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2009年4月

娘親友の結婚式に出席す

幼稚園の頃から付き合いのMちゃんの結婚式に出席してきたと、スナップを見せてくれた。

受付けを男女2名ずつでやってる姿、恩師と映っている姿、新婦ご友人たちで歌っている姿、その他は新郎新婦の写真が多かった。

写真はなかったが、友人代表挨拶をしたときには感激して泣いて泣いてボロボロだったと言っていた。それを聞いていたかみさんがそんなことじゃ友人としてだめだと叱責した。

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久しぶりに帰宅してみたら、玄関とリビングに花がたくさん飾ってあった。リビングの花などは黄緑色系統の地味な花で、いつもの色鮮やかさと違う赴きだなと思って「どうしたの?」と尋ねたところからこの話となった。

なんとリビングの花は新婦が放った花束(何とか言ってたな?)をキャッチしたものだと娘が自慢げに語った。

かみさんがすかさず、「まさか私も結婚したいなんて考えているんじゃ?」

娘は結婚式にはいたく感動したようであるが、「まだ結婚するつもりなんかない。当面はお金を貯めたいんだ。」とのことだった。

かみさんはそれをどこまで信用して安心したかはよく分からない。

母娘の会話には丁々発止としたところがある。遠慮がないところは良いが、ストレートすぎてそこまでいうかと、ときどき恐いところもある。

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今年の黄色い牡丹

今年の黄色い牡丹
今年の黄色い牡丹
これから見ごろを迎える。

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時の壁_最高裁除斥期間適用認めず

日経20090429第34面参照

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飲み仲間

会社の定期異動を受けて送別激励会が多くなったが、それをご縁に意気投合したせいでこれまでの数年間全く付き合いがなかったのを埋め合わせるかのように、このところ夜の飲み屋に繰り出してきた。

先週は同一4月内で3回目であった。3人の飲み会である。

2回目辺りから酒量が増えてきたと、翌日の仕事の辛さ加減で感じてきていたが、先週はさらに激増したように思う。

大生ビール1杯、燗酒1升、最後にウィスキーをダブルで2杯ほど飲んだ。月曜日のことである。すでにある先約の合間を縫っての臨時飲み会であったが、昨日の国民の休日(みどりの日)を経ての木曜日の今日までどんよりとしたモノが体全体に残っている。顔などは何だかむくんでいるような気がしてならない。

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今回は2回目で大層美味しい店を紹介してもらったお返しにと僕の方からお誘いして案内した。なんとこの一次会では前職の同僚であり、今現在もひとかたならぬ付き合いのTさんとA君が同じ店に来ていて、我々の席に挨拶に来てくれた。ありがたいことであった。

一次会は安くて美味い居酒屋であった。そこで締めを終えたところで、他のメンバー2名がどうしても案内したいところがあるという。きれいどころがいるスタンドバーだという。途中道を迷いながら、たどり着いたのは八丁堀であった。

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つい先日SMAPの草ナギ剛氏が酒によって公然わいせつ罪で逮捕された事件があったが、酒を飲むにも大人として分別をわきまえてやらなければならないとの教訓であったともう。しかし、この日の自分はかなりやばかった、草ナギ氏にかなり近づいたと思う。

草ナギ氏に対しては社会的制裁が厳しすぎという意見もある。自分も誰一人迷惑を掛けたわけでもない。ただただ己の体調や気分がすぐれぬ副作用に悔やむだけであった。ブラックアウトになったらその方が楽かと思えんばかりに。

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酒は節度をもって飲もう。

今朝上記3名のうちの一人K氏が、今日付けで異動になります。お世話になりました云々と挨拶回りに来た。

「Kさんも健康に気をつけて頑張ってください。」

「特に酒の飲みすぎには注意してください。」

と言葉を掛けた。

にやり笑いながら近づいてきて僕の左肩をポンと叩いて帰っていった。

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GW来客予定

メル友でありカラオケ友であるとある社外懇親会メンバーの一人であるKさんが、比較的近所でもあり、GWを利用して我が家に立ち寄ることになった。

家内に伝えたら、一瞬緊張の表情となった。とにかく、家内にとっては唐突なことであり、Kさんがどのような人か知らないのである。

いろいろ説明した結果納得の了解を得た。

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今後会社付き合いを超えて、老後のお付き合いやコミュニティー参加も考えていかないといけないと思う。家内や子ども達は地元の生え抜きであるから友人、知人も多く、いつまでもお付き合いには事欠かないだろう。

一方、僕だけは遠い九州の出身であり、付き合いも限られている。知人友人はみな比較的遠方・遠距離が多いのである。

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「お父さんのお客様なんだから」ということで、GWの始めの方は家の外回りや中の片付け等に追われそうである。

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子ども達はこれまでたくさん友達を連れてきて、お泊りなどもあった。

家内も友人を招待したいと言いながら、リフォームでもしないとくたびれて薄汚れた家では恥ずかしいと、これまではごく限られた友人しか呼んだことはない。

一方で家内の口癖は人が多く来る家は良くなるとか発展するとか言っている。自己矛盾の典型を地で行っている。と僕は思っている。

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この時期は芝生の手入れが重要となる。カタバミやスズメノカタビラ、イヌフグリ等々があっと間に蔓延ってくる。今年はネジリソウが一段と多く見られる。

まずは芝刈り機で短く刈り揃えて、水を撒いたうえで、除草剤を撒こうと考えていたら、矢もたてもたまらなくなり、昨日実施した。

除草剤は体に悪いのかなぁ?今日は体調が思い。しかし、これは酒の飲み過ぎの影響のほうが大きいとも思いつつ.....

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雇用解約&退職連絡

Mさんは今月一杯で雇用契約を解除されるとのことである。既に20日から出社していないとの事である。電話で長い間のお勤めに対し慰労すると共にこれからのことなどをお話しした。

Sさんも今月一杯で某大手電機メーカーS社を退職するとの連絡があった。来月2日に長男の結婚式を控えて、無職の父では参加したくないと言っていた。メールで慰労と今後の変わりない付き合いを伝えた。

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5/9には3月に退職した同期入社のT君を囲んで有志で激励会を開催する予定だ。なんとこの会の趣旨に賛同して懐かしい女性2名も参加することになった。8年ぶりくらいの再会となる。

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今後も有志を募ってさらにいくつかの激励会を開催する予定である。

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農地維持管理

4/26日今年の農業用水路の清掃活動があった。

当日は東京で資格試験を受験しなければならなかったので、母に参加してもらっていた。

29日に帰宅して母と話したときに、母から水田については人に頼んで耕作してもらおうかと考えていると相談があった。

トラクターでの耕運、作物の栽培、除草等の手間暇やコストと利益のこと、さらに自分の年齢と今後のことを考えると、人に頼んで小麦等の栽培に小作して貰う方が合理的だという話であった。

清掃活動の日に皆から勧められたんですか、と尋ねたら、そうではないという。自分で考えて、これまでの自分の考え(他人には決して耕作権を与えない)を改めようと思ったというのだ。

戦後の農地開放で、多くの地所を安い対価で手放さなければならなかった実体験から、母の中では政治不信がトラウマのようになっているのである。

現在議論されている農地活用のための法改正については慎重にウォッチングしていかなくてはならないが、戦後農地解放のような非民主的とでもいえるやり方は現代ではもはやできないのではないか、と楽観的なことを言うと、そうは信じがたいと応える。

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近所や知り合いの多くの農家で同様の悩みを抱えている。このことは家族と自分にとっても重要な問題である。

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I.Iさん家では最近トラクターが盗難にあったと母から聞いた。鍵はなくても本体だけを盗んでいくという事件はもう何年も前から起こっており、話題にもなっているが、近所で発生したのは久しぶりだ。

母は盗まれたら次のトラクターを購入できる余裕はないと言う。400万円以上はするから当然である。

夜中の監視方法を工夫しなくてはならないと考えている。農地側からのアクセス路は私道であるから、これに門を付けて夜間は閉鎖するのが一番現実的だと考えられる。一方で、毎日の門の開閉作業は負担増になるし、また自家用車の出入りや新聞配達さんは不便になる。家族の同意を得て実施計画を立てようと考えている。

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母は農業用水路の清掃活動参加で、いろんな情報交換をして、有用情報を得てきた。田舎のコミュニティの力はこのようなところにあるとつくづく思うのである。

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単身赴任者の死

家内の勤務先の支社のNo.2の方が突然亡くなられたとのこと。ご冥福をお祈りする。

上記支社の業績アップのために昨年から異動して来て、かなり辣腕を振るっていたとのことだった。家内なども業務見直しや加えてJSOX対応等も重なり残業時間が増えたとぼやいていた。(この不景気の時代に残業とは良いことだと思うが。業績上がらず忙しいだけでは問題だが。)

自宅は長野で、単身赴任であった。月曜日出勤してないので、会社から電話をしたが繋がらず、アパートだかマンションを訪ねたら布団の中で既に亡くなっていたという。

40台後半という若さだったそうで、思い残すことも多く無念であったことだろう。

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自分も単身赴任であり、常に脳と心臓の病気や発作を気に掛けている。アパートに一人で居るときに倒れた場合は最早諦めるしかないとも思っているので、そのようにならないよう予防対策が肝要だろう。しかし、最近は体重が人生最高を記録し、健康指標も多くが悪くなってきている。危険な兆候である。

最近の毎日の健康習慣は朝の総合ビタミン剤の摂取と就寝前に水を飲むことだ。前者はビタミンバランスを維持し、後者は宝水というやつで、特に血液循環を良くし、老廃物の体外排出に効果的だろうと信じている。

今後はさらに食事管理に気を配ろう。まず野菜や海藻類をたくさん食べ、量を制限しよう。今は亡き祖母は腹八分をきちんと実行していた。あの姿を思い出しお手本にしよう。まだついつい食べ過ぎてしまう傾向がある。加齢と共に新陳代謝の力も衰えてきたので、一日に必要なエネルギーも減っているはずだ。T君は細君の協力も得て一膳のご飯量を計量して制限していると言っていた。久しぶりに会ったらほっそり艶のよい顔色になっていた。

あとお酒の量を減らさないといけない。今も週休二日は実行しているが、さらにその倍週休四日を厳守しよう。飲みすぎた翌日など肝臓の辺りに鈍痛があるようで気になってきているし、知り合いの某弁理士さんは酒をやめてスマートになったと言っていた。

バナナもグレープフルーツもダイエットに効果が無かったが、食べすぎ飲みすぎの悪影響の方が大きかったのだろう。バナナとグレープフルーツには申し訳ないことだ。キャベツダイエットに挑戦しかけているが、これはやや辛い。こんな苦労をするよりは、ご飯とお酒の量と回数を減らした方が楽かもしれない。

次に運動だが、このところ飲み会が多かったせいで、毎週のウォーキングをサボってしまった。今は季節的には(ヒノキ花粉を除けば)最高であるのに、その機会を失してしまった。勿体無い事だ。今は木刀の素振りを風呂上りや就寝前にやるようにしている。歩いて足は鍛えられるが、上半身は運動不足になっているのでこれは良いと思っている。さらに肩を大きく動かすので五十肩の予防にも良いだろう。

しかし、昨晩風呂上りに腹筋運動をしてみたが、丸っこい締まりの無い肌艶のない下腹が目に止まり、つくづくこれではいかんと思った。

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アパートで倒れたときもすぐ諦めるばかりでなく、万一そのような緊急事態が発生したときの対策についても見直しておく必要がある。

現在は朝夕必ずモーニングコールと帰宅コールを家内とする。これで万が一倒れても一日以内には異常事態には気付くことだろう。

家内からはアパートでは携帯が何度も繋がらないと不安になるから、なるべくマナーモードを解除しておくようにと言われている。しかしこれは仕事や付き合い上は難しいときもある。アパートではなるべく解除している。固定電話もあるしさほど気にしていない。むしろ、トイレとか風呂に入っているときとか、調理中で火を使っているときとかに掛かってくるので出るに出られないことが多いのである。ただ、電話が掛かってきて1時間以内にはこちらから掛けなおす等をルール化していないと、異常事態発見には繋がらないかもしれない。伝言機能の利用や、携帯電話を二つ利用するなど、有効で実行できそうな改善策を検討しようと思う。

問題は異常事態発生時の対応と処置だが、家族間で決め事は無い。とりあえず会社関係者に電話して貰うしかない。しかし、ここのところの連絡網について家内にはよく教えていない。今後きちんと情報を伝えておくことにしよう。

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今度のGWの予定は今のところ何も無い。巨大地震発生時の家族間連絡や対処の方法などの家族内ルールを決めるのも良いかもしれない。

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農業技術

近所でも耕作放棄地が増えてきた。

菜の花を植えているところなどこの時季はきれいで良いが、その菜の花も何年も経ると、あるいはその種子が近隣に落ちて成長すると、巨大な大根のような根っこができて土地をあるいは畦道や畔を破壊する。

菜の花が無い耕作放棄地は雑草の天下だ。もとの美田や畑地に戻すには荒れるまでに要した時間以上の時間と人の努力が必要になると言われる。

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さて、我が家も農地を保有しているが、後継者が育っていない。ご近所のじじばば様たちからは「勤めを退職でもしたら少しはやるつもりかい?」などと良く尋ねられる。

「退職でも」の「でも」にはリストラにあって勤めを辞めさせられたりしたらという、自分の意志とは無関係の社会経済事情を織り込んだ含みがある。じじばば様たちは恐いもの知らずで、単刀直入にずけずけとした物言いをするから、時に悪意があるかのように嫌味ったらしく聞こえることも無い訳ではない。

家内はそれに対して丁重に否定する。「素人がちょっことやったところで、何十年もノウハウを積んできたじじばば様たちのように、商品になるような作物は作れませんから。ほほほ。」

翻訳すると「誰がやるもんですか!」である。

しかし、その場に居合わせ、彼らの会話に加わりたくないと傍観者然としている自分個人としては、大地から見事な作物が生まれてくることに関してとても素晴らしいことと密かに思っている。

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先週末、亡父のポン友だったAさんから電話があり、レタスを取りに来いと言う。眼底出血をして医者にかかっているところなので運転できないから、そちらから来いというのだった。

手ぶらで行くのも行き辛いと家内と話していたところ、母がほうれん草を取ってきてくれた。これで多少バーターになるだろうということなのだが、僕がほうれん草を作ってないことは明々白々のことだ。缶入り十六茶のダンボール一箱も付けていざ訪問した。

以上の準備のために、電話があってから多少時間が掛かったせいか、僕が自宅を訪問するとAさんは外に立って待ち構えていた。二言三言挨拶を交わしたところ、「レタスは畑だ。今見せに連れてってやる。」と言われた。

軽トラックに二人乗りして、荷台に空ダンボール一箱を載せて、Aさんちのレタス畑の見学に向かった。車で行くほどでもない距離にその畑はあった。

みごとなレタスのじゅうたんが行く筋も見える。野菜というよりは薄緑色のきれいな花の帯のようだった。Aさん自慢のレタスである。

「ここまでできるようになるまでに30年掛かった。どこを採っても特級品だ。」

「選別作業は要らないんですか?」

「うん。採って行くはしからダンボールに詰めるだけでいいんだ。ここの一反で約○○○円くらいの出荷額かな。今年はこの約10倍を作付けてある。」

「すべて露地栽培ですか。病気にもならずにこんなにきれいに育つなんて、ここまで来ると楽しいでしょうね?」

「30年掛かった。」

(はい、良く分かりました。)

その後10個の新鮮レタスを空のダンボールに採ってもらい、再び軽トラに乗って移動し、まだ採り入れには早い生育中のレタス畑とスイートコーンの栽培温室を見せて貰い、Aさん宅に帰ってきた。

それから1時間ほどいろいろな話題で話し込んだが、ここに来る途中でショッピングモールに置いてきたかみさんから待ちくたびれたコールが掛かって来たのでお暇した。

自宅に帰ってレタスを分けながら、見事なレタス畑を見せてもらったことを家内と母に話した。

「でしょう!商品になるにはそれだけの苦労が要るって。」

「それにしてもAさんは働き過ぎだよ。奥さんも身が持たなくなるんじゃ?」

貰ってきたレタスは外側の葉まで艶があって捨てるのが惜しいくらいで、噛むとしゃきしゃきした歯ごたえが良くて甘く感じて、苦味やエグ味が全く無く、例年のことながら最高級というのもうなずけるものだった。

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農業収入は昔ほど儲からないということである。たいへんな肉体労働をして、見事な作物を作っても、肥料や資材や光熱費や運搬費用等を引くと、利益はあまり出ない。

さらに、たいへんなノウハウを蓄積してきたのに、後継者が居ないために、名人達の引退と共に田畑も知識も失われて行く。

名人達が健在な内に、彼らの知識・技能・ノウハウ等を何らかの形にして残せないものかと思う。

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レタス畑

レタス畑
おみごと!
萎れた葉や枯れた葉など一つも無い。
どれもがどこもがフレッシュ。

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牡丹、スノーポール、タンポポ

牡丹、ノースポール、タンポポ
牡丹、ノースポール、タンポポ
牡丹、ノースポール、タンポポ
牡丹、ノースポール、タンポポ
黄色いのは花?じゃなく突然変異したと思われるマサキだった。蛾の黄色くなった幼虫がたかっていたのにも驚いた。

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カラスの巣

カラスの巣
カラスの巣
桜の木の高い梢に今年も巣をかけた。昨年と同じ場所。
巣の内側は犬のものと思われる長い毛や農業用の寒冷紗の切れ端が敷かれている。そのすぐ外回りの細木の枝は見事な同心円状を成して編まれたよう。更に最外殻はやや太い直線状の木枝を相互に重ね合わせて頑強な構造体を形成すると共に、桜の木の太い複数枝の又を選んでしっかり固定するように引っ掛けてある。
釘も接着剤もなしに、クチバシと足だけで作ったのだから、驚くべき能力である。

昨年カラスの巣に気付いたのは農業用水路の清掃日のときだったので、5月3日だったが既に卵が産んであった。今年はそれより2週間早いのでまだ卵は無い。

なお、今年は農業用水路清掃日が4月26日(日曜日)に早まった。連休を利用して家族で出かける人たちが連休初日を使えないということで、例年の5月3日実施に反対意見が寄せられ、地区委員長が4月最終日曜日に変更したそうである。それはそれで良いが、自分は既に4月の予定を立てていたので、26日は母に参加してもらうようお願いすることとなった。カラスの巣も今度からは皆の目にとまる日が早まることになりそうだ。

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歓迎会

春の定期異動で新しく仲間に加わったY君を歓迎する飲み会をやった。

3月第3週からの異動発令だったので、もう大分一緒に仕事をしてきたが、メンバーから日々楽しく一緒に仕事をさせてもらっているとのコメントが出されるなど、良好な滑り出しと喜ばしく思っている。

歓迎会では、「互いのパーソナリティー理解を深める会にしよう、酒は潤滑剤だ、たくさん飲もう!」と乾杯して始まった。

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いろんな話題が出て面白かったが、独身者の「婚活」は盛り上がったものの一つだった。

冒頭に「既婚者の話は結婚の苦労話が多くて、婚活に向かう気持ちを萎ませる。」などの意見があったので、既婚者側として「良いところの方が多い、「独身ではまず出かけない場所に行ったり、喜びや楽しみも分かち合えるし、自分一人じゃ諦める所を頑張る力も引き出される。」等々、長所面も強調しなければならなかった。

出会いが無いなど深刻な現状や、自分の好みやパートナーに希望する要件島は曖昧(敢えて開示しなかった?)など、婚活もいろいろたいへんなんだなと話を聞いて感じた。

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潤滑油はまた十分過ぎるほどにいただいてしまった。自分はあまり潤滑剤は要らないのでないかとも思ったが、年長者として適度に酔った姿である方が良いだろうなどと勝手に思い、常にお酒が手元にあるようにしたためだ。とは口実である。

日本酒にこれまで飲んだことの無い銘柄があったので、ついついオーダーしたのが本当である。純米酒ばかりをいただいた。埼玉の「神亀」、静岡「正雪」純米酒、青森「田酒じゃないやつ」等々。

ただ、このお店は一杯の値段はかなり割高と思ったが、冷酒用の器が馬鹿でかかったのが、飲み過ぎた一因でもある。

デザインは普通のぐい飲みで、底に濃い藍色の同心円が描かれた白焼きのもので何の変哲も無いのだが、容量が凄かった。うかうかするとすし屋のあがり湯のみぐらいもあったのだ。

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二次会で甘党派はケーキセットを食べ、コーヒー等をいただいた。それでも会費予算が余ったそうなので来月また飲もうということになった。

本日上半期MBOも提出したが、不況に負けず、良いチームワークで好業績を達成することを願う。

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経済危機と金融のこと

今朝のNHKニュースで米国リーマンブラザースのCEOに対して、米国民がその自宅まで押しかけて、本人や夫人らしき女性に向かって「金の亡者。お前のせいでたくさんの人たちが苦しんでるぞ。」みたいなことを叫んでいる映像を見た。

米国民は自分なりのやり方ではっきり自分の意見を言うところがあると感じた。

一方、タイの「赤シャツ団」の件、民主主義の本当の姿では無いにしても、自分たちの意見を現政権に対してぶつける姿は、日本人には見られなくなった国民性だと思う。

今年の新入社員についてのロッカールームでの会話を思い出す。

K氏(総務兼務M)「今年の新人もまじめだけど大人しいようですね。元気のよさそうなのは一人くらいでしょうか。」

S氏「この頃はそれが普通になってきましたね。自分の子どももそういう風に育ててきたけど。自分の昔と比べても大分違いますね。昔は学生運動なんてやってた訳ですからね。Nさんの時はどうでしたか?」

N氏「僕が大学に入ったのは、まさに安田講堂が占拠されて東大入試が中止になった時だったよ。」(その時の某国立大卒であるからかなり優秀な成績だったのだろう。)

若者に限らず、年長者含めた大人も総じて日本人はおとなしくなったのではないだろうか。今の時代は一人ひとりが正当な怒りをもっと表してもいい時ではないかと思う。

尤も今より大分以前からそれに似たようなことは言われている。しかし、日本人の国民性は臭いものにはフタ、問題は先送りが常套のようになっている。これは黒船来航のような天地をひっくり返す大事件が起きたときにもそうだったと本で読んだことがある。海に囲まれたことが防衛上の最大の強みとして鎖国政策を採ることが最も安定・安全と思われていた時代に、はるか海上から江戸城にまで大砲を打ち込まれるという想像もしていなかった脅威にいきなり遭遇し、海に囲まれていることが一転最大の弱点になるという大変化に臨んでも、当時の幕府は真っ向からその問題に対処できなかったと。

今回の経済危機に臨んでも、我が国のトップリーダーたちは何のビジョンもロジックも示さないように感じている人が多いのではないか。地方自治体選挙、総選挙と言っても何の変革を期待できるのかと空しいばかりである。せめて、国の政治等を預かる者は諸外国のベストプラクティスにでも学べと言いたい気持ちである。

そのように思っていたところ、今日は非常に良い参考になると思う記事に出会った。経済における銀行等金融機関の使命に関するものである。忘れないように一部抜粋して書き止めて置こうと思うのである。

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マイクロファイナンスと呼ばれるユヌス博士の試みは、従来の援助志向では果たしえなかった貧困層の自助努力を生み出し、バングラデシュばかりか世界の貧困国に伝播している。ユヌス博士とグラミン銀行はこの輝かしい成果のために、2006年度のノーベル平和賞を授与されている。

その借り手の97%は女性であり、彼女たちは3035ドルというわずかな額を借りることによって自営自立をはじめ、次第に牛や鶏を飼ったり事業規模を大きくして世界最貧困の境遇から自ら脱出している。

博士の言葉

「従来の銀行は金持ちを対象にするが、私たちは貧しい人を。従来の銀行は男を対象にするが、私たちは女性を。従来の銀行は都市で業務をするが、私たちは農村で。従来の銀行は担保を取るが、私たちは取らない。従来の銀行は借り手の過去を調べるが、私たちが興味をもつのは未来だけだ。」そして、「人間には限りない力がある」

(一橋大学イノベーション研究センター長・教授 米倉誠一郎「グラミン銀行とユヌス博士」)

日本や米国では政府によって銀行が救済されても、その銀行からさらに個人や企業に資金が十分に流れるとは限りません。

政府がいくら銀行にもっと積極的に融資をしろと言っても、銀行側としては監督当局の審査に耐えられなくなる等という理由をつけて融資に踏み切らないのです。

結局、日本や米国の銀行は、自分だけが潤ってしまえば、「取りあえずは良し」という考え方なのでしょう。

ところが中国の場合には、銀行がガンガン融資を始めています。前年同月比の7倍の融資額だというのですから見事という他ありません。

(大前研一 今週のニュースの視点より)

渋沢栄一の道徳経済合一説

『論語と算盤』を著し、「道徳経済合一説」という理念を打ち出した。幼少期に学んだ『論語』を拠り所に倫理と利益の両立を掲げ、経済を発展させ、利益を独占するのではなく、国全体を豊かにする為に、富は全体で共有するものとして社会に還元することを説くと同時に自身にも心がけた。

渋沢は、イギリスの堅実な経営精神を導入した。イギリス人アーラン・シャンド著『簿記精法』は、イングランド銀行の重役ギルバートの「銀行業者の心得」を座右の銘として載せている。
 「一、銀行業者は丁寧にして、しかも遅滞なく事務をとることに注意すべし。
  ニ、銀行業者は政治の有様を詳細に知って、しかも政治に立入るべからず。
  三、銀行業者はその貸付たる資金の使途を知る明識あるべし。
  四、銀行業者は貸付を謝絶して、しかも相手方をして憤激せしめざる親切と雅量とを持つべし。」

(ウィキペディア及び渋沢栄一HPより)

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A石さんご尊父様ご逝去

昨日A石さんのお父様が亡くなられた。ご冥福をお祈りする。

A石さんは、先日地区の新旧隣組長会合の時に、公民館の壁に掛けてある世帯主の名札をお父様から自分の名前に書き換えた。

その後、先週土曜日の三地区合同での新旧隣組長懇親会で同席した際に、お父様の様子を伺ったが、今日か明日かの危篤状態にあるとのことだった。

A石さんのお父様はカラオケが好きで、テレビ番組にも出演されたことがあったと聞いている。僕達の結婚披露宴にも出席して一曲歌っていただいたことを覚えている。

A石家は我が家とは昔からの関わりがあり、亡父の若かりし頃までは親戚というより家族にも似た付き合いであったようだ。現在は両家とも世帯主が僕やA石さんの「若いもん」に代替わりしたので、ご近所付き合いだけになっている。Aさんとは犬の散歩コースが家の近所を通るので良く行き会う。

A石さんには弟さんが居て、その弟さんとその奥様が家内と同級生でもある。弟さんには双子の子どもが居て、かって実家に帰って来た時などは我が家の方にも双子ちゃんを連れて散歩に来ていた。我が家の愛犬が逃亡したときに、弟さんに捕まえて貰ったことが一度ある。

お父様の葬儀には家内に参列してもらうことにした。心よりご冥福をお祈りする。

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子別れ(中)_浮名のお勝(かつ)

今週のNHK「日本の話芸」で柳家権太楼の一席を観た。

子別れは落語好きの友人たちも必ず良いという一席である。

「子別れ」は上、中、下からなるが、この中段だけをじっくり聴いたのは初めてであった。また権太楼師匠の高座も素晴らしかった。

これで自分の中で「子別れ」全編のストーリーが繋がった。実に嬉しい。毎週日本の話芸を見てきた甲斐があった。

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先週は桂歌丸の「壺算」であったが、これも良かった。最後に本人のコメントが入っていたのも珍しい構成で、「遊びを入れている、落ちを変えている」などの解説は勉強にもなった。

その後手元の落語辞典や関連する江戸の町を散歩する本等を読み返してみたりしながら、ひと時を超えふた時くらい過ごして寝不足になってしまった。

そういう日に限って仕事の後の飲み会のお誘いがある。このところの日中は汗ばむくらいであり、ビールが美味かろうと出かけて行って、燗酒、焼酎お湯割り、焼酎サワーと相当飲んでしまった。子別れの大工・熊五郎にも負けないくらいの無計画な酒飲みだ。

毎年この時季(誕生日から結婚記念日の頃)はヒノキの花粉で頭が重たいのだが、夕べの深酒のせいか今朝はそれに加えてずきずき痛みも感じた。

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そういえば今日は父の誕生日だ。お祝いの携帯メールを送ろう。二日酔いでなどと言い訳できない大事なことである。

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叱って育てる_新入社員研修

NHK朝のニュースで紹介していた。「鉄は熱いうちに打て」だろうか。

研修風景を見たが、自分は御免被りたいと感じた。新入社員なら抵抗無く受け容れられる研修プログラムなのであろうが、ある程度キャリアを積んだビジネスマンから見ると、パワハラにも見えるような内容だった。分かりやすい例を続けて取り上げたのかもしれないが、いつも怒り口調や叱るだけの上司では、職場の雰囲気・環境は良くないのではないか。その方が企業にとっては無垢な新人より先に解決すべき問題なのでは?ということにもなるのではないか。

ケースA:上司役の講師がA君を呼びつける。A君が手ぶらで来ると、「どうしてメモ用紙を持って来ない。」と叱る。

ケースB:それを見ていたB君が次に呼ばれる。メモ用紙を持っていく。上司は「コピー2部を配付してくれ(だったか?)と頼む。」B君は書類を受け取る。すると「配付の仕方は?」「メモを持っているのに何故メモしない。」等と叱られる。

予め基礎実務訓練をして、学生と社会人との違いを教育してからの復習の意味での研修なら、間違った行動を叱ることも理解できる。しかし、いきなり上記のような叱るやり方だけで教えられたのでは気分は悪いし効率も悪いと思う。叱るということでインパクトを以って相手に伝わるということだろうか。

第一この講師の上司役はダメ上司の見本みたいではないかと感じた。このようなコミュニケーションスキルの乏しい上司とは上手くやっていける人間の方が少ないのではないかと。あるいは自分もダメ社員に分類されるのだろうか???

しかし、このような研修が多くの企業から関心を持たれて問合せ等も多いとのことであった。

最近の会社では社内で基礎実務を教育する余裕やスキルもなくなったのであろうと思う。

「いろいろな社会的背景や新入社員の資質や企業ニーズ等を踏まえて開発されたプログラムである」ことに関して、参考情報を以下に示す。

続きを読む "叱って育てる_新入社員研修"

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結婚記念日

挙式の日を以って結婚記念日としている。結婚指輪の日付もそうなっている。

市役所に届け出た日はその後になっている。

そこでどちらが本当の結婚記念日かとかって家族内で議論になったことがある。しかし、冒頭のとおりで一貫している。

長女の年齢にプラス1すると結婚生活年数となる。

先日「早く起きた朝は」という番組だと思うが、結婚記念日を銀婚式とか金婚式という呼び方を年数ごとに紹介していた。

年数が少ない時は、壊れたり燃えてなくなったりし易いものに象徴されており、年数がたつと貴金属のような安定したものに象徴されるようになると解説していた。

ネットで調べてみると15年目までは毎年名称がついているが、15年を超えてからは5年ごとになっている。23年目の我々には特別な名称はないということだ。

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夫婦間で祝うもののようだが、今年は子ども達が整体とマッサージのサービスをプレゼントしてくれることになっている。今度の日曜日の午前中にそのマッサージ店に行くことになっている。

何でマッサージを選んだかはサプライズ的な趣向だったので良く訳をきいていない。温泉とかだと両親の休日の予定を事前に調整しなくてはならないので却下したようだ。かみさんから姿勢が悪いとよく叱られている様子を気にしたのか?

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いやさか and いやさかえ

「弥栄」の読みについて、麻生首相の再誤読と報道されたニュースは、マスコミの方が間違っていたとのことで、「いやさか」も「いやさかえ」もどちらも正しいとの結論のようだ。この誤報の顛末についてはあまり情報が無い。当然のことながら誤報を謝る記事も無い。首相批判しっぱなしで責任を取らないみたいなマスコミ体質は困ったものだと思う。ペンは武器より強し。力ある者は正しくそれを使う責任がある。

「弥栄」については個人的に高校時代の国語の先生の思い出がある。

高校入学して最初の国語の授業であった。A月先生は見た目に老人であったが、長身で背筋をピンとのばし、白い口ひげを生やしていた。茶色の(?)ブレザーにネクタイ姿で左手に教科書を開いて持ち、のっけから大声で講義を始めた。

授業の内容より脱線話の方が記憶に残っている。例えば、「良い作品を残している文学者は大概大学中退だ。」は著者経歴の解説で必ず出てくるコメントだった。「良い大学に行くのは良いが、卒業するようじゃまだ駄目だ。」には皆失笑したものだ。

そのA月先生が、「万歳に置き換えようとされた言葉があるが知ってるか?」との質問をされた。その時の先生の解答が「弥栄」だったのだ。黒板の前で万歳の代わりに「弥栄三唱」をやってみせたのが強烈な印象として残っている。

不肖の学生であったが、どこか斜に構えた生き方の恩師の教えは今も自分のどこかに生き続けているような気がしてならない。

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奇形と化した人間?

新聞や雑誌のエッセイを読むのが好きだ。最近はフリーマガジンなどにも結構良いと思うエッセイがあって毎号楽しみにしてたりする。

筆者の思想に触れて、多様な世界観や考え方を知り、一方自分なりの感想を思い、あるときは自分の思想の参考にする。手軽な気分転換や脳トレーニングになっていると思う。

毎日新聞のくらしナビ欄に直木賞作家篠田節子氏のエッセイがスタートした。題して「男子禁制!ロッカールーム」。第1回は「色恋より重要なことって?」である。

男としては「一体何が書かれているのか?」と興味を惹かれた。全文は今日の朝刊11面と次のURLで読める。

http://mainichi.jp/life/housing/news/20090411ddm013100117000c.html

篠田氏が直木賞作家ということは読後に知った。直木賞を受賞した他の作家のエッセイも読むことがあるが、自分にとっては面白いと思うものが多い。さすがだなと感心する。いつか本も読まなくてはと思っているのだが、こちらは時間的にお手軽ではないような気がしてなかなか実行できない。

さて、上記第1回エッセイの結びのくだりにいろいろ考えさせられた。

『何年もの眠りから覚め地上に出てきて、餌も食べずにただひたすら、交尾の相手を求めて飛び回っては短命に終わる。』蝉の生態を思い、

「無常観とともに、生きるっていうのは、それほど複雑なことではないのかもしれない、などと思う。

 虫と人を一緒にするな、と言われればそれきりだが、進化しすぎた巨大な脳と長すぎる寿命を持ったために、もはや奇形と化した人間は、生の目標と努力の方向を間違えながら、戦争を起こしたり明日の糧まで食いつぶしているような気がしてならない。」

今日のところでは、僕としても、人が生きるのも結局は複雑なことではないのかもしれないに同意する。人も生きている間は蝉と同じように当面の事柄に一生懸命になるだけなのだろう。蝉と違う頭脳で目標と努力の方向を変えたとしても、結果的にさほど大きな違いを生み出すことも無く、蝉と同様に一生を終えるといえないだろうか?

若く経験が多くない人たちは人生を、そのように悟り切ったようには捉えないだろう。若い頃は生来の潜在的情熱に溢れ、苦悩への感受性も高いし、夢や希望への憧れも強烈だろう。

では年を取り、様々な生経験を積んだ人たちは自分の人生を冷静にレビューできるのか?そのような傾向は有り得ると思う。しかし一方で払い切れない煩悩があれば、若い頃とは異質の欲や苦悩や悔恨を持ち得るだろう。

要するに自分にとってはいつも現在進行形なのである。未知の未来に向かって生を全うすることが全てであろう。その点では人間が奇形と化したとまではいえないのでは無いだろうか。人類の進化や築いてきた文明も、人間が奇形と化した結果とまでは言えず、当然の帰結ではないのだろうか。

しかし、今回のエッセイのテーマは一応「恋愛」とのこと。異性の相手との関わりであるという点で、「生きる」上において自分だけの思想感情では解決・解釈できない問題である。

また人も一生物として、第一次的には何かの衝動のようなものに突き動かされるのであろう。しかし、高度に脳化された社会や仕組みの中で、そのような原始的衝動を喪失し、あるいはその衝動の対象や方向が本来のものとすり替わる(異性から同性へなど)個体比率が多くなったりしたら、あるいはそれは奇形の兆候かもしれないと思ったりする。

「色恋より重要なことって?」、で始まったエッセイのこれからの展開からは目が話せなくなったと思うのである。

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春の花咲く

春の花咲く
春の花咲く
春の花咲く
春の花咲く
春の花咲く
ソメイヨシノ、八重桜、水仙、椿

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時代小説の舞台_藤沢周平&深川江戸資料館

藤沢周平の初期の名品集と裏表紙に書かれている文庫本タイトル「又蔵の火」を読んでいる。「主人公たちは、いずれも暗い宿命のようなものに背中を押されて生き、あるいは死ぬ」と作者が語ったとある。集められた各短編のストーリーはまさにそのとおりで、読んでる最中ははらはらしながらも結末に至ると、遣り切れなく暗く重たい気分にもなってしまう。

しかし、別の楽しみ方でこの本を見ている。先週末門前仲町~深川界隈に花見に行ったが、この短編の一つの舞台がまさにそこなのである。

・(六間堀の長屋から出て、)六間堀に沿って北にいそぎ、立川の手前で山城橋を渡った。(中略)松井町二丁目と武家屋敷の間を抜け、右側が常磐町の町屋になった町角で、左に曲がり松井町と林町の間を堅川の川岸に出た。

・堅川の水面には、夜の名残の霧が薄く残り、その下に岸を洗う微かな波の音がした。鶴吉は二の橋を渡った。渡り切って本所相生町と武家の間に入り、武家屋敷の西に続く松阪町の方をみた。

・屋台と、その下に倒れている理助を見つけたのは、一ノ橋を渡り、御船蔵の手前の石置場まで来た時だった。

・久永町から吉岡橋を渡り、山本町から霊岸寺の境内に飛び込んだ。さらに境内を抜けて久世家下屋敷と木誓寺の間の狭い道を走った。海辺大工町から万年橋に出て小名木川を渡るつもりだった。

以上は「割れた月」(島帰りの男と彼を慕う娘とのつかの間の幸せを描いた<裏表紙書き>)からの抜粋である。

他に二編が北千住~上野界隈や深川界隈を舞台にしている。(この作品集は、直木賞受賞後の二編と受賞前の三編の全五編からなる作品集であるが、後者が江戸の情景を描写している。)

常盤新平氏の解説にこう書かれている。「藤沢周平氏の小説を読んでいると、江戸時代の風景が目に見えてくるようだ。(中略)これは藤沢さんの小説の魅力の一つだろう。情景描写が的確であり、実に美しい。」

自分も読んでいると江戸の町が目の前に浮かんで来るような気になる。しかし、そこは実際は見たことが無い江戸の町であって、己のこれまでの知識経験から来るイマジネーションにはおのずと限界がある。藤沢氏の描写した情景との乖離があるのではないかとの不安や疑問は常にある。つまり作者とは別の世界を自分は想像して見ているのではないかという問題だ。

そう感じていたところ、上記先日の花見で「深川江戸資料館」を見学した。これは実に興味深いものであった。時代小説や古典落語を楽しむための知識を得るにはうってつけの展示だとあちこち観て回った。今回の見学でちょっとしたタイムトリップをして、江戸時代に生きた人々の実際の暮らしぶりや臭いのようなものに触れたような気がした。これまでよりもより深く時代小説や古典落語の世界に溶け込んでいけそうな気がしているのである。

またそこで販売していた江戸時代の地図を描いた「切絵図ハンカチ」を買った。これを広げながら藤沢小説の主人公たちの動きを辿ってみよう。あるいは池波正太郎の鬼平、密偵はたまた盗賊になって、その地図を眺めてみようと思う。

常設展示の内容は以下のURLから見れる。「同資料館展示解説書」を買い求めに再訪しようかと考えている。帰りには深川不動尊前の居酒屋に立ち寄るというプランだ。

http://www.kcf.or.jp/fukagawa/index.html

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Fさんのご母堂様逝去(続)

家内に詳しい様子を聞いた。

Fさんのお母さんは89歳だったそうである。

自分で炊事、掃除、庭の草むしり等をやって、家はいつもきれいになっていたそうである。

Fさんによれば手の掛からない年寄りだったとのこと。

生前、自分が死んだら家族だけの葬儀で、ただ花をたくさん飾って欲しいと語っておられたそうである。

葬儀一切が済んだらFさんが故郷の青森に遺骨を持っていくそうだ。そこには既に亡くなっているご主人やご兄弟の墓があるそうだ。

ただ、Fさんの息子さんによればFさん自身が主治医からまだ歩くことも許されていない状態だとのこと。Fさんは車椅子に乗っていたとのこと。3日の内には横浜(東京ではなかった)の病院に連れ帰るそうだ。

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Fさんのご母堂様逝去

Fさんのお母さんが昨日亡くなられた。ご冥福をお祈りする。

隣組のFさんはご自分が脳溢血で倒れて東京の病院に入院されていた。

Fさんのお母さんは息子の病状を考えて、本年度の隣組、地区、区の環境衛生委員の役を降ろして欲しいと、つい先週の土曜日ご近所のYさんに告げられ、そのYさんからの連絡を受けて日曜日に確認に伺ったばかりだった。Yさんに途中呼び止められて用件は済んだ形となり、Fさんのお母さんに直接会うことはしなかった。90歳を超えるご高齢だと聞いていた。

そのお母さんはFさんが入院して以来、一人暮らしをしていた。ほぼ毎日の夕方孫たちが代わる代わる様子を観にきては、9時頃に帰っている様子だとYさんから聞かされていた。

昨日午後4時頃に救急車がFさん宅にやって来たというので、家の母たち近所の人たちが遠巻きに心配して様子を伺っていたそうだ。その内、救急車がサイレンを止め、長らく停車したままになったそうである。そして午後6時を過ぎた頃になって、今度はパトカーがやってきたという。この辺りの状況が本年度の隣組長だというので僕の携帯電話に逐次報告されてきていた。

夜になってとうとうFさんのお母さんが亡くなったことが分かった。なんとFさん自身が病院から電話を掛けて知らせて来たのである。

たいへんなことになったと大騒ぎになった。とりあえず、隣組のTさんとSさんの年配男子二人にFさん宅を訪ねて貰った。しかし、検死中ということで状況も今後の予定についても全くことは進まなかった。

大分遅くになって今日のお昼に都合のつく人達だけでFさん宅を訪れようということが決まった(口見舞い)。Fさんも息子が連れて帰ってくるということだった。

そして今日、家からは休日であった家内に行ってもらったが、隣組も集まった中で、Fさんとして家族で密葬とすることを決めたそうである。

隣組としては葬儀一切をしなくて良いということになったが、亡くなったFさんのお母さんは生前お花が大好きだったというので、お金を出し合って生花を買ってその花で飾り、送ろうということを決めたとのことである。

息子さんが脳溢血で倒れたことから、いろいろと日々の生活の負担や心労が掛かったのでないかと思うと不憫に思われてならないし、自分たちとしてもっとお世話してあげられなかったかと悔やまれる。ショックな出来事である。

心よりご冥福をお祈りする。

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2、3分咲きの誕生日かな

昨日は11:00集合で、晴天の下、門前仲町から深川、清澄白河、錦糸町界隈を、名所、旧跡、博物館を辿りつつ時折花見やショッピングをしながら散策した。深川名物あさりの蒸篭蒸しご飯のお昼はとても美味しかったし、清澄公園では柏餅を食べて疲れを忘れた。続いて4時間のカラオケ、締めは漬け麺で19:00頃解散となった。楽しくてハードな春の例会であった。

アパートに戻り帰宅した旨を家内に告げた。単身赴任なので無事故安全を連絡するのは義務みたいなものである。ここまではたとえ酔っていてもしっかりしていなくてはならない。

ところがこの夜は家内からの意外な報告が待っていた。

隣組の環境衛生委員のFさんのご家族から本年度の役を降りたいとの正式な連絡があったというのだ。Fさんは横浜で仕事中に脳溢血で倒れられたそうで、もう一週間以上も帰宅されていないという。

結局、Fさんには治療に専念して貰い、委員の役目は同じ隣組の誰かに引き受けていただかなければならないということになった。

我が家の隣組の委員の交替だけなら組の中だけで解決して構わないだろうが、Fさんは8つの隣組からなる地区の代表であり、さらに3つの地区からなる区の支部長の重責も担っているのだ。

交替で受ける新委員の方に全て引き継いでもらうには荷が重過ぎると思われた。

そこでまず区長さんに電話して、今後の進め方を相談した。その結果、組内及び地区内の協議で決定された事項を報告するだけで良いとの了解を貰った。

結論として、まず我々の組から新委員を選出し、それが決まったら、隣組長の代表Iさんに連絡して、1組から8組の隣組長全員に召集を掛けて貰い、そこで再度地区の代表を選出するのだ。このとき、代表は区の支部長も受けて貰うこととなる。

以上は電話だけでは用事がすまないと判断したので、日曜日早朝に自宅へ帰ることを決めた。

花見で盛り上がり高揚した気分とアルコールを鎮めるまでに暫くの時間を要したが、速やかにベッドに潜り込んで5時起床の目覚ましをセットした。

携帯目覚ましはちゃんと5時に鳴った。が起きられなかった。6時を過ぎたところで再び目が覚めた。これはいかんと飛び起きて洗顔と歯磨きをして、私服に着替えた。今日の朝食と昼食用に買っておいたカツサンド、コロッケバーガーをビニール袋に詰め込み、ペットボトルのお茶を持って階段を駆け下り、愛車に乗った。6時20分を過ぎていたろうか。ナビで行き先決定すると目的地の自宅到着を9時過ぎという。

道は思ったより空いていた、鳩ヶ谷街道に出て、国道122号、国道16号、国道17号、17号バイパスと順調に進んだ。自宅到着はなんと8:00だった。これまでの最短記録を更新した。

自宅についたらかみさんが玄関で出迎えた。真っ赤に充血した目をして鼻声であった。花粉症である。ヒノキの花粉症である。スギ花粉症でもあったが、ヒノキの季節になって一層酷くなったとのこと。

余談だが、この日の午後かみさんと話したら、以前職場の若い女の子と花粉症の悩みを話し合ったことがあるという。その時自分はヒノキ花粉症だと言ったらスギ花粉症のその子から「ヒノキなんて高級ですね。スギより高級です。」と言われたと言って笑っていた。花粉症に高級も何もあるか!ということだ。「目くそ鼻くそ」と補足して笑っていた。鼻炎薬も効いてきていたのか笑いが出るようになれば大丈夫だと思った。スギ花粉症の女の子も思い出すたびに笑わせてくれるから良い花粉症対策の一つに加えてあげようと思う。

大分話が逸れてしまった。荷物を家に置くと、まず隣組長代表のIさんに事情を説明するための電話をした。あいにくご主人は留守で、奥さんが出た。かいつまんで話してご主人が帰宅されたら電話を掛けて貰うこととした。ほどなくご主人から電話があったので、昨夜の区長との相談結果等を伝え、代表としてお骨折りしていただくことの了承を得た。

そこでさっそくFさんのお宅に向かった。しかし、高齢のおばあさんしかいない、お孫さんは夕方の一時しか訪ねてこないとのことで、お隣のYさんにこれまでの事情を再確認した。もはやFさんには治療に専念してもらうしかないことが分かったので、次の順番のNさん宅に向かった。奥さんに事情を説明してほとんどおしまいというところでご主人が帰って来た。再度同じ説明を頼むと奥さんがいうので始めから説明して納得してもらった。結果的に新委員を快諾して貰えた。ホッとした。

早速隣組長代表のIさんに電話した。Iさんは早速今週の土曜日の9:00に公民館に集まるよう地区内の環境衛生委員さんたちに連絡して、了解を取り付けてくれた。北朝鮮が飛翔体を打ち上げたと大騒ぎの日にも拘わらず、みなさんに連絡できたとは素晴らしいことだ。

ということで、この件は土曜日の代表選出会議を待ち、その結果をIさんから区長のKさんに伝えて貰って一応決着する運びとなった。

なお今度の土曜日夜には区内3地区の隣組長の新旧引継ぎの懇親会が予定されている。我々としてはそのときまでに新代表兼支部長選出を決着せねばならないのである。

***********************

この日は54回目の誕生日だった。

大宴会の花見の翌日の早朝から遠距離ドライブを強いられ、隣組内を走り回った。(ついでに上半期の区費2000円を徴収して廻った。)

さらに北朝鮮のミサイルだか衛星の打ち上げは結局当初予想通りのこの日となってしまった。予告期間4日のうちの2日目だった。ご近所を歩き回っている最中にK沼さんとお話させていただいたが、K沼さんは

「ロシアは自国領空を通過するときは撃墜すると言っている。日本は何で何もせずに通過させるんだ。日本は最早一国だけでは何もできない国になってしまった。情けない。」

と憤慨していた。僕も「全くそうですね。」と同調した。話が長くなりかけたのでお暇を言って別れた。

昼食を摂りそこなったので、かみさんと名物の焼きそば(太田市は焼きそばの町である)を食べに行こうと出かけた。ところが、時間が遅くなったせいか、我々の直前の人でその日の分が売り切れとなってしまった。全くついてなかった。

かみさんがユニクロに寄りたいというので駐車場に入った。僕は車から降りずに車で休みながら待つことにした。ポカポカと暖かい車中であった。疲れと睡眠不足もあってうつらうつらして快い眠りに落ちた。と思ったら、すぐ後方で車のクラクションの大きな音がしたのでびっくりして目が覚めた。音のする方角を見ると、ワンボックスカーの運転席に父親に抱かれた男の子(幼児)が居て、その車のクラクションを押していたのだった。あったまに来た。が、その男幼児は周りのことは一向にお構いなし、罪の意識も無く、ニコニコ笑っているではないか。買い物を終えて帰ってきたかみさんだけが僕の不機嫌な顔に気付いた。

夕食の準備に食料品を買って帰った。誕生日だから何かリクエストがあればというので、お刺身とステーキにしてもらった。今晩は晩酌はできない。

家に帰って、特段することもなくなったので、PCのスイッチを入れて、昨日の花見のデジカメ写真を取り込み、整理した。今回は参加者ごとに写真を分けて、なるべく人に見られたくないだろう写真はその人だけに行くように個人フォルダ毎に選り分けた。集合写真と、共通に配付して構わないものはそのようなフォルダに入れた。

そこから参加者10人分の映像をそれぞれCDに焼き付けた。1枚当たり5~7分ほど掛かった。残念なことにCDがちょうど入る封筒が切れていた。百均で買おうと思っていたのを忘れていた。しょうがない、郵送は暫く延期だ。時刻はもう7時になっていた。

風呂に急いで入り、明日からの作業着のアイロンがけやパンなどの簡単な食料品をクーラーボックスに詰めて貰ったものを確認した。娘が帰ってきたので夕食の準備を整えて一緒に食事した。自宅に帰らない当初の週末の予定では味わえない家族との食事ができて良かった。熊本の父から誕生日お祝いの電話が掛かって来た。息子や妹からもお祝いの言葉が携帯メールで届いていた。娘からハンカチと靴下の誕生日プレゼントがあった。一応息子の分も入っていることにしてと弟思いだが、父親思いはいまいちのお言葉だった。でもありがたかった。

ところで娘は今月就職したばかりだ。初給料はどう使うつもりなのか?両親に感謝の気持ちはあるのか?気になるところだったが、ご飯と一緒に言葉もぐっと飲み込んだ。「なるべく計画的に遣って貯金もするように」と忠告助言した。

NHK大河ドラマ「天地人」のストーリーはまた何が何だか分からなかった。番組終了したので荷物を持って出かけることにした。車に乗ったところで、携帯電話を充電しっぱなしで置き忘れたことに気付いた。危うかった。かみさんに取ってきてもらって、行ってきますと出発した。

23:00丁度にアパートの駐車場に着いた。到着メールを送り、部屋に入るとテレビのニュース番組を付けて明日の準備をした。

またまた長くハードな一日だったが。誕生日でもあり、0時までは寝るには惜しいとうだうだと起きていた。最後に瞼が重たくなったので観念してベッドに潜り込んだ。頭の中には明日の予定が渦巻いていた。

そうだ!肝心なことを忘れていた。群馬の自宅のソメイヨシノはまだ2~3分咲きだった。次の週末が満開で見頃だろう。今年の誕生日のめでたさも二、三分咲きほどだった。

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罪を憎んで人を憎まず_中村雅俊会見に思ったこと

長男が大麻所持で逮捕されたということで涙の記者会見の模様を朝テレビで観た。いつもカッコいい姿しか見てきたことがなかったので、少し驚いて画面に観入った。

「『奥さんは息子の顔をひっぱたいてやりたい。』と言っていたそうですね?」との記者の質問に対して、

「ひっぱたいてやればいいんです。」と答えていた。

しかし「ご自分が今息子さんに会われたらどうしますか?」の質問に対しては、

「まず抱きしめてやりたい。」と言い、

そして

「きっと更生させます。」

と言っていた。

りっぱな父親の会見であったと感動した。

子を持つ親として、子の不祥事に臨んでどうあるべきかだが、親として子どもに対してそして世間に対して責任を取ろうとする姿勢が表明されていたと思う。言葉としてはそれ以上もそれ以下も言えないのではないだろうか。

中村雅俊は今後の芸能活動を自粛するという。その活動自粛により家族と向き合う時間も多く取れることだろう。頑張って欲しいと心から声援を贈りたい。

氏の長男は31歳という。分別があってしかるべき年齢であり、その罪は厳しく問われ、償われなければならない。親としても更生させる道筋は困難であろう。まずは芸能界から引退させると聞いた。いわゆる普通の人になる訳だ。

そこで、もし、長男自身が心から自分の犯した罪を悔い、身を、人生を改めようと決心するのであれば、それには更生のチャンスを与えるべきである。

人は誰でも間違いを犯す。完璧な人などほとんどいない。セレブであるとか、その子どもであるとかで特別視されるべきではない。法治国家にあって、法の目的は間違いを犯した人を差別し更生の道を閉ざすことではなく、逆に更生をさせるよう導くことである筈だ。

*********************

閑話休題して、

今日の昼のニュースでは森田健作氏が千葉県知事として初登庁の模様も流されていた。タクシーから下りて庁舎に入ろうとする氏に対して、大勢で名前を連呼する声が聞こえていた。

政治不信が叫ばれている現代において、そのような初登庁の様子を見ると、凄い違和感を感じる。氏は今日を迎える前に麻生総理と面会した。また、千葉県だけの力では達成できない政策に対しては中央や近隣都県のメイヤーとのパイプがあることを説明していた。

とにかく今後の千葉県の行方を見守ろう。宮崎や大阪のような知事が誕生するかだ。

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総括

家のかみさんはかって森田氏のファンだったと言う。「俺は男だ」の青春ドラマの主人公のときは最高に良かったと。

僕もそれには同感である。しかし、今はファンではない。

奇しくも同じ青春ドラマシリーズの主役だったのが中村雅俊だ。

満面の笑みの森田氏と涙の中村氏。対照的な画面を一日の内に観た。

しかし、現在自分が、人間として信用して、信頼できそうなのは後者の方である。

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深川で芭蕉の俳句が読める川べりのサクラ満開20090404。

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入社式挨拶メモ

業界新聞から目に止まったものをメモ。

希機-現在の経済危機も希なるチャンスと捉える。(岩崎隆夫 クレハ社長)

3H-Cool Head, Warm Heart, Clean Hand(吉田宏 三菱樹脂社長)

「疾風に勁草を知る」、「真のプロ・専門家を目指せ」、「常に温かい気持ち」(金川千尋 信越化学工業社長)

「自分に期待されている役割を認識する」、「第一歩を踏み出す『勇気』を持ち続ける」、「自分ならどうするかを考える」(大西音文 ユニチカ社長)

3つの力:「前に踏み出す力」、「創造する力」、「チームで働く力」(井上晶博 クラボウ社長)

「大局観を持つこと」、「誠実である」、「挑戦を続ける」(菅野肇 ダイワボウ社長)

「壺中一壺の天(こちゅういっこのてん):どこにいても悠々とした天がある。すなわち今いる所が勝負の場所。」、「一期一会の精神で一瞬一瞬を大切に」(香藤繁常 昭和シェル石油会長)

「今の気持ちを忘れずにいよう-成功者とは成功するまでやり続ける人。エネルギーを情熱を燃やし続けよう。」、「学習して成長を続けよう-周りには学習のネタがたくさんある。」見過ごすか、ものにするかはその人の力、まさに人間力だ。」、「とにかくやってみよう-仕事に唯一後退があるとしたら、何もしないこと。新しい方法を試して失敗を受け入れることこそが物事を前進させる。前進の積み重ねが個人と組織の成功につながる。」(江守康昌 日華化学社長)

協調性と独創性(田中譲 川崎化成工業社長)

常に興味と好奇心(北村博 シーアイ化成社長)

知性と勇気培え。「体と心の健康」、「他人を思いやる心」、「自分で考える知性」、「行動する勇気」(長谷川吉弘 ハリマ化成社長)

「8勝7敗を評価」(0勝0敗では駄目。)(岸本純幸 JFEエンジニアリング社長)

「基本と正道が大切-自分や家族、同僚、顧客のため一人ひとりが強い倫理観のもと、正直に誠心誠意、行動を」(住川雅晴 日立プラントテクノロジー社長)

以上は化学工業日報(4/2-4/3)から。

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美しくなくなった美少年

熊本の美少年酒造が長い間裏金を貰っていたというニュースには、心底腹が立っている。

幼い頃からCMソングまで口ずさんで馴染んできた故郷を代表する銘柄の日本酒の名声が地に堕ちてしまった。ブランド力があっただけに、受けるダメージもまた大きくなることだろう。

かって美しかった美少年も年を重ねると共にその美貌は衰えていったのか?美少年は今やすっかり汚されてしまった。

裏金の受け取りを知らず懸命に働いてきた人々には実に気の毒だ。

”商人は三方得でいかんとあかん“を最近新聞で読んだ。
商人が、まず第一に考えるべきは、商売を通じてお客様にトクをしていただということ。次に、自分の商売が、社会にとってトクになっているかということ。そして三番目に、以上の結果自分もトクするということ。

上記の二番目が特に大事で、これがない二方得のみばかりを追求し過ぎると反社会的活動となる恐れが出てくるというものだった。麻薬や覚醒剤の売買等が例示されていた。

美少年酒造の社長はそこに思いが至らず、両方得のみの論理で社会に大迷惑・大損害を与えてしまった。

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エイプリル・フール

今エイプリル・フールであって欲しいと思うこと。北朝鮮のミサイルだか人工衛星だかの発射計画のニュース。でも正午を過ぎてしまった。嘘だと誰も言わなかった。

全く冗談じゃあない。よりによって自分の誕生日に日本列島を跨いで飛行させる実験だと聞く。

個人的に、日本国民的にも世界平和祈念的にも、その全く不必要で横暴で傲慢な実験計画に大反対だ!!

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祝!新社会人!!

本日長女が入社式だった。いよいよ自分の力で歩む第二の人生の第一歩を踏み出した。

朝携帯メールで応援メッセージを送った。

なお、明日は会社の新入社員との顔合わせ、明後日は新入社員研修の第1講義を担当だ。明日の挨拶の言葉を考えなくては。この世界経済がたいへんな時に社会人としてのキャリアをスタートさせることに対して何か言いたいのだが....

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鬼平犯科帳シリーズⅤ 艶婦の毒&駿州・宇津谷峠

鬼平犯科帳シリーズⅤ 艶婦の毒&駿州・宇津谷峠

第12話 艶婦の毒

平蔵、亡父長谷川宣雄(のぶお)の墓参のため一月の休暇を貰って京都への旅に出る。

部下達はお供になろうと猛アピールを試みるが、平蔵は木村忠吾を供にすることに決めていた。

忠吾は京都までの道のりの各宿場で平蔵が泊まる宿を事前に予約するのが勤めだった。忠吾にとっては気楽な旅であったが、女癖からとんだ事件に巻き込まれる。

平蔵は忠吾が気付かぬ内にその事件を解決する。

お豊は平蔵が20年前に分かれた京都の女だった。忠吾はお豊に遊び相手にされるが、一度情を通じたために忘れられなくなる。

「お前のためなら主も要らぬ、お前のためなら親も要らぬ、お前の他は何も要らぬ。」

お豊は盗賊の引き込み役であった。平蔵は忠吾に外出禁止を言い渡し、忠吾が何も知らないうちにお豊を京都奉行所に召し捕らせる。

後に忠吾は外出禁止の日にお豊が待ち合せた場所に来ていなかったことを知り、残念に思い悔しがるもさらに不審がる。

頭の中の大半は次の言葉で占められながら。

「主も要らぬ、親も要らぬ、お前の他は何も要らぬ。」

お豊 山口果林、

浦部彦太郎(かって平蔵親子が世話になった人の息子)柴田侊彦

*****************************

第13話 駿州・宇津谷峠

平蔵、京都から江戸への帰り、藤枝宿での物語。

おまさはかって命を救ってくれたお茂を密偵として追うことになった。

しかしお茂は盗賊仲間を裏切り、裏切られて殺されてしまう。

おまさはかって自分を助けた時の懸命なお茂の印象が忘れられないでいたために、お茂の死を悔やむ。

平蔵「まだ己を責めているのか?」

おまさ「いえ、そうではございません。」

平蔵「では何を考えておるのだ?」

おまさ「私を川から助け上げてくれた時の、あの歯を食いしばって真っ赤な顔をしたお茂さんの顔を思い出しておりました。」

平蔵「それがお前のお茂さんだ。これからその女は別人だと思え。」

おまさ「別人だと?」

平蔵「そうだ。悲しいことに時として人は変わるが、思い出だけは変わらねえ。お前のお茂さんはいつまでも生きてるよ。」

おまさ、微笑みを見せる。

平蔵、うなずく。

お茂 二宮さよ子、

臼井の鎌太郎 誠直也、 藤枝の久蔵 立川三貴、 音五郎 金子研三

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