講談「朝顔日記」
日本の話芸 講談「朝顔日記」 一龍斎貞心 ~東京・ニッショーホールで録画~
毎週火曜日午後放送の「日本の話芸」をこのところ毎週観ている。落語を聴くのを楽しみにしているからである。が、今週は講談だった。
講談と落語の違いは前者が歴史の事実を語る点であると何かで読んだことがある。以前立川談志師匠のCDを聴いたら、講談を演ってるものがあったが、落語とは一線を画す話芸である。
上記の講談はなかなか良かった。長い話を短くして、山場を二つ入れた構成とのことだったが、特に後の山場の大井川の宿場町での話は素晴らしかった。
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なお、「朝顔物語」全編には今回の講談では語られなかった部分が相当あるようだ。
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前回聞いた講談は、NHK「お好み寄席」での宝井馬琴、「仙台の鬼夫婦」だったが、これも義理と人情に賢妻と出来過ぎた話だったが、なかなか良かった。
「物書いて卑しうしたる扇子かな」
講談「朝顔日記」(二代目神田松鯉)より。宇治川の蛍狩りで、出会った矢部靱負の夫人・息女深雪らに、銀地に朝顔の京扇に何か書いてくれと頼まれた宮城八十次郎(後の熊沢蕃山)は、「このような結構な扇には何も書かない方が良い」とこの句を引用して断るが、強いて頼まれて、催馬楽「露のひぬ間の朝顔を、照らす日影のつれなきに あはれ一村雨の、はらはらと降れかし」と書く。深雪はたちまち彼を忘れられなくなる。宿命的ラブストーリーの開幕である。
【あらすじ】朝顔日記
備前岡山の浪人・宮城八十次郎は優れた儒者で、しかも美男であるが、諸国放浪の後、京都・清水寺で旧知の幇間医者・立花幸庵と出会う。宮城は幸庵のアドバイスによって京都に私塾を開く。塾はたちまち繁盛する。
ある日、宮城は門人と宇治へ蛍狩りに出かけるが、そこである屋形船から流れてくる須磨琴の調べに魅せられる。琴を弾いていた美しい娘の帽子が風に飛ばされるので、宮城はそれを取ってやる。これが機縁となり、宮城はこの屋形船に招かれる。船には筑前黒田家浪人・矢部靱負の妻・操、娘・深雪とその乳母・浅香が乗っていた。女性ばかりの船に乗り移ってしまった宮城は自分の軽率さをくやむが、乞われるまま、朝顔の描かれた扇に、「露のひぬまの朝顔を」という催馬楽を鮮やかにしたためる。浅香は同伴してきた門人に、宮城の名を聞く。以来、娘・深雪は恋わずらいに悩む。
矢部靱負は、深雪に良縁を求めていて、幸運にもたまたま知人が宮城を推薦したので、宮城を月見の宴に招待することに決める。ところが、宮城はかりそめの病のため、この宴に来られなくなる。宮城は残念であるという気持ちを一首の歌に託して送る(宮城は深雪の身元をまだ知らない)。深雪は、これに対し、返しの歌をしたためた短冊を送ってくるので、宮城は、蛍狩りの娘が矢部の娘・深雪であることを知る(ここまでで55ページも費やしてしまう。おそろしいまどろっこしさである)。このいきさつを聞いた幇間医者・幸庵は、二人の間を取り持って大金を得ようと欲を出すが、かねて弱味を握られていた岡山の医師・荻野祐庵の倅・祐仙という男が深雪に恋慕しており、彼に脅されて、祐仙を宮城であると偽って矢部に紹介してしまう。不作法で無学で醜男な祐仙を宮城と思いこんで、矢部は怒りあきれる。宮城の実際を知っている浅香は、女ばかりの船に宮城を招いたことが知れてはよくないので、真実を言い出せない。
宮城は母の危篤を知って生まれ故郷の熊本に帰るが、臨終には間に合わなかった。供養をして、帰途嵐に遭遇した彼は、避難した明石の浦で矢部一家と偶然出会う。深雪は、ここから自分を連れ去ってくれ、と宮城に迫る。死を決した深雪に、宮城はやむなく同意するが、逃避行は突然の船出によって未遂に終わる。
駆け落ちをせずに済んだ宮城八十次郎は、内心人道を誤らなかったことを喜ぶ。やがて彼は、伯父熊沢了庵の亡き後を継いで、熊沢次郎左衛門了介(号は蕃山)と名乗る。備前岡山の城主・池田光政公の乱行(辻斬りや郭通い)を、当初は同調してみせたのち、巧みな計略をもって諫めた熊沢は、三千五百石をもって老臣の列に加わる。これを伝え聞いた矢部靱負(黒田家に帰参がかなっている)は、彼が元・宮城とは知らず、娘・深雪の婿にどうかと考えるが、深雪は熊沢=宮城とは知るよしもないので、縁談を嫌って、宮城の塾を訪ねるために福岡を家出してしまう。すでに熊沢=宮城の塾は京都にはなく、艱難辛苦の末に京都にたどり着けば宮城は行方知れず。深雪は宮城が熊沢であり、今は江戸にいると知って、後悔と困惑と不安のあまり失明する。
大津で親切な旅籠の主人・金田屋善右衛門に救われた深雪は、三味線一挺を頼りに、瞽女・朝顔となって熊沢がかつて扇に書いた催馬楽を歌いつつ、東海道を江戸へ向かう。駿府で主命によってたまたま来合わせていた熊沢と深雪=朝顔は、同じ座敷に顔を合わせるのだが、熊沢は同輩の手前名乗ることができず、翌日密かに対面しようとするが、あいにく川止めになりそうになったので、あわてて出発しなければならず、二人は名乗りあえぬまま別れる。朝顔は後を追ってきた乳母・浅香と対面する。深雪らが江戸へ行ってみると、帰国した熊沢は悪人のために主家を退いて閉門の身になっていた。朝顔は彼にこれまでのいきさつをのべた長い手紙を口述して書き送るが、熊沢は謹慎中であるというので、読まずにこれを燃やしてしまう。青天白日の身になったら夫婦になろう、という意であった。浅香になぐさめられた深雪は、一旦帰国して目の治療をする。父は彼女を死んだものとし、「熊沢山了介寺」に埋葬しろ、と命ずる。郎党・浅香に送られて播州・須磨は熊沢の元へ向かう深雪。ここでようやく才子佳人は結ばれる。その後深雪は早世したが、熊沢蕃山は古河・土井家に仕えて長寿を保った。
(大日本雄辯會講談社昭和4年刊「講談全集第9巻」・神田松鯉師口演版による)
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