声を上げた。

ツォツィはその様子を両手を上げたまま見ている。終幕。

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幻のエンディング 3パターン

赤ん坊を本来の両親に返したところで、赤ん坊が泣くのを見て思わずズボンのポケットから哺乳瓶を出す。ところが、銃を取り出すと勘違いした

(1)警官に撃たれて死ぬ。

(2)警官に撃たれるが、傷(右肩付近)を負ったまま逃げる。

(3)両手を頭の上に上げたところでおしまい。-本編で最終的に採用された。

(1)、(2)は不採用となった。ツォツィに未来が無いからである。一方、(3)はツォツィが死刑にならないとしたらの未来を観客に想像させる。これがベストと判断されたようだ。

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全く関係ないかもしれないが、アリスの「狂った果実」の歌詞をふと思い出したので紹介してみたい。ツォツィが生きるアフリカの現実に比べれば日本の現代の一時期はそれほど厳しくは無いだろうが、その時代に冷たさを感じるというところでは共通するものがあるのかなと思う。アリスは沈黙して現実に耐えることが自分にとっての真実であり、そしてツォツィは生き抜くためには暴力こそが真実だと思い込んでいたと...

「狂った果実」  作詞:谷村新司

ひとしきり肩濡らした冬の雨
泥をはねて行きすぎる車
追いかけて喧嘩でもしてみたら
少しぐらい心もまぎれる
狂った果実には 青空は似合わない
家を出たあの時の母のふるえる声は
今でも耳に響いてる 低く高く

ポケットで折れていたハイライト
おかしくて吸う気にもなれず
かじりかけの林檎をただ思い切り
投げつける都会の闇に
許してくれなんて 言えない今の俺には
ナイフすてたこの手で 回すダイヤルの音
せめてもう一度 刻みたい声がある

生まれてきたことを 悔やんでないけれど
幸せに暮らすには 時代は冷たすぎた
中途半端でなけりゃ 生きられない
それが今

狂った果実にも 見る夢はあるけれど
どうせ絵空事なら いっそ黙ってしまおう
せめてこの胸が裂けるまで
Silence is truth!

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プレステージ(2006)

★★★☆☆

バットマンビギンズとXmenの主役達によるマジック対決。時は20世紀初頭。「消える鳥」、「水中大脱出」、「弾丸つかみ取り」などのマジックが観客の評判を呼ぶが、最も人気を博する「人間瞬間移動」のトリックを二人のマジシャンが競い合う。

しかし、それは単なるマジックの種明かしだけの映画ではない。何かに取り付かれた人間の生き様を通して人とはどういう生き物であるかを問いかける。

見ごたえ十分。★4つでも良いところだが、少し凝り過ぎた哲学的筋立てが難解過ぎるのと科学技術の理解に難があるのと見終わってハッピーな気持ちになれないので、エンターテインメントとして辛く評価。

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イントロダクション

カッター(マイケル・ケイン)がジェスにマジックを見せている。マジックは3つのパートで成り立っている。

最初のパートは「確認(プレッジ)」。何でもない物を見せる。タネも仕掛けもないと。

二番目は「展開(ターン)」。その何でもない物で、驚くことをしてみせる。

そして、三番目が「偉業(プレステージ)」。

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カッター「君が何をしたか考えろ。溺れかけた船乗りの話を覚えているか?」

ロバート・アンジャー(ヒュー・ジャックマン)「家に戻ったようだったと。」

カッター「あれは嘘だ。死ぬ苦しみだったと。」

****************

アンジャー「誰も消える者など気にしない。」

(死刑になったはずのボーデンが目の前に現れたのを認めて)「兄弟...双子か、ずっと...」

アルフレッド・ボーデン(クリスチャン・ベール)「ノー。二人ともファロンでボーデンだ。」

アンジャー「君は消える方か、現れる方か?」

ボーデン「どちらもだ。互いに入れ替わっていた。」

アンジャー「カッターは知っていた。でも俺は単純すぎると。」

ボーデン「いや難しかった。二人で一つの人生を生きるなんて。」

アンジャー「オリヴィア(スカーレット・ヨハンソン)と君の女房(サラ(レベッカ・ホール))は?」

ボーデン「お互いに決まっていた。僕はサラ、彼はオリヴィア。僕らは半分の人生でよかった。満足だった。だが、彼女達は違った。完璧なトリックには犠牲も必要だ。君には分かるまい。」

アンジャー「私は犠牲を払った。」<かって水中脱出マジックの事故で妻が溺死した。そのとき妻の両手を縛るロープを結んだのがボーデンだった。>

ボーデン「人の仕事を盗むのは簡単だ。」

アンジャー「全てを費やした。勇気が要った。毎晩迷いながらマシン(ニコラ・テスラ<当時エジソンとライバル関係にあった電気科学者>が発明した人間瞬間移動の機械のこと)に立つ。自分は落ちて死ぬ方なのか、現れる方なのか。その恐ろしさが分かるか?君には分かるまい。」

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アンジャー「見ろ!」

ボーデン「知るか。地球の裏まで行って、君は大金を使った。そして愚かに、恐ろしいことをした。ただ無駄に。」

アンジャー「君は我々のしたことが分かっていない。観客は真実を知っている。世界は単純で、みじめで、全て決まり切っている。だから彼らを騙せたら、たとえ一瞬でも、驚かすことができれば...そのとき...君も素晴らしいものを見る。知ってるだろ?観客のあの表情。」

******************

ボーデンは秘密が自分の人生だった。

ボーデン「タネを探しても観客には分からない。観客は何も見ていない。何も知りたくない。騙されていたいのだ。」

***********************

ラストシーン

カッター(マイケル・ケイン)がジェスにマジックを見せている。マジックは3つのパートで成り立っている。

最初のパートは「確認(プレッジ)」。何でもない物を見せる。タネも仕掛けもないと。

二番目は「展開(ターン)」。その何でもない物で、驚くことをしてみせる。だが、拍手はまだだ。消えるだけでは十分じゃない。それが戻らねば....

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羅生門_黒澤明監督作品(続き)

事件当事者3名と目撃していた木こりの証言の一部追補。

【盗賊多襄丸】

侍夫婦の妻を奪おうとした。夫を殺す気はなかった。終に夫を殺さずその女を手に入れた。ところが、....

妻「あなたが死ぬか夫が死ぬか、二人の男のうちどちらか一人死んで!二人の男に恥を見せるのは死ぬより、死ぬより辛い。私は、私はその内のどちらにしろ、生き残った男に連れ添いたい。」

【妻】

多襄丸に手篭めにされた後、縛られたままの夫のところに行った。すると夫は怒りでも悲しみでもない、蔑む冷たい視線で私を見た。その冷たい視線に耐えられず、短剣で夫を刺して殺害した。その後何度も死のうと図ったが死に切れなかった。

妻「(前略)私を手篭めにした男は誇らしげに名乗った。縛られた夫はどんなに無念だったでしょう。...でもいくら身悶えしても身体中に...かかった波は(?)ひしひしと増えていくだけでした。私は思わず夫の傍へ駆け寄りました。いいえ、駆け寄ろうとしたのです。

私はその目を思い出すと、今でも身体中の血が凍ってしまうような気がします。夫の目の中に煌いていたのは、怒りではなく悲しみでもありません。ただ、ただ、私を蔑んだ冷たい光だったのです。」

『止めて!そんな目で私を見るのは止めて!あんまりです。私は打たれても、いいえ、殺されても構わない。でも、でも、そんな目で私を見るのはあんまりです。』

近くの地面に突き立っていた短剣を拾うと夫に「一思いに自分を殺してくれ。」と頼む。それでも夫は蔑むような冷たい目で見るだけであった。止めてくれと何度も叫ぶが...終に両手で短剣を胸の前に持ち構えると、夫の方に近づいて行った。が、途中で気を失ってしまった。暫くして気がつくとこと切れた夫の胸の上には自分の短剣が冷たく光っていた。

【夫】(巫女が降霊させて代わりに語った)

夫「男は妻をいろいろ慰めていた。妻は悄然と笹の葉の上に座って目を下にやっていた。」

多襄丸「一度でも肌身を許したとなれば夫との仲も折り合うまい。そんな夫と連れ添っていくより俺の妻になる気はないか?自分は愛しいと思えばこそこんな大胆なまねを働いた。」

夫「そう言われたとき、妻はうっとりと顔を持ち上げた。俺はまだ、俺は未だあの時ほど美しい妻を見たことが無い!」

夫「『何処へでも、何処へでも連れて行って下さい。』妻はそう言った。しかし、妻の罪はそれだけではない!」

妻「あの人(夫)を殺してください。あの人が生きていては私はあなたとは一緒に行かれません。あの人を殺してください。」

夫「あの言葉は嵐のように今でも真っ暗闇の中に私を突き落としたのだ。これほど呪われた言葉が一度でも人の口を出たことがあろうか?!」

多襄丸は妻を地面に倒し足で踏みつけて押えた。

多襄丸「おい!この女をどうするつもりだ?殺すかそれとも助けてやるか?」

夫「私はこの言葉だけで盗人の罪は許せる(?)と思った。

妻は隙を見つけて逃げ出し、多襄丸は追いかけて行ったが、見失って戻ってきた。そして私を縛っていた縄を切り解いた。

一人になった私は静かな山中で誰かの泣く声を聞いた。それは自分の泣く声だった。ふと目に止まった落ちていた妻の短剣を拾うと自分の胸を突いた。」

【木こり】

多襄丸「俺はますますお前が欲しくなるばかりだ。頼む、俺の妻になってくれ。もし嫌だと言うのなら、俺はお前を殺す。頼む、俺の妻になると言ってくれ。泣くな!泣かずに答えてくれ。泣くな!言わぬか!」

妻「無理です。私には言えません。女の私に何が言えましょう?」

女は落としていた短剣を拾うと夫のところに行き、縛っていた縄を切った。

多襄丸「分かった。それを定めるのは男の役目だと言うのだな。」

夫「待て待て。俺はこんな女のために命を賭けるのは御免だ。」

妻、驚いて夫を見る。

夫「二人の男に恥を見せて、何故自害しようとせぬ!○○○○○(?)女だ。こんな売女は惜しくない。くれというならくれてやる。今となってはこんな女よりあのあし毛の馬の方が惜しい。」

妻は驚いて今度は多襄丸を見る。

多襄丸も困惑して女を見る。が、やがてそこを立ち去ろうとする。

女は多襄丸を追うが、「来るな!」と言われる。

夫「泣くな!いくらしおらしげになってももう主人と云う者はおらぬ。」

多襄丸「よせ。未練がましく女をいじめるな。女というものは所詮このように頼りないものなのだ。」

女が泣くのを止めて、突然笑い出す。

妻「頼りないのはお前達だ!夫だったら何故この男を殺さない?私に死ねという前に何故この男を殺さないのだ?この男を殺した上で私に死ねと言ってこそ男じゃないか!」

妻(多襄丸に)「お前も男じゃない!多襄丸と聞いたとき私は思わず泣くのを止めた。このじくじくしたお芝居にうんざりしていたからだ。多襄丸ならこの私を助け出してくれるかもしれない。このどうにもならない立場から私を助け出してくれるならどんな無茶な、無法なことだって構わない。そう思ったんだ。」

(プッ!と多襄丸の顔に唾を吐きかける。)

妻「ところがお前も私の夫と同じに”こいこのさき(?)“だった。」

妻「覚えておくがいい。女は何もかも忘れて気ちがい見たいになれるお宝物(?)なんだ!女は腰の差し○○(?)だけで○○(?)なんだ!」

それを聞いて男二人は剣を抜いて向かい合い、にらみ合い、果し合いを始めた。最終的に多襄丸が勝利した。

しかし、女は多襄丸の手を振り払い逃げ去った。多襄丸はその後を追いかけようとしたが、疲労と足の負傷で転び、その場に座り込んだ。やがて夫の太刀を拾い、足を引きずりながらその場から去って行った。

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神社秋の例大祭

矢抜神社秋の例大祭に隣組長として参加した。

我々の地区は8人の隣組長が二人ずつ順番に神社行事に参加することになっている。他の地区は月当番の方が参加していた。

午前9時に神社境内に集合し、宮司(神主)さんの指示に従い、全員で挨拶をした後、水で手を清めて、宮司さんを先頭にして列になった。

神社総代さんたちや区長2名が前方に並び、その後に隣組が続いた。

鳥居の前で一揖してくぐり、本殿内へ入って左右に分かれて座った。本殿内は手前に15畳の畳の間があり、その奥にお宮が祭られていた。

神社総代代表が太鼓をたたいて神事が開始された。

供物はお酒に大根等の野菜であった。手前の方にはたくさんの蝋燭が点されていた。

宮司さんが神宮前に移動して詔を上げ、幣束の付いた榊の枝を持って畳の間に戻り、参加者全員の頭上を御祓いした。

次は、参加者が宮司さんから榊の小枝を貰って玉ぐしを捧げた。神社総代さんたちが最初、次に区長さんたちそして隣組の順番だった。

神社総代代表が太鼓をたたいて秋の大祭の神事は終了した。

神社総代がお神酒等を手にし、来たときと同じ順番に全員並んで鳥居をくぐって一揖して出た。

その後参加者全員での懇親会があり、午前10時ころ解散となった。

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別棟の会館に入って、懇親会が行われた。神社の境内の中にある。なお、その入り口の右手、本殿の左手にあたる場所には舞台がある。

総代代表I川(セイジ)さんの開会挨拶のあと、区長代表(K原さん)挨拶、宮司さん挨拶、そして総代会計(I上さん)の音頭でお神酒で乾杯した。

宮司さんによるとお神酒を飲んで神様のお力をいただくとのことだった。

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神社行事への参加は以前にも経験したことがあるが、いつも見よう見真似で従っている。

まず清掃活動をして食事会だろうと思っていたら、前日までに神社総代さんたちで掃除を終えられていたそうである。

今日は鳥居に幣束を付けた大きな注連縄と国旗を飾りつけ、本殿内に供物などの準備をされた。しかし、宮司さんから幣束の向きが違うと指摘があり、手直しなどがあった。

これまでにも寒い時期の行事で本殿内に座布団を敷いていたら宮司さんからNGが出て即刻取り払ったとか、境内に線香があったのが宮司さんの目にとまり片付けさせられた等のエピソードが語られていた。

最近は大きな注連縄を作れる人が居なくなったとかで、今度上尾市からY木さんの後に引っ越してこられた伊勢神宮とつながりを持っておられると紹介のあったK林さんに大いに期待するとのことだった。

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宮司さんの挨拶から

現在八つの社を管轄しているとのこと。住所は世良田で八坂神社の神主さんだ。家の建前のときに来ていただいたと思う。また裏の実家の氏神様を祭ったときはご長男がお祓いに来てくれた。

平成7年に宗教法人法の改正(オウム真理教事件が契機となった)があり、どんなに小さな神社も例外なく県知事に以下の報告が義務付けられるようになったそうだ。

(1)財産目録、(2)役員名簿、(3)昨年度収支報告

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これから隣組長として、お札と幣束を希望する家に集金に伺うことになる。これら神社に納める金は最終的には伊勢神宮に送られるとはある長老さんのお話だった。

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母によれば、昔はご飯を炊いて、秋刀魚が付き物でこれを焼いて食事会をやったそうだ。ガスとか無かったので薪で火を起こしてたいへんだったようだ。

現在は休日の午前中なのでその後用事もあると、皆さんほとんど酒を飲まず、ジュースとお茶で歓談するが、昔はお酒も飲んだようだ。懇親会場には今もカラオケセットがあった。

世良田祇園は凄い人手で賑わったというのは良く聞く話だ。

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矢抜神社秋例大祭

矢抜神社秋例大祭
矢抜神社秋例大祭
矢抜神社秋例大祭

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百合の種

百合の種

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ブラッド・ダイヤモンド(2006)

★★★★☆

TIA (This is Africa) ラストシーンでは思わず涙をこぼしてしまった。アーチャーは最後はソロモンのダイヤを横取りしなかった。ディカプリオの新たな魅力が見出された。

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教師「私は性善説を信じたいが現実を見ると違う。君はどう思う?ジャーナリスト(アーチャーが身分を偽っていたため)として多くの人間は善だと思う?」

アーチャー「いや、ただの人間だ。」

教師「そのとおり。善悪は行動で決まるんだ。悪人でさえ、一瞬の愛情があれば人生に意味を与えられる。正しい道の選択は難しい。」

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アーチャー「時々思うんだ。人の行為を神は赦すだろうかと。でもとうの昔に神はこの地を見捨てている。考えても無駄だよな。」

*******************

アーチャー「『戦場に人種隔離なし』コーツィー大佐の言葉だ。だが、1994年には軍が無くなった。人種隔離も。真実を告白すれば全部恩赦。チャラさ。

一緒に戦ったんだ。黒人と白人がだ。国じゃ誰も戦争していることを知らなかった。敵は共産主義のはずが、結局大国同士の利権争いだった。象牙、石油、ゴールド、ダイヤモンドまで。

だから俺もキレた。『稼いでやる。』とね。」

マディー「それであなた、ソロモンのダイヤを盗むの?」

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ソロモン「アメリカ人がダイヤモンドを欲しがるのは分かる。しかしそのためにアフリカ人同士が殺し合うのは理解できない。」

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アーチャー「アメリカ人は自分の心情を吐露するのが好きだけどさ、結局それがどうした?」

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In January 2003, forty nations signed "The Kimberley Process"...an effort to stem the flow of conflict diamonds.

2003年1月”紛争ダイヤ”の売買を阻止する制度”キンバリー・プロセス”導入。

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羅生門_黒澤明監督作品

★★★★★

静と動、緩と急、嘘と真実、生と死、本音と建前、白と黒、乾と湿...全ての要素がモノクロ画面から発せられる。

約80分の上映とは思えないほど濃密な内容だ。

ある僧侶「人を信じられなくなったらこの世は地獄だ。」

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下人「人間だから嘘をつく。」、「人は皆手前勝手だ。」、「羅生門の鬼も人間の怖さを知って逃げ出したそうだ。」

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事件当事者3名の証言。さらに目撃していた木こりの証言。

【盗賊多襄丸】侍夫婦の妻を奪おうとした。夫を殺す気はなかった。沢山の宝剣を隠し持っていると夫を騙して山中に誘い、そこで不意打ちを掛けて縛り上げておき、妻を連れてきた。女は懐剣を抜いて俺に襲い掛かった。今まで見た事も無いほど激しい気性の女だった。が、終に夫を殺さずその女を手に入れた。ところが、女が、二人の男の前で恥を曝した以上、どちらか一人の男には死んでもらいたいと懇願した。夫の縄を解き、尋常に立ち会って勝負し、自分が勝ち夫を殺害した。

【妻】多襄丸に手篭めにされた後、縛られたままの夫のところに行った。すると夫は怒りでも悲しみでもない、蔑む冷たい視線で私を見た。その冷たい視線に耐えられず、短剣で夫を刺して殺害した。その後何度も死のうと図ったが死に切れなかった。

【夫】(巫女が降霊させて代わりに語った)多襄丸に顔を向けた妻はうっとりとした表情で、私は未だかってそれほどに美しい妻を見たことが無かった。妻はその場を立ち去ろうとする多襄丸にすがって「夫を殺してほしい。」と頼んだ。すると多襄丸は妻を地面に踏みつけ「この女をどうする?」と訊ねた。それだけで自分は多襄丸の悪事を許してやっても良いと思ったくらいだ。多襄丸は自分の縄を切り解いた。その隙に妻は逃げ出した。妻を追いかけたが見失った多襄丸は帰ってきて縄を解いて、立ち去った。一人になった私は、静かな山中で人の泣く声を聞いた。自分の声だった。妻が落として行った短剣で胸を突いて自害した。

【木こり】三人で居るところを見た。多襄丸は女に自分の女房になってくれと頼んでいた。女は自分は女であるから自分では決められないと言った。多襄丸は縛っていた夫の縄を切り解いた。すると夫は「この女のためにお前と斬り合うつもりは無い。こんな女はくれてやる。」と言った。多襄丸は目を丸くして驚いた様子だったが、女はその場に泣き伏して大声で泣いた。しかし、やがて女は笑い声を上げて起き上がると、夫と多襄丸を罵り始めた。夫に対しては男らしくない、多襄丸と片を付けた上で自害しろというべきだろうと。多襄丸に対しても夫と同じことだ。女は強い男に帰属するのだと。二人の男は女の言葉にそそのかされて止むを得ず斬り合いを始めた。お互い腰が引け、手足は震えながらのみっともない戦いであった。その内に腐った木の根に剣が食い込んで抜けなくなった夫を多襄丸が追い詰め、持っていた剣を夫の胸に突き立てて勝利した。勝負が着くと、女は駆け出してその場から逃げ去った。疲弊し足を負傷した多襄丸は追いかけようとしたが腰が抜けたようになってその場に取り残された。

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消えた天使(2007)

★★★☆☆

『怪物と闘う者はその際自らも怪物にならぬように気を付けよ。』と言う。

深淵を長く覗く時、深淵も覗き返している。

だが、人生の決定的瞬間は突然来る。

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「あんたの中に私達が居る!」

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性犯罪登録者の監視を続ける調査官をリチャード・ギアが演じる。導入部で米国では頻繁に性犯罪が起こっているという背景が説明される。映画の内容はサイコ・サスペンスであり、ストーリーも異常性が際立って個人的にはあまり好まないジャンルである。

しかし、リチャード・ギアの演技力と存在感により、結局最後まで観てしまわないと治まらくなってしまった。

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驚きのちょい足し

TV朝日の深夜番組「お願いランキング」から

足して美味しいものランキング

吉野家牛丼
①めかぶ②バター③明太子④バナナ⑤マヨネーズ⑥ゴマ油⑦あんこ⑧梅肉⑨ポテトチップス⑩納豆;番外?

カップヌードルしょうゆ
①ゆず胡椒②粒入りマスタード③たこ焼き④ごま油⑤バニラアイス⑥焼肉のタレ⑦プリン⑧ごはんですよ(海苔佃煮)⑨シュークリーム⑩ピーナッツバター

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牛丼にめかぶが1位とは試してみたいと思うではないか。4位のバナナには衝撃を受けた。バナナは肉料理と相性が良いそうだ。

カップヌードル(しょうゆ)の1位のゆず胡椒は、普通に選択され得る調味範囲と思う。

それにしてもどういう動機からこんなもの思いついたんだろう?頻繁に食するものに味の変化を付ける工夫かそれともプチグルメのお遊びか?

組み合わせは無数にありそうだから、ちょいと驚きの組み合わせ発見にトライしてみるかな。

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アメリカン・ギャングスター(2007)

★★★★☆

実話に基づくストーリー。

ベトナム戦争に疲弊したアメリカ。当時のニクソン大統領がTV画面で訴える。

「我が国の最大の敵は麻薬だ。」

現在はテロ対策が最優先となっている。時代は変わった。

そして日本。麻薬やドラッグが大きな社会問題となっている。

裏社会の存在は否めない事実だ。そしてそれは目立たないように表の世界と接点を持つ。

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「成功は多くの敵を作るものだよ。

 成功がお前の命を狙ったらどうする?

 命を捨てるか?

 勝者になり敵を作るか、

 敗者になり友を作るか、

 2つに1つだ。」

********

「成功の頂点で身を引くのは逃亡にはならん。」

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ローグ アサシン(2007)

★★☆☆☆

原題は"WAR"。日本やくざと中国マフィアの勢力抗争にFBIが絡む。ハチャメチャな展開。

ジェット・リーとジェイソン・ステイサムの共演だが、彼らの魅力がちっとも発揮されなていない。

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秋の雑草始末

このところ家内や親戚のご夫人で花粉症のようなアレルギー症状で苦労している人が居る。

どの花の花粉に反応しているのかは定かではない。

金木犀、ススキ、セイタカアワダチソウ、コスモス等々、いろいろ花も咲いている。

一方、秋は衣類にくっつく実を付けた雑草が実る頃でもある。これは農作業の邪魔になったりしてとても厄介である。

さらに、ヘクソカズラのような蔓植物も放置されていた場所で群生していたりすると、蔓同士が絡み合ったりして、人力で切ったり、引き剥がしたりするのは大変な苦労だ。

今年も雑草との付き合いは、繁茂しては刈り取り、そしてまた油断していると茂って来るといった格好で長らく続いている。が、秋がやってきていよいよ成長速度が遅くなってきたようだ。ここで一度丁寧に草刈りや除草剤で処置しておくと、越冬しての来春の雑草のとの戦いを有利にできるように思うのだ。

ということで、先週末の一日は田んぼ周りの雑草刈りに費やした。やはり蔓植物とバカの実をつける植物が難敵であった。

前者は円盤回転式の草刈り機でなかなか一辺に刈り取れなかったし、後者は地面近くの根本がぶっとくて硬かったし、草丈が高かった。そのために、他の雑草に比べて力は要るし、刈った後の始末を考えて作業しないといけなかった。

正味約4時間ほどの作業で約一町歩の田んぼの周囲と側溝の法面を刈り終えた。いつもの通り刈り終えたあとは視界が広がり気持ちよい。特に水路の周辺はガードレールがあるが、作業前は背の高い草や蔓植物が絡んでいた。これらを刈り倒したり、引き剥がしたおかげで、ガードレールの白さがくっきり見えるようになったのだ。

散歩の人たちの会釈に、広がった道に彼らも喜んでいるように感じられた。

疲れたが、こういう労働はストレス発散にもなって良いものだ。(この日は休肝日としたためにビールは飲まず。)

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軽・軽衝突事故

地区公民館前の十字交差点で、軽自動車同士の衝突事故があった。夕方6時過ぎ頃であたりはすっかり暗くなっていた。

南から北に向かって進行していたワゴンタイプの軽自動車に、東から西に向かって進行していた乗用車タイプの軽自動車が側面衝突した模様だ。ブレーキ跡から衝突は交差点のほぼ真ん中だったようだ。

推察だが、交差点に東から進入した乗用車が一旦停止しなかったために、南側から進入してきたワゴン車の運転席側側面に追突したようだ。

ワゴンタイプの車は天井を下にひっくり返って、進行方向左手側の畑地の土を押しのけながら交差点中央から7、8mほど進み、頭を西に90度回転した格好で止まっていた。前照灯は点いたままだった。

車内は潰れておらず、内部を覗くと、運転席と助手席のエアーバッグが膨らんだ形跡となっていた。少し電線が焼けるような異臭がした。幸いガソリン漏れは無かったようだ。

乗用車タイプの車は進行方向右手の同じ畑の中にお尻を西に向ける格好で約180度回転して止まっていた。交差点中央からは約6,7mほど進んでいただろう。フロントガラスは砕けて窓枠から外れていた。運転席側のドアは相当がたついていたが開け閉めは出来る状態だった。こちらも車内は潰れていなかった。

*******************

交差点近くに住むT屋氏が警察と消防に電話したとのことだった。その地区の今年の隣組長さんである。

まもなく救急車が一台と消防自動車一台がサイレンを鳴らしながら到着した。

ワゴン車に乗っていた女性は外傷は無かったが救急車に乗せられた。いろいろインタビューされた後、救急車は去って行った。

乗用車に乗っていた男性も外傷は無く歩き回っていたが、途中から救急隊員に鞭打ち用の首を保護するコルセット様のものを着けられてインタビューされていた。「記憶は飛んでいませんか?」とかいろいろ。

次に2台目の救急車が到着したが、その頃僕と家内は帰路に着いた。

パトカーはまだ到着して居なかったが、その後来ていたと帰宅途中に事故現場の横を通ってきた娘が教えてくれた。

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詳細はまた続けて書きます。今日はここまで。

僕は家内を乗せて買い物から帰る途中、ちょうどその衝突事故の直後に通りかかった。交差点に差し掛かるとどうも様子がおかしい。車のヘッドライトの明かりの端に天井が下になってひっくり返ってる車を見た。

公民館前の広場に車を移動させて、ひっくり返った車にライトが当たるようにして停車した。家内が飛び降りて左右に注意して道を渡って逆さまになってる車に近づいて行った。

その車の助手席側のドアから中から女の人が1人這い出してきた。家内が手を貸して公民館の広場の石のベンチに腰掛けさせた。家内はその後、女性のバッグと手荷物を取りに行った。僕も車のライトを消して車から降りてその車の中からひざ掛けを取り出して女性に掛けさせるように家内に渡した。

女性は携帯電話で家族に電話を掛けていたようだった。

左手に車の前部がひしゃげた軽自動車があり、男の人が運転席のドアを盛んに開けたり閉めたりしていた。見慣れない人だったので、もう一方の事故の当事者だと分かった。怪我はありませんか、痛いところは無いですか、座られたらどうですか、などと声を掛けたが、大丈夫ですとの返答だった。

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この交差点は最近特に事故が多い。近所の人が野次馬で集まって来たが、口々に「こう立て続けに事故が起きるんじゃ、何とかしてもらわないと。」とか「信号機が必要だ。」とか言っていた。

ここは幼稚園バスや小学校のバスの乗降場所で、子供たちが集まる場所でもある。また、交差点近くにはここ最近何軒か新しい家が建って、小さい子供さんが居てよく遊びまわってたりする。子供たちが交通事故に巻き込まれないかとても心配だという女性も居た。

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軽井沢~八ツ場ダム

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パーフェクト・ストレンジャー

★★☆☆☆

うーん、ハル・ベリーの魅力は溢れているのに、ストーリー構成も結構凝っているのに。

いろいろ凝らしたエピソードを盛り込み過ぎて、その結果ストーリーの本筋のインパクトが弱められてしまったようだ。

尤も、この映画における主題自体が大したものではないという致命的欠陥を有している。犯人は優れたジャーナリストでその計画は実に巧妙でITのハイテクを駆使し、権力社会構造や華やかなビジネスの世界と関わりを持つのだが、肝心の動機が実にしょぼい印象になってしまうのだ。ストーリー構成の失敗だと思う。

ブルース・ウィリスも出演している価値が無い。彼の出演作は当たり外れの落差が大きいといわれるが、これは外れの例の一つだろう。

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ナンバー23

★★☆☆☆

運命など無い。あるのは選択だ。

たやすい選択と難しい選択。

重要なのは難しい選択だ。

そこに人間の価値がある。

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時間は計測システムで、どの数字も意味を持つ。

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"Be sure your sin will find you out."

罪は自らの身に及ぶ。

民数記 第32章第23項

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野良犬_黒澤明監督作品

★★★★☆

リアリティーに圧倒される。黒澤監督作品らしさを感じる。

うだるような暑さの中でのエアコンなどない時代の人間の日々の営み。人の肌に汗が浮き上っててかる。あるいは玉のように噴き出している。

新米刑事村上が執念で捜し当てたピストル事件犯人遊佐を追い詰める場面。住宅街から郊外へ、藪の中、川の中と泥や草や水ともみくちゃになって男達が格闘する。

そして、村上のポケットから掏り取られ行方知れずとなった拳銃(コルト)の中の実弾7発の脅威と見えない犯人の影が重たく全編を支配して緊張感が解けない。それが自分のコルトであったために責任と焦りを感じる新米刑事。村上の行動を通して様々な登場人物の個性と思惑が絡みストーリーが展開していく。

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「野良」(補足説明「ら」は接尾語。「良」は当て字)とは「(1)野原。野。(2)田畑。農場。」である。

そして「野良犬」とは「飼い主がなく、戸外をうろつく犬。宿なし犬。野犬(やけん)。」と辞書にある。

野良犬に対する言葉は飼い犬だ。紐に繋がれず、檻に入れられず、餌を与えられず、人になつくことなく生きている犬のことだ。

村上刑事はさしずめ飼い犬で、遊佐こそが野良犬だろう。

しかし、村上は野良犬に同情を覚える。野良犬も野良犬になりたくてなったんじゃないのでは?周りが環境が野良犬にしてしまった部分もあるのではないか?と。

だが、一旦野良犬になり、人に危害を加えるものを放って置くことはできない。先輩刑事の佐藤はそのことを村上に話す。警察の刑事としての仕事はそれであると。

刑事だって一人の人間だ。家族もあり、世間の中で生きている。そして社会の中でできることは犯罪を犯した人間を捕まえることだ。それを職業としている。

村上は人が犯罪を犯すことについて、社会のしくみにこそ問題があるのではないかと感じるのだろう。しかし、それは一刑事が太刀打ちできる問題ではない。

人は一人では生きてゆけない。しかし、一旦社会の仕組みからはみ出した個人は、生きていくために頼れるのは自分だけであり、ピストルのような他人より優位に立てる道具(野良犬の牙)と思い込んでしまうのではないか。

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この映画が作られたのは1949年であるが、2009年の今の世においても、セーフティーネットなるものは完備していない。30代の若者が沢山ホームレスになっていたり、その中には孤独に餓死した若者までいるという。

先日キリスト教会の説教で「神は人をご自分の似姿として造られた。」と聞いたが、見た目だけが似ているだけで神の心にまでは到達できないのだろうか。

*******************

佐藤の家で二人だけの晩酌後に

村上「『世の中には悪人は居ない。悪い環境があるだけだ。』そんな言葉がありますが、遊佐って男も考えてみれば可哀想ですね。。」

佐藤「いかん、いかん。そういう考えは俺たちには禁物だよ。犯人ばかり追い回しているとよくそんな錯覚を起こすが、一匹の狼のために傷ついたたくさんの羊を忘れちゃいかんのだ。(中略)。大勢の幸福を守ったという確信が無かったら刑事なんて全く救われない。犯人の心理分析なんて小説家に任せとくんだな。俺は単純にあいつらを憎む。悪い奴は悪いんだ。」

村上「僕はまだそんな風に考えられないんですよ。長い間戦争に行っている間に、人間っていう奴がごく簡単な理由でケダモノになるのを何回も見てきたものですから。」

佐藤「君と僕の年齢の差かな?それとも時代の差かな?(中略)アプレゲール、その戦後派っていうやつかね。君のほうが遊佐の気持ちが良く分かるのかも...」

犯人遊佐を逮捕して表彰された村上は遊佐に撃たれて入院中の佐藤を見舞いに来て語る。

村上「でも何だかあの遊佐っていう男のことが...」

佐藤「あー、その気持ちは俺にも覚えがあるよ。最初に捕まえた犯人が妙に忘れられないものさ。しかしね、君が考えているよりああいう奴はたくさん居るんだ。何人も捕まえているうちにそんな感傷なんてなくなるよ。(中略)遊佐のことなんか忘れるんだな。いや、そのうち遊佐のことなんか忘れるよ。」

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バンテージ・ポイント

★★★★☆

場所はスペインのサラマンカの広場、時刻は昼12時23分を過ぎる頃。大群衆のまえでテロ撲滅の演説をしようとしたアシュトン米大統領が狙撃される。シークレット・サービスのバーンズはパニックになった群衆の中から狙撃犯を探そうとする。が、そのとき、演台のところで大爆発が起き大勢の人が事故に巻き込まれてしまう。

この事件が12:00から事件発生まで時間経過として8つの視点から再現されて映し出される。正直ややしつこくくどいくらいに感じる。しかし、これらから、この事件が巧妙に仕組まれた米大統領拉致計画だったことが分かってくる。

さらに、8つの視点は主要な8人の登場人物の視点でもあるが、それら8人のその事件後のそれぞれの行動がガード下という場所での意外な結末へと収れんしていく。最高のクライマックスが演出される。見事なストーリー構成である。

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金木犀香り始め

月曜日に四ツ谷駅前の交差点で今年初めての香りを嗅いだ。

今朝は通勤途中の団地の中の植え込みから香ってきた。

先週末群馬の自宅でまだかまだかと花芽を観察してみたが、小枝に白い蕾(?)のようなものが出てきているが、香りは匂って来なかった。いまはもう香っているのだろう。

明日は大きな台風が来るとの天気予報だ。強い雨風に耐えて週末にも芳香を放ってほしい。

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アドレナリン(2006)

★★★★☆ 

アドレナリン、エピネフリン、エフェドリン、エンドルフィン、ドーパミン、...聞いただけで衝動的になるような薬品名が次々飛び出す。詳細は分からないが、何だかどれも人体を興奮させるようだ。

ストーリーはハチャメチャで、暴力的で法破りだが、ターゲットを決めて前向きに突き進む主人公シェブ・チェリオス(ジェイソン・ステイサム)はかっこいい。男はこうありたい、こうやりたいを見せてくれているようだ。

走り続け無ければならない運命を背負う男の姿には一種の覚悟を持った迫力が感じられる。そして最後にはちょっぴり悲哀もある。

今日Tさんと話したら「心の定年」という本を読んでると言う。僕にも一読を薦められた。何でも、年齢に拘わらず、今の仕事に熱中できなくなったら、それは心の定年というのだそうだ。心の隙間を埋めるものを求めて次の目標を探すときだとかの主旨の様だ。

しかし、どうだろうか。人は自分の心の欲するままに生きている人ばかりではないのでは?

本作品の主人公が中国製の合成毒薬を注射されたためにアドレナリンを放出し続けて走らねばならないように、多くの人もまた同じように外部要因によって歩き続けなければならないようにされているのだ。それを幸と思うか不幸と思うかは人それぞれによって違うだろう。うたかたの夢のひととき。

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続編「アドレナリン・ハイボルテージ」(2009)が封切られたばかりとのことだ。

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パンズ・ラビリンス(2006)

★★★★☆

10/3(土)鑑賞。スペイン映画。

現実と魔法の世界が同時並行して存在し、全く別々のストーリーが展開する。

があるときその二つの世界が交差したとき、主人公である少女オフェリアは現実の世界で死を迎え、魔法の世界では3つの試練をパスした王女として歓迎される。

一緒に鑑賞していた娘は単なるハッピーエンドじゃないところが微妙に後味の悪さを残すようなことをコメントしていた。

たしかにエンディングはいろいろ感じるものがあり、また考えさせられるところだった。

一度鑑賞することをお勧めする作品だ。

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久しぶり参加_地区体育祭

正式には「平成21年度○○地区体育祭」という。平成21年10月4日 8:00~15:00 で執り行われた。

市町村合併前の旧○○町の行政単位で全28地区が運動会形式で得点を競い合って総合順位を決めるイベントである。

今年は第7地区第4組の隣組長ということで、体育祭参加のお願いから打ち上げ親睦会まで裏方として、また、勿論体育祭当日も現場に居て、二人三脚と百足競争に参加した。

実に何年か振りの参加であった。テントを張る場所が年々一つずつ順送りで移動するのだが、最後に参加したときはグラウンドの南側だったのが、今回は真反対の北側に変わっていた。

また、花形の100m走や1500メートル持久走や選抜リレーのエントリーメンバーも世代交代で様変わりした。

かって監督をしていた少年野球チームで、小学校低学年でボールを上手く捕球できなかったりバットに当てることも容易ではなった少年たちが、今や花形種目の選手に成長していたのには驚いた。

うちの子供たちも運動能力が優れていたらなあと、他人の子を羨ましく感じたりもした。

かっては自分も活躍して注目を集めたものだが、今や若い隣人や教え子を声援する役になった。少し寂しい気がしたが、これも人生なんだなと感じた。周りには更に年配の先輩がたが居られ、一生懸命に応援されていた。

打ち上げ親睦会では地区体協委員長から全体成績の発表があった。28区中21位の成績だったとのこと。全種目にエントリーできなかったために得点が伸びなかったとの分析が報告された。来年エントリー種目を増やせば更に上位に上がるだろうとのことだった。なお昨年は26位だったそうだ。かっては一ケタ台の順位だったような...?最近若い人たちの転入が増えてきたからこれからは順位は伸び代は大きいかもしれない。

親睦会では缶ビールと缶チューハイを相当数開けた。午後3時過ぎからの宴会だったが、体育祭当日が好天の下で立ってることも多かったため、疲れと日焼けもあって帰宅してからかなり酩酊していることが分かった。

久しぶりに育成会のメンバーの顔も覚えたり、年長者、若者と面識を増やすこともできた。非常に疲れたが楽しいイベント参加でもあった。

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女郎蜘蛛御一家

大きな身体なのでさぞや大きい獲物を食してるのだろうと思いきや、何と!網に掛かったコバエなどの小さな昆虫をマメに食しているところが観察された。

もっとも彼らにとってはコバエクラスでも結構な大きさの獲物なのかもしれない。

それにしても、大きなトンボや蝶や蛾などの網に掛かりやすそうな大きなサイズの昆虫を捕獲するのではとの先入観は覆された。実際は地味にこつこつと努力して大きく成長しているのだ。

女郎蜘蛛御一家
女郎蜘蛛御一家
女郎蜘蛛御一家
女郎蜘蛛御一家

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白痴_黒澤明監督作品

★★★★☆

久々に純文学(?)に触れてガツンとやられた感じである。かって映画は単なる娯楽ではなく、人としての知性や理性とか社会問題等を問うものであったのだ。

言い換えれば、それは人が生きるうえに少なからず考える必要があるテーマを取り上げていたと言えるだろう。現在の多くの映画が人が生きていくうえでは必ずしも必須ではない娯楽を追及しているのとは対照的である。

また、この映画が製作された頃は個々人の存在感が濃厚だったあるいは人間の持つパワーが大きかった時代のように感じられた。一方、現代はといえば、確立された社会構造や制度の中で一個人の存在感は希薄となり、人々は閉塞感を感じ、自分の力を信じることもできないようになっているのではないか。

科学技術的な進歩は目覚しく、経済的にも発展したが、一方で人間の精神的なものは何も進歩・発展していないのではないか。それよりもむしろ、生活が豊かになり、困難なことよりは安易なことを、重要だが長く苦痛に耐えなければならないものよりは短期的快楽を与えてくれるものを志向する傾向を持つようになったのではなかろうか。

多数の人が本当に重要な問題を考えようとしなくなったとすれば、それは多数の人々が白痴化してしまったということではなかろうか、などとふと勝手に考えた。が、これは勿論この映画のテーマとは違っている。

***********************

この映画は二部構成となっている。第一部は「愛と苦悩」、第二部は「恋と憎悪」である。

第一部:主な登場人物の人間関係が紹介され、それぞれの人間の本当の心の内面が明らかにされる。

『この世の中で真に善良であることは白痴に等しい。』

亀田は那須妙子に向かってあることを思い出したと言う。

亀田「あなたの目は僕と一緒に死刑台に立たされた男と同じ目だ。(中略)まるで子どものような...責めるような目で僕たちを見た。(中略)長い間、昼も夜も一人で苦しみ抜いた目。僕は思わず目を逸らしてしまいました。あなたの目はその兵隊の目とそっくりのときがあります。」           .......

妙子「私を一目見ただけで私を信じてくれた。だから私もこの人を信じるんです。」

第二部:亀田が綾子に手紙を出したことをきっかけに、ドラマは意外な方向へと展開していき、予想もしない悲劇の結末へと進む。人が人らしくあることとは何なのであろうか?

綾子(亀田に向かって)「あなたは知性に優れている。」

亀田(妙子に対する思いを綾子に打ち明ける)「自分の親しい人が鉄の檻に入れられて棒で叩かれている。自分が代わった方が良いと思う。」

妙子(亀田に幸せになってもらおうと自分は身を引いて、綾子と結婚させようと考えていた。その綾子を評して赤間に向かって語る)「あの人私の失ったものをそっくり持っている。あの人私にとって理想なの。だから私あんな手紙出したんです。せめてあの人に私の夢を生きてもらいたい。でも...」

赤間「でも?本物見たらお前の気に入らないかもしれないよ。」

そして、妙子と綾子がお互い初めて顔を合わせた。

綾子(妙子に向かって)「犠牲の押し売りは沢山!椿姫と気取ってるだけなんですからね。」

妙子(綾子に対し)「このやきもち焼きのお嬢さんを天使のように思っていたんですからね。」「(妙子に会ってみようと思ったのは)この人があなた(亀田)を私以上に愛しているかの怖いもの見たさ。」「この人(亀田)をこんなに苦しめたのはあなた(綾子)なんですよ!」

妙子「私考えを改めるわ。亀田さん、あなた私とこの人とどちらを取るの?」

亀田「どうしてこんなことに!?」

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酔いどれ天使_黒澤明監督作品

★★★★☆

眞田「結核だけじゃないぞ。人間にとって一番の薬は理性なんだよ。」

眞田は自分の患者となった者を真剣に心配するのだが、口の聞き方が乱暴で上手く相手に伝わらないようだ。おまけにノンベエで、消毒用の配給アルコールもお茶で薄めて飲んでしまう。しかし、自分を天使だと自称する。背中に羽根のある子どもや女性のようなものが天使とは限らないと。

松永は眞田に「お前はゴミ捨て場の小さな沼のようだ。沼だけをきれいにしてもダメで、その周りとの関係を絶たなければ沼はきれいにはならない。」と言われる。松永は結核に身体を蝕まれて眞田の言葉や自分の生き方について考える。そして自分が信念や頼りとしてきたものが空しいものだったことに気づく。結局松永は命を縮めてしまう。

*******************

1948年の作品。まともな酒も手に入らないような時代と場所で、小さいウィスキーグラスでウィスキーをストレートで煽るシーンがたくさん出てくる。まるで外国映画ウィスキーを飲むような感じであり、日本人の酒のたしなみ方とは異なる印象だ。ダンスホールーも出て来て、そこにはそれまでの日本の習慣や文化とは違ったものが入ってきていることを感じさせる。いろんな文化や価値観が混在して混沌とした時代背景にあって、人が何を信じ何を大切にしてどのように生きるべきかを見失っていたと思われる。

眞田自身も医者としての技量はあるものの自分の生き方の不器用さを認めている。

人は自分ひとりでは生きられないし、他人との関わり無しには存在し得ない。他人との関わりは好ましいものもあれば好ましくないものもある。敗戦後、民主主義となった人々は自己責任で生きていかなければならなくなったことに戸惑いを感じていたのかもしれない。終戦により、それまでの価値観が一変させられたことにも翻弄されたことだろう。

つい最近の群馬県八ッ場ダム建設中止問題はローカルな問題ではあるが、国の方針変更で人生を翻弄される人々が出てきている。そのような問題が全国規模で起こっていた時代だったのかと思うと、その時代に生きた人たちの不安や苦悩がどれほどのものだったろうかと考えさせられる。

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