自分が主催の社内会議中に大学時代の友人H田から携帯電話が掛かってきたのは水曜日だった。着信の氏名表示を見てすぐ応答することを決断し、離席して会議室の外に出て折り返し連絡することを伝えたのだった。
H田が電話してきたのは本来なら昼休み時間中であった。H田もそれには木を使ったと言っていた。しかしその日は会議開始時刻が遅くなり議案がまだ残っていたのだった。
本来の昼休み時間も終わった頃から会議出席者たちと昼食を摂った後、H田は仕事中かとも思ったが、携帯に折り返しの電話を入れた。
週末会議で大阪から上京してくるのでどこかで待ち合わせないかとの用件だった。久しぶりの再会になるし、快く了解した。金曜日19:00に新橋で会うことになった。
H田に魚と肉とどっちがいいかと訊ねた。「俺は海のそばの生まれだ。」というので「魚だな。」というと無言の了解の気配を感じた。
それから至急心当たりの店を探し、予約を取ろうとしたが、金曜日19:00開始では人気のあるところは全て駄目だった。
H田に当日飛び込みで行くことを伝えて金曜日を楽しみに待った。
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新橋駅SL広場側のマツモトキヨシ前にH田は待っていた。がっちりした逆三角形の体型は昔と変わらなかったが、薬屋の照明に逆光にも拘らず頭に白いものが増えていることが分かった。
それから連れ立って店探しとなった。当初から当たりをつけていた「魚金」の2号店に行って、予約第一陣客が制限時間となる19:30に予約を取った。まだ時間があるので立ち飲みスタンドを探して生ビールで乾杯した。枝豆、竹輪の素上げ、いわし丸干しで2杯ずつ飲んだところで予約時間になった。
魚金では刺身の六点盛りで麦焼酎のボトル1本をロックで飲んだ。
H田は学生時代の指導教授だったH山さんの退官記念パーティーに出席したときの集合写真を持参してきていた。めがねを掛けてその豆粒みたいな大きさの参加者たちの顔を見せてもらった。我々の年代の出席者は5名ほどで、ほとんどは最近の卒業生や学生たちだったそうだ。地元新聞社で役員のI元先輩、高校教諭のH野先輩とH田以外の出席者はよく分からなかった。
H田はH山さんには大学卒業に関してとても恩義があると言っていた。「そうか。」と簡単に受け答えたが、H田の中には自分の知らない重要な過去の出来事があることが推察された。「大学の授業なんてどれも退屈で面白いもんじゃ無かったよな。」と感想を言った。
H田は「自分は昔ほどマメじゃなくなった。」とポツリ漏らした。「どういうことだ?」
「以前は旧友たちに良く電話を掛けていたが、最近はすっかりご無沙汰だ。」「今日は酔った勢いで皆に電話してみるか?」
「面白いな。」
H田は来年当たりに気の合った連中だけで同窓会を持つ計画を打ち明けた。幹事はO野に頼むしかないだろうと。
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居酒屋を出て駅近くのコーヒーショップでコーヒーを飲みながら、O野を手始めに電話を掛け捲った。自分もしたたか酔いが回っていたので順番と会話内容は(少し怪しいかもしれないが)次のようだった。
O野(ヒデアキ):H田の提案に賛同して大分あたりでの開催に乗ってもよいように言っていた。ラグビー部では5年ごと定期的に集まってるとのこと。H田によればO野の話しぶりは社会的に偉い感じがするようだったと言っていた。俺は人懐っこい顔を思い浮かべて昔と変わらないと思ったが。
K村(ヒトシ):今度新宿で会おうという約束をした。都内在住にもかかわらず電話だけでほとんど会ったことが無い。お前ろれつが回ってねえぞと言われた。
S野:今年6月から四国勤務になったというので驚いた。単身赴任とのこと。執行役員拝命との引き換えに飛ばされたと言っていた。H田がお前は口ばかりでいざゴルフとかの約束実行を一度も果たしてねえぞと怒っていた。S野も雰囲気は昔と変わってない様子だった。
I田さん:H田の独断的推察によれば共通の知人であるY子さんとの夫婦関係が良くないのではないかと気に掛けていた。ご本人は声にやや老けた響きを感じたが昔と変わらずクールだった。防衛大のH賀さんの近況を気に掛けていた。近所のM下との疎遠にも言及していた。今度自分が茨城関係者を訪ね歩きますと提案した。H田は折り返し電話のつながりの間からか?まだ夫婦仲が気になるようだった。勘働きは当たっているのか?
H野先輩:H田はH山さんの退官記念パーティーで比較的最近あっているので気楽そうに話していた。だが×イチのことは触れるなと、うまくリードしながら話を進めた。田舎に帰ってきたら連絡しろといわれた。M本先輩は僕の母校の教諭をやっているとのことだった。I元先輩や同じ新聞社のT上(後輩)などと飲み屋で飲む姿がイメージできた。
K谷(後輩):北九州でジャズ喫茶店を営んでいたが資金繰りが付かず店をたたんでまたサラリーマンをやってると言った。声は昔と変わらず元気そうだった。K谷がカラオケで歌った榊原郁恵の「夏のお嬢さん」は今も鮮烈に脳裏に残っている。九州に来るときはいろいろ案内するから連絡くださいと殊勝なことを言ってくれた。「博多とか町がでかくてよく分からんからよろしく頼む。」と伝えた。
そのほかにも掛ける候補はたくさんだったが、きりが無いので切り上げた。
コーヒーショップで酔いもさめたので最後の締めくくりにバーで一杯やっていこうとH田を誘った。しかし行きつけのバーは満席で”closed”の看板が掛かっていた。
H田は明日土曜日の午前中まで仕事だといっていたし、駅へ向かうことにした。改札を入って握手して別れた。
久しぶりの気の置けない友との一献の機会は、自分の来し方と友人たちそれぞれの時間の経過を思い起こさせた。かなり飲んだ焼酎の酔いと一緒に、自分とそれぞれの友らの現在過去未来との漠然とした関わりに包まれながら、何か郷愁やら熱いものなどを感じながらの家路だった。
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