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2008年10月

講談「朝顔日記」

日本の話芸 講談「朝顔日記」 一龍斎貞心 ~東京・ニッショーホールで録画~

毎週火曜日午後放送の「日本の話芸」をこのところ毎週観ている。落語を聴くのを楽しみにしているからである。が、今週は講談だった。

講談と落語の違いは前者が歴史の事実を語る点であると何かで読んだことがある。以前立川談志師匠のCDを聴いたら、講談を演ってるものがあったが、落語とは一線を画す話芸である。

上記の講談はなかなか良かった。長い話を短くして、山場を二つ入れた構成とのことだったが、特に後の山場の大井川の宿場町での話は素晴らしかった。

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なお、「朝顔物語」全編には今回の講談では語られなかった部分が相当あるようだ。

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前回聞いた講談は、NHK「お好み寄席」での宝井馬琴、「仙台の鬼夫婦」だったが、これも義理と人情に賢妻と出来過ぎた話だったが、なかなか良かった。

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菊花

菊花
ピンクに白の縁取りが葉の緑に映えて

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鬼平犯科帳スペシャル_熱海みやげの宝物

ビデオ鑑賞。鬼平旅先での物語りで、奥方を伴って静養のために熱海に来ているところから始まる。前回鑑賞の「兇剣」と偶然にも旅つながりとなり興味深かった。今回は小田原辺りまで部下達も江戸から掛け付け、鬼平を助ける。

このビデオを鑑賞するためにはいくつかの鬼平専門用語の知識が必要である。特に以下はキーワードである。

急ぎ働き、嘗め役、嘗め帳(その他、盗人宿、つなぎ等は当然のように出てくる。)

この作品では嘗め役馬蕗の利平治をいかりや長介が演じていた。江戸家猫八演じる相模の彦十とはかってお互い親と縁が薄いという似た境遇から意気投合した間柄である。彦十は利平治を何としても手助けしてやりたいと思い、その思いに鬼平も力を貸すこととなる。

このときの彦十を演じる江戸家猫八の演技が実に良い。そして本当の身分を隠し、彦十の現在の親分という触れ込みの鬼平が利平治に向かって「江戸まで連れて行く間、悪い一味のやつらにおめえさんには指一本触れさやしねえ。」の旨請け合うところがまたまた良い。こういうときの鬼平は実に頼もしく頼りになると感じ、見ていてわくわくする。どこかの国の最高権力者にも欲しい魅力である。

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小説を自分のイメージ想像で読むのと違って、映像は時代考証も踏まえて作られていたりして情報量が豊かで別の楽しみ方ができる。

今回は特に最後の「嘗め帳」にびっくり感動した。鬼平が利平治が作成した三冊の嘗め帳を幾日も飽きずに読んでいる。奥方が何を読んでいらっしゃるのと訊くとぽんと渡して「熱海みやげの宝物さ。」と言う。奥方が開いたページを見ると普通の文字ではない。何か特殊な規則に従った暗号のような文字でいろいろと書いてある。平蔵(鬼平)も「最初は俺もさっぱり意味が分からなかったが、眺めているうちに少しずつ内容が掴めてきた。」と言う。このときの嘗め帳の映像に感動したのである。こればかりは自分の想像を超えていた。暗号文字を用いたところがそれである。これだけでもこのスペシャルは実に自分にとって価値がある一巻であった。

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小説とビデオのどちらにしてもとにかく鬼平シリーズは読んだり観たりしていて物語の中に引き込まれるし、読んだ後また観た後の気持ちが何とも満たされたり、スカッとするのが良い。長谷川平蔵の人間的魅力に共感するからだと思う。

次はスペシャル劇場版を鑑賞の予定である。

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鬼平犯科帳スペシャル_兇剣

スペシャル鑑賞の第4作目とした。

鬼平が京都・奈良に出かけたときの物語である。屋外ロケが多く、明るい場面が多く、また時にのどかな旅の情緒があって、いつもの鬼平のドラマとは違った雰囲気が味わえる。

鬼平のぽん友左馬之介(岸井左馬之介)が江戸の自宅を訪ね、「京都に行ってて留守だ」と知るや京都に向かい、奈良で危険に遭遇している鬼平を間一髪で助けるというところはちとできすぎ、やりすぎの感もある。が、このスペシャルではお供の忠吾以外はいつもの登場人物が居ないので、大勢の悪役に対して味方が増えるとほっとするところもある。

悪役の親分が、方向に来ていた娘に詫びつつ自決するラストシーン、鬼平の台詞にその人間哲学を垣間見る。悪人にも善の心がある。ただ「おめえも生きる道を間違ったなぁ。」

「人間というものは...」である。

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ゼロ金利融資

「ゼロ金利融資」について今朝のNHKニュースが紹介していた。

家を出る直前で詳しく見なかったが、凄い画期的なことだと思った。

一方、今日の会麻生首相メールマガジン(後記参照)で、『新たな経済対策「生活対策」を本日実施する。』とある。続けて「生活者が効果を実感できる大胆な政策の実施」、「苦労している人たちへのきめ細かい対応」、「中小企業の年末の資金繰り対策に万全を期す」と続いている。具体的な内容はこのメールからは分からない。

「本日実施」から少なくとも次のインターネットニュースにある東京都大田区よりは対応が遅いといえる。政治がもっと迅速に経済対策を打ち出していれば日本の実体経済への影響はより軽く済んだのではないかと思ったりするのであるが...

以下はインターネットのニュース検索から

東京・大田区、中小向けにゼロ金利の融資をあっせん
http://j-net21.smrj.go.jp/watch/news_tyus/entry/20080925-16.html

東京都大田区は緊急経済対策として、厳しい経営状況にある中小企業向けにゼロ金利の融資あっせんを行う方針を明らかにした。売り上げが減少している区内在住1年3カ月以上の事業者が対象。運転資金に限定した融資で限度額は1000万円。返済期間は7年以内で初めの3年間はゼロ金利で受けられる。受付期間は11月から12月末まで。

現在、区内には4800社の製造業があるが、原油高や原材料高の影響で価格転嫁できず、仕事量も減少して苦しい経営状況にある。今回、大田区は応募対象を最近3カ月間、もしくは1年間の売上高が前年、前々年よりも10%以上減少している企業に限定した。

本人負担利率では3年間ゼロ金利扱いとし、4年目以降は通常の経営強化資金と同様の形にする。金融機関の表面利率1・7%に対しては区が利子補給。資金使途は運転資金に限定し、既に借り入れ分の借り換えは認められず、新規の借り受け分のみとなる。

大田区の4―8月の融資あっせん実績は前年同期と比べ、246件多く、融資金額は32億5738万円多い。金額ベースでは前年度比で1・5倍増の状況。その多くが運転資金での申し込みとなっている。区では資金需要が増える年末を想定し今回の緊急経済対策の実施を決めた。

東京23区では港区、中央区、練馬区が金利0・1%での緊急融資あっせんを開始。今月は北区が1年間無利子の融資あっせんを発表した。今後の景気の不透明感から各自治体単位で緊急対策が増える可能性がある。

[2008年09月25日]

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WBC監督_第2回WBC体制検討会議

日本シリーズ決戦を前に原巨人軍監督へのWBC監督就任要請が決定した。

街頭での反応をニュースで見ると、賛否両論の他、賛否以前に決定経緯を尋ねる人も見られた。街の声としては納得度はいまいちと言ったところだろうか。

北京五輪での成績不振を受けて難航を極めた格好のWBC監督選定であるが、結局北京五輪の教訓は活かせぬまま、同じ轍を踏んでの結論に至ったなというのが自分も正直な感想である。

これで運良くWBCで勝利することもあるかもしれないが、しかしそのときはさらに現状の日本野球界の体質は変わらないままとなろう。

WBC体制検討会議のシステムを見ていて、相撲協会と類似する部分があるように感じる。内部の一部のメンバーで構成され、意見や考え方の間口が狭いまま議論されるという点だ。

今回のWBC監督選任においても、選手の声は拾い上げられていない。一部選手がマスコミを通じて自分の意見を外野から投げるといった構図である。また、ファンの声も拾い上げられていない。そのようにWBCの出場当事者となる選手や野球愛好家たる関係者の意見が反映されない体制のまま、ある種密室の中で議論決定された印象が残る結果となった。

声と権力の大きい人物の影響が強く反映されかねないようなシステム構造では、どのような選定経緯と理由を語ろうと、部外者一般人には選定基準が付け焼刃的ではないか、選定基準が十分検討されていないのではないか、基準が不明確ではないか等のもやもやが残る。あるいは極端にデキレースだったのではないかの勘繰りすらも生じかねない。

日本陸連のマラソン選手選抜にも基準の不明確さがあるが、北京では期待した結果は出なかった。野口みずき選手に関して言えば、選手のコンディション管理に不手際があった。プロが力を結集しているとは思えないような出来事であった。

オリンピックやWBCのような一発勝負の競技会に対しては、これまでにない取り組み方をする必要があるのではないか。北京五輪での韓国野球優勝の事例は教訓を与えたのではないか。(なお、TVニュースによれば、その韓国においてもWBC監督選定は難航しているとのこと)

対外的に現在最も強力な選手と監督、コーチ等のスタッフが選ばれ、それを多くの野球関係者やファンがバックアップできるような体制こそが必要である。それは現在のようなWBC体制検討会議だけでは不十分のように感じる。

それから、ナショナルチームを「原ジャパン」と呼ぶのはやめて貰いたい。北京五輪の「星野ジャパン」でそのような意見もあったではないか。

以上、思いつくままに...

以下は、WBC原監督に関するニュース。

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鬼平犯科帳スペシャル3本立て

中村吉右衛門は最高の適役だと思って、このシリーズを楽しみ観ている。最新作はテレビ放映された「引き込み女」だった。

これに刺激を受けてまたまた『鬼平虫』が疼き出してしまった。町の図書館でBHSビデオを借りて来て一日1本のペースで観た。

「人間というやつは、遊びながら働く生き物さ。

善事を行いつつ、知らないうちに悪事をやってのける。

悪事をはたらきつつ、知らず識らず善事をたのしむ、これが人間だわさ」

今回観たスペシャル版

1.殿さま栄五郎

2.炎の女

3.ふたり五郎蔵

おまさ(梶芽衣子)が若くてきれいだった。

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生きものの記録_黒澤明監督作品

VHSビデオを借りてきて観た。NHKBSで放映されたのを見過ごしたので、いつか観ようと思っていたものである。

昭和30年公開の映画。まだ広島や長崎の原爆の記憶が強く残っている頃だったろう。

主人公は水爆によって自分と家族が殺されるという脅迫観念に囚われる。日本に居ては助からないからとブラジルへの移民を計画し、あるところまで実行するが、家族の反対と裁判所の裁定により途中で挫折してしまう。最後は精神的におかしくなってしまうが、本人は地球とは違う安全な星に避難できたと思い込む。

現代に生きる自分はこの主人公の考えにはなかなか賛同できない思いであった。いわゆる杞憂であろうとの考えがあった。また、映画の中で彼の家族らも言っているが、万一水爆が爆発したら地球のどこに居ても助からないと諦めるしかないとの思いがあったからだ。

しかし、映画の中では主人公の思いをよく理解できるというインテリが幾人か登場し、問題提起をしている。

昭和30年は自分が生まれた年である。その当時においてこのような映画を企画、製作した人々のことを考えると、映画というものの娯楽性よりも社会性を強く感じる。昔の映画の影響力の大きさとも言えるだろう。またそのような映画を支持した観客が居たということも素晴らしいことだと思う。最近は興行成績が重視されるために、このような映画が作られることはまず無いのではないか。

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皇居東御苑3

皇居東御苑3
竹コレクション2

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皇居東御苑2

皇居東御苑2
竹コレクション1

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皇居東御苑

皇居東御苑
大奥跡、大芝生。

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椎坂峠より

椎坂峠より
体育の日前日。老神温泉からの帰路にて。

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病気との付き合い方?

○○さんへの返信メールより

おはようございます。
義母様ご逝去のこと、これまでいろいろ尽くされて来たことを伺っておりますので悲しみを禁じ得ません。
心よりご冥福をお祈り申し上げます。

前回月見会ではWJさんの件から、みなさんの病気自慢にも話題が発展しましたが、最近も「病気」について考える機会が多くありました。
癌で亡くなった緒方拳さんや長年リウマチと闘いながらも面白い落語とはを追究する柳家小三治師匠(FYR:http://www.nhk.or.jp/professional/backnumber/081014/index.html)のこと、そして手術中の事故から”梅毒”に罹った若い医師の苦悩を描いた黒澤明監督の映画「静かなる決闘」をTVやビデオで観ました。
人は闘病を不幸と思うのではなく、それを通じて本当の自分や本当の芸などの生き方を学ぶものなのだと教えられます。人は病気であっても幸せを感じることができる生き物なのだと。

M社訪問のこと、懐かしい名前と顔が浮かばない名前とありますが、皆忙しいそうだったとのことで良かったですね。
社長が変わったのは新聞記事で知りました。前社長の女性はアジア全体を見る会長になったとか。
米発金融危機であのG社も株価下落や資本増強受け入れ等のニュースが出てますが、それでも売上、利益とも下方修正とはいえ巨額ですね(~_~;)。
それらに引き換え、弊社は産業天気図では雨降り状態でしょうか。昨日今日とマンション不況のニュースがTVや紙上を賑わしてます。
このまま実体経済の病も悪化していくのではと心配です。経済の病の場合は、人は幸せ感は持てないのではないでしょうか??

今年は忘れてしまいたいことが多くなりそうな一年でしょうか?
忘年会の案内メール、首を長くして待っております。

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静かなる決闘_黒澤明監督作品

美しい婚約者を残し軍医として戦地で負傷兵中山の治療に当っていた藤崎恭二は、手術中の事故で自分の指を切りそのまま手術を続けたことから、そのとき梅毒に罹っていた中山の血液から自らも感染してしまう。

本土に復員後、6年間も待たせていた婚約者との結婚を終にはあきらめる。別の男との結婚が決まった元婚約者が最後のお別れに来て「さよなら」と言った後、愛する人を他の男に取られることへの無念さや自分の抑えきれない欲望を激しく言い放つのだった。

人間の若い男としての欲望を倫理で抑える藤崎、一方で中山は梅毒であることを隠したまま結婚し、妻は妊娠する。藤崎は中山の愚かさを厳しく叱責する。梅毒スピロヘータに侵されて、赤ん坊は正常な身体ではなく分娩される(死産?)

印象に残るラスト付近のシーンから

警官「それはそうと、うちの署長がここの若先生を称して何と言っているかご存知ですか?医者の中には時としてああいう聖者が居るもんだって。」

父親「聖者というと、”聖(ひじり)”ですか?」

警官「そうです。」

父親「さあ、それはどうかな。あいつはね、自分より不幸な人間のそばで希望を取り戻そうとしているだけですよ。幸せだったら案外俗物になっていたかもしれません。」

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人が自分の欲望を抑えて生きるということの苦悩と過酷さ、しかし、一方でそこから派生する「聖らかさ」と「尊さ」、人間の中にある善と悪との凌ぎ合いや葛藤をタイトルは表しているのだろう。

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続姿三四郎_黒澤明監督作品

強すぎる柔道家としての名声は、一方で、避けては通れぬ戦いに三四郎を巻き込んでいく。

駐日アメリカ人のスパーラー(拳闘家)と檜垣源之助の弟、鉄心と源三郎である唐手家との戦いが見せ場だ。時は明治20年において、何と既に異種格闘技選手権という話である。

三四郎が、自分が負かした相手の家族等について知ったときの苦悩と、それを乗り越えて成長していくところが見事に描かれていて、第一作よりも引き込まれたかもしれない。

三四郎修道館の掟(三つあり、破ると破門すると書かれている)を、やけくそになってしまったか、大胆にも三つともほぼいっぺんに破ってしまう。それは自分の中に生じて大きくなってくる己の情動を抑え切れなかったためだろう。

エネルギーを爆発させた三四郎。そして、おしまいは桧垣兄弟の「負けた」、「負けた」に続いて、主演三四郎役の藤田進の右斜め下からのドアップによる満面の笑みがラストシーンとなる。(このアップは何か本当に迫って来るなと感じた。)

藤田の不器用にも思われる演技が三四郎のキャラクターにピッタリである。ハッピーエンドに終わるところが鑑賞後に心地よさとなって残る。(なお、修道館四天王というのが出るが、三四郎以外の三人は特に目立つシーンが無かったように思う。つまらないことだが気になったので...)

以下は、印象に残った場面の台詞を書き留めたものだ。難しい言葉もあるが、ビデオを見返したり、繰り返し読んでみると、役者さんたちの味のある演技やしゃべり方がどんどん魅力を増してくる。味わい深いものである。

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時、明治20年

和尚「しかしなあ小夜さん、あの男はその間抜けなほど正直なところが値打ちなんじゃよ。利口なやつじゃあない。だが、己をごまかしては一時だって生きていけぬ男じゃ。これは情けない話だが、近頃のハイカラ書生には稀な根性じゃ。わしはな三四郎のそこにほれているんだよ、小夜さん」
小夜(笑顔で下を向く)

三四郎「僕は、僕は戦うのが辛くなりました。」「僕は柔道のために他流と戦ってきて、それをただ武道の上の勝敗とだけ思い込んでいたんです。もちろん負かした相手やその親や子や弟子達に憎まれることは武道に志す以上はと観念していました。しかし、自分の勝利がたくさんの人たちを押しつぶしていくのを目の前に見ると、僕は柔道を捨てたくなったんです。」
正五郎「それだけか?お前が二年間の旅から得てきたものはそれだけか?」
三四郎「....」
正五郎「少しも変わらん3年前の姿だ。」「お前の苦悶は私にも良く分かる、いや、お前に負わした苦労は私の苦痛だ。」「しかし、それもお互いに大きな道に達するためだと私は信ずる。闘争とは新しい統一への道程なのだ。妥協や苟合(こうごう)の中に真の平和は無い。途上の荊棘(けいきょく)を怖れてはならん。わしは柔道をかく信じて闘争の真っ只中に飛び込ました。柔道と柔術とは名称の争いをしたのではないのだ。いわんや、矢野正五郎の功名でもなければ、一姿三四郎の勝利でもない。いや柔道の勝利でないと言っても良い。そこには日本武道の勝利があるばかりなのだ。」

和尚「ちっとも変わらんお前は」
三四郎「先生にもそう言われた。俺はだめかな。俺の気持ちはいつもフラフラしている。」
和尚「だめだな。女にも惚れ切れんような小さな肝っ玉では何もできん。」
小夜「...」(黙って仕立てた着物を三四郎の方へ押し出す)
三四郎「何です?」
和尚「小夜さんの心尽くしじゃ。お前の着物ももうそろそろ引導を渡しても良い頃じゃ。貰っておけ。」
三四郎「しかし...」
和尚(強い語気で)「もらっておけ!!」

修道館 掟
1. 許可なくして他流と試合したる者、破門す
2. 見世物興行物の類に出場したる者、破門す
3. 道場に於いて飲酒、放歌或は道場を汚したる行為ありたる者は破門す

三四郎「和尚、今夜俺は修道館を出てきた。自分でこの札(木の名札)を外して来たんだ。」
和尚「うーん、お前が修道館を破門したような言い方じゃのう。悪い癖だ。」
三四郎「先生に破門されるのが辛いから自分で外して来たんだ。」
和尚「何をしでかしたんじゃ?」
三四郎「道場の掟を破って新富座で試合をした。日本の武道は奴ら(アメリカ人)には分からない。分からないままに済ませておくか、分からせてやるか、分からないまでも分かるように道をつけてやるのが情けだと思って俺はやった。」
和尚「ほう、たったそれだけか?三四郎、お前はばかだから形の上だけで掟を破ったことばかりに気を取られておるな。」
三四郎「掟は掟だ、和尚。」
和尚「武道の意地じゃろ。お前の気持ちは柔道の掟を破っちゃおるまいが。道のための形は道のために崩れても構わんじゃろうが。どうだ三四郎、この札をもう一度掛けて来い。」
三四郎「駄目だ。」
和尚「掛けていいと悟れたら、今日でも明日でも、10年でも20年の後にでも掛けに行くがいい。」
.......
和尚「眠くなった。三四郎もう帰れ。」
三四郎「今夜は泊めてもらう。実は座る気で来たんだ。」
和尚「何、お前が座禅を?よせよせ居眠りが出るばかりじゃ。」
三四郎「眠れたらありがたい。このところろくに眠れん。」
和尚「なぜ?」
三四郎「試合の相手が見えて困る。」
和尚「試合は済んだんじゃろう?」
三四郎「いやこの次の相手のことだ。」
和尚「まだやるのかい?」
三四郎「唐手....」「稽古はもちろん、道場の掃除、廊下の拭き掃除、水汲み、薪割り、飯炊き、朝から晩まで体をこき使ってみたがそれでも眠れん。」
和尚「ふむ、よし。わしも付き合おう。座ってみろ。」
三四郎「すまんのう、和尚。その代わり明日の朝うまい飯を炊いてやる。飯炊きにも極意があるんだ。」
和尚「うるさい!!つべこべ言わずとお前に取っついている奴を睨むんじゃ。そやつの消え失せるまで。よいか、三四郎!」
三四郎「うん」
(いつのまにか大の字になって良く眠っている三四郎。目覚めて..)
三四郎「すまん、俺はやっぱり駄目だ、和尚。」
(和尚も座禅を組んだまま座って眠っているのに気づき、三四郎思わず笑う。)

三四郎「僕、実は果し合いに行くんです。だから...」
小夜「いいえ大丈夫。勝ちます。」
三四郎「しかし...」
小夜「いいえ、きっと勝ちます。」

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天国と地獄_黒澤明監督作品

会社の実権の掌握のために使うか部下の運転手の息子の身代金として使うか、権藤常務は苦悩する。

自分のこれまでの仕事人生を無に帰すか、人命を尊重するかの権藤の苦悩は実に良く共感できた。しかし、観ている自分がそれだけ金権体質になってしまっていることを感じた。

何よりも人命尊重が第一に優先されるべきである。

権藤は身代金を支払い、会社の権力争いには破れ追い出される。しかし、一方で警察、マスコミそして世論の大きな支持を得る。

立派な人間が必ずしも会社の経営者になれない。世の中の仕組み、人生とは皮肉なものである。

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その一方で誘拐犯人の動機はやや不可解で納得しかねると感じた。ブルジョワに対する嫉妬心と自分の不幸な生い立ちから犯行に至ったが、常人とは異なる変質者の性格を備えていたようだ。

ヘロインに汚染された人々や地域の描写には驚くものがある。かって日本もこのような時代を経験したのだと分かる。

しかし、それらが現代にも通じるところがある点で、さらに社会というものの病んでいる部分について考えさせられる。

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米発金融危機の責任

以前アメリカ人のDNAということについて読んだことがあるが、その一つに「フロンティア・スピリッツ」というのがあった。西部へ西部へと先住民族インディアンの土地を自分のルールで開拓していくというものだ。

例えば企業経営においても、自国の歴史の浅いアメリカ人は他国の文化を尊重するという点に欠け、自分たちの文化を他国に押し付けていくという習性がある。

そして、自分たちの利益だけは右肩上がりで増大していく一方というものだ。

しかし、これはやがてアメリカ人にとっての未開拓地が無くなったときにはそこで破綻しかない経営策である。あるところで一気にがけから転落する。

********************

今日興味深い記事を読んだ。大前研一氏の記事である。

その中から特に自分の印象に残った一部だけを抜粋して以下に示す。なお、この記事の全文は「今米国の金融業界で起こっていることとそれへの緊急提言」であって、たいへん参考になるので読むことをお勧めする。

***********************:

 一連の金融機関の破綻騒動は、一言で言えばブッシュ大統領の責任と言っても過言ではなかろう。彼が就任してからというもの、CDOやCDSのような危険きわまりないものが野放しにされ、世界中にばらまかれてきた。中国発の食料品どころの騒ぎではない。

*:CDSCredit Default SwapCDSとは信用デリバティブの一種で、債務不履行があったときに保証してくれるもの。買い手が証券化したものを買い、その信用リスクを回避するために保険料を支払うという仕組みで、金融商品として機関投資家の間で売買されていた。

 同時に米国、特にウォール街を放し飼いにしてきた米国に対する批判は世界中に充満しており、今後は金融機関および金融商品の国際的な「品質基準」を策定する動きが起きてくると予想される。

クリントン時代以降続いていた米国経済が行き着いた果ての姿
 今回の危機は、クリントン政権以来続いていた「それいけドンドン」の米国経済の行き着いた果てであった。クリントン時代は株式市場の景気が良かったが、ブッシュ時代に移ってからは住宅市場に変わっていった。そして住宅にまつわるさまざまな高度な債券化が徘徊した挙げ句、八方ふさがりの状態に落ちてしまったわけだ。これらの積み重なる問題を是正していくことは決して容易なことではない。IMFが介在した韓国危機と異なり今回は米国が一人で次々に手を打っている。

 しかし、世界中にドルと国債をばらまいた米国がさらに大判振る舞いする政策は他の国にとっては最悪のシナリオである。米国債の45%は米国人以外が持っている。特に日本は600兆円も抱え込んでいる。そのほかに貿易黒字などでため込んだ外貨準備が100兆円ほどある。米国の金融危機で一番痛手を受けるのは日本である。だから、米国にこれ以上輪転機を回させないことがかぎとなる。世界中の政府も同じ思いであろう。

 ということは、米国発の世界恐慌を防ぐには新たな世界組織が必要で、ポールソン一人に任せていてはいけないということである。

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壺算_落語のだまし

落語のジャンル区分にはいろんな分け方があるが、立川志らくの落語辞事典の分類は面白いと思う。それによればこれは「だます」のカテゴリーになる。

水がめを買いに行って、まず一荷入りの水がめ二円五十銭(これは一円五十銭や三円五十銭やいろいろな設定がある)を値切って二円で買う。担いで一旦店を出て再び店に戻ると、本当に欲しかった二荷入りの水がめをくれという。本来なら一荷入りの二倍の定価で五円のところを、さっき値切られているので四円と言うことになる。店の番頭(主人の設定もある)は「お買い物上手には敵いません。」と感心するが、話は続きがある。すると一荷入りの水がめは要らないから二円で引き取ってくれというのだ。さっき渡した二円に引き取り料の二円を加えて四円だというので、まんまと二荷入りの水がめを貰って行こうというのだが....

聴いているうちに混乱してくるところが面白い。

だましのカテゴリーでは他に、「時そば」、「まんじゅうこわい」が有名である。これらも実に良くできたお話である。しかし、最近は生活スタイルが変わり、時そばのような勘定の精算の仕方や、饅頭が唯一の甘いものということは無くなったので、高座に掛ける方も笑いを取るのが難しくなったとか。寂しいが致し方ないことである。

だましの中でもさらに高度なテクニックと思うのが「付き馬」である。吉原近辺を舞台にしたストーリーであるが、また後日感想を述べたいと思う。

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ノーベル化学賞も続く

ノーベル物理学賞を、南部陽一郎さん、益川敏英さん、小林誠さんに続き、さらに、ノーベル化学賞を、下村脩さんが受賞する。

凄いニュースが続いてびっくりした。

今朝のTVニュースでは研究のために家族も協力して「くらげ」をたくさん採集したとのエピソードが語られていた。

下村先生が、「今の日本は自分の頃より豊かで研究設備も整っている。」と語っておられたのが衝撃的で印象に残った。

物理学賞の南部先生もお金が無いという点で似たような苦労を経験されていると新聞で読んだ。

研究というのはやはり人というのが一番大事なんだと思う。

益川先生は、次のように語られたそうである。「科学にロマンを持つことが非常に重要だと思う。あこがれを持っていれば、勉強しやすいと思うんですね。」

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「研究とは真っ暗な線路道を電車で行くようなものだ。」という誰かの言葉を思い出したが、対照的である。

自分のささやかな日々の仕事もそうであるが、明るく前向きに臨みたいものだ。

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年を取ってくると、ロマンも情熱も薄れてくるように感じる。現実の生活を支えるためにいろんな事をやらなくてはいけないためだろうか。

一方で、研究はお金や設備ではないと言っても、やはり政治や経済や社会の安定も重要な要素だと思う。実生活の明日や未来が不安なままでは多くの人々は良い仕事などできないと思うからだ。

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赤ひげ_黒澤明監督作品

「ここは相当きついけれど、
でも、そのつもりになれば勉強することも多いし、
将来きっと役にたちますわ。」

それまで赤ひげのやり方や方針にことごとく異を唱えてきた保本が、初めて養生所のユニフォームに着替えて現れたときにお杉が言った台詞である。

保本:「お杉さんは森半太夫と同じようなことを言う。」

お杉は赤らめた顔を隠すようにして走り去る。

全編を観終わって再度見直したときに、この場面はとても大切な場面だったんだと気づいた。

保本の心理の変化と共に、養生所で裏方として働く女たちが、彼を仲間として認め、且つ彼らのそこで働く意義の認識を共有できると期待している。自分のためだけではない、他人のために尽くすという生き方への共感である。

******************

超エリートの出世コースを拒否して、苦労覚悟で養生所で働き続けることを決心した保本に赤ひげが繰り返し言う。

赤ひげ:「きっと後悔するぞ!」

保本:「お許しくださるんですね!」

人が人として生きるときの本当の力がどこから湧き上がるのかを二人は知っているのだろう。

しかし、実際に苦労してきた赤ひげとしては同じ言葉を繰り返すことで、やはり保本には自分とは違う立場で、それはもっと大きな権力に近い立場から、医療制度改革をやって貰いたいとの思いがあったのではないかと思う。

さて、その後の保本は二代目赤ひげになったのか、それとも大きな改革を成し遂げたのか?

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ノーベル物理学賞

6年ぶりに日本人が3名で独占受賞とのこと。久しぶりに良いニュースだ!

このように日本人受賞者が出ると、後に続く研究者や学生それに子供たちに大いに現実味を帯びた身近な感じの希望と勇気を与えると思う。

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雷ラーメン

群馬県伊勢崎市民病院前のラーメン屋は以前はカレー専門店だった。ところがあるときからラーメンも出すようになって、今やメインはラーメンとなっている。どのラーメンも食べ応え十分である。

ここの名物ラーメンが元祖という「雷ラーメン」である。1,2,3の三段階の辛さがあり、僕は初心者用の一番ラーメンしか食したことが無い。大和芋のスティック数本が赤い激辛スープの上に乗っかっているのが特徴だろうか。

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以前から何度か食べたことがあるのだが、先週末ランチで食べたときたいへんなことになった。体調が悪かったのだと思われるが、とにかく辛く感じて味も良く分からなかった。ひょっとしたら店側が辛さのレベルを間違えたのではないだろうかとも思ったりする。

その日の夕刻お腹の具合が良くない。どうも胃の辺りが燃えるようで且つ下痢のような便意を感じたのだ。トイレに入ってみたがそのときは軽く治まった。そのまま東京に向けて車に乗った。途中コンビニで昼間の激辛を緩和しようとヨーグルトドリンクを買って飲んだ。ブラックコーヒーとサンドイッチトとまいたけご飯のおにぎりも勝手快適なドライブになるはずだった。が、自宅から焼く50kmを超えて息子のアパートまで残り約40kmというところで、腹具合が急変した。突然の下痢で腹が痛み出した。慌ててトイレを探し始めてみたが、片側二車線の道路で流れも速く、中央側車線にいたので、うまく見つけられないし、見つけても駐車場へアクセスできない。時刻も午後8時少し前となって、店もいくつかは閉まっていたので、かなり焦ってしまった。

運よく、よれこそウン良く、主婦の店BELKを発見したので駐車場に車を停めてトイレに駆け込んだ。すると出ました激辛ラーメンの消化物が。ところが辛さが肛門の穴の周りに沁みる。ひりひりひりと痛む。その痛みは当面治まりそうもないので、仕方なくこらえつつ車に戻って運転を再開した。

ここに至り、雷ラーメンとはお腹をゴロゴロと下らせるラーメンと知った、というくだらない話。

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翌日は定期健康診断だった。朝食抜きで出かけ、身長、体重、レントゲン、心電図をとった後、硫酸バリウムを飲んで胃検診となった。今回はバリウムを先に飲んでその後炭酸ガス発生用の顆粒剤を飲まされた。試しに順序を変えたというのだが、この方が飲むのが楽だった。下剤4錠を貰って、検診終了後にすぐミルクティーと一緒に飲んだ。しかし なんとも皮肉にもこの日はなかなか便意を催さなかった。夕方スーパーで牛乳を買って500mlほどを一気飲みした。夜9時半頃に便意は無いがトイレに行ってみたら、ちょろちょろ出せた。ほっとした。

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週末から月曜にかけて胃腸にも肛門にもたいへんな苦労をかけてしまった。赤い激辛ラーメンに続いて白いバリウムの来襲である。こんなことも滅多にないことだと思う。

雷ラーメン注文は暫く封印することにした。

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姿三四郎_黒澤明監督作品

矢野正五郎が夏祭りで喧嘩して多くの相手を投げ飛ばした三四郎を叱咤する場面での台詞。

三四郎はこの後庭の池に飛び込み、木杭につかまり水中で一晩を明かす。翌朝一輪の蓮の花が咲いているのを観て自分の柔道の道を悟る。

矢野:
「理性も無く、目的も無く、狂い回るのが人間の道か!?
人間の道とはこれこそ天地自然の真理である。
この真理によってのみ人間は死の安心を得る。
これがすべての道の究極の一点だ。」

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時代は明治15年。映画に登場する柔術家の胴着は現代の胴着と比べると袖も股下も短くて、みんなサイズが一回り以上小さいのを着ているようだ。

そして三四郎の胴着はいつもボロボロのつぎはぎだらけである。これは三四郎の修行の激しさも示しているかのようだ。しかし、三四郎はそれをさして気にすることも無く勝負に集中する。ボロは着てても心は何とかというやつだ。現代では人は見かけが大事だというので老若男女問わずファッションセンスを磨かないといけないということになっているが、人間の中身も伴わないといけないだろうと思う。

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この映画は過去に観たことがある。それも随分前、自分が幼少の頃から何度か観たような気がする。久しぶりに見て、冒頭に書いた蓮の池の三四郎の姿がいきなりフラッシュバックしてきたからである。

小さい頃よく祖母に連れられて近所の映画館に行ったことがある。その時分に観たかあるいは別の機会だったか?とにかく映画を観たときの強烈な印象が潜在記憶の中に残っていたのだろう。

三四郎が小夜の下駄の鼻緒を挿げ替える場面がある。このときもまだ小さい時分に親たちが下駄の鼻緒を挿げ替えるのを見たことがあるのを思い出した。自分でも何度かやったことがあるのではないだろうか?

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三四郎は女性に対して初心である。小夜に対して言う台詞が「いいです」ばかりのところが2箇所あった。

「いいです。」では気持ちが伝わらないし、何がいいかも不明確だと、思われるところだが、強い男がそのような不器用さを持ち、また、思いやりの心情を持ちあわせているというので、人間的魅力になっている。

対照的なのが桧垣源之助である。自分の欲求が全面に出る男だ。強いが危険な香りがぷんぷんで人望が得られない。悪人の象徴として描かれているが、最後に三四郎と決闘した後人間が変わったとのエピソードが語られる。全てハッピーな終わりにしているところに明治時代または映画が製作された昭和18年から19年頃の日本人の心情を表していると思った。

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この映画は昭和19年の上映に際して、国策によって大幅にフィルムカットされたとのこと。カットされたフィルムにどのような映像が写っていたのか興味があるが、残念なことに戦時中のことでその部分が散逸して見つからなかったと断りが述べられている。

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スーパーの女_伊丹十三監督作品

今年の春頃に没後10年特集で放映されたものを録画していたのを先月になって観たのであるが、とても面白かった。時間が経ってもその印象が強いので、この感動と感想を記録しておこうと思う。

特に印象に残っているのが、花子と五郎が子供の頃学芸会で一緒に踊ったダンスを久しぶりの再会のときやその後も何か嬉しいことがあると踊るシーンだ。童心に帰って素直に喜ぶ姿が印象的だ。

「正直屋」を通して描かれるテーマは、自分だけが儲かれば良いという個人や企業経営者に対する痛烈な批判であり、お客の要望に適応する努力をして正当な利益を得ることが大事だということだ。そしてその努力の結果社会から支持されたときに本当の労働の喜びがあるということだと思う。

このみんながハッピーになるという企画立案を二人で話し合ったときなどの花子と五郎が意気投合した時に前述の踊りが出てきたと思う。

主演の宮本信子の個性と演技による、底なしの明るさと元気を持つ花子に負うところが多いかもしれないが、とにかく観ていて勇気と元気と明るさを感じる作品だ。

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隠し砦の三悪人_黒澤明監督作品

レンタルCDで鑑賞。スターウォーズの原作という先入観が抜けきれずに観てしまったせいか、ストーリーはスケールが小さくいまいちに思えたが、登場人物の個性と魅力は特殊メーキャップなしでもこちらの方が勝っていた。総合感想は★5つ(★★★★★)

感想として書きたかったことはほとんど続きに参照引用したウィキペディアに書いてあるが、一番驚いたのは雪姫役の上原美佐である。

お姫様とはそのような人品の人種だったのだろうと思いながら、その美人で、気位が高くしかし人の上に立つものとして人間味も備えたキャラクターに感心し、魅せられた。ところが後述の参照記事によれば、「新人の大抜擢で台詞も棒読み調」とある。そこでまた驚いた。とは言いながらこれほどのベストキャスティングは無いのではないかと思ったからである。その後2年で女優から引退したとのこと。実に惜しいと思った。

三船敏郎の六郎太も最高である。侍大将としての風格と落ち着きと大胆さを見事に演じて終始惹きつけられた。さらに、太平と又八の人間臭さがまた面白くてたまらなかった。時々スターウォーズのロボットたちのイメージがダブったりしたが、ロボットにはない生身の人間の思惑や感情が赤裸々に出ていたと思う。

総じて、現代の俳優に比べて昔の俳優の方が大人びていて、且つよく役作りに取り組んでいると思う。

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GE金融危機で巨額増資(150億ドル)

昼食時にNHKのTVニュースを観て驚いた。

複合企業とはいえ、金融事業が利益の半分を占める企業だったので金融危機の影響を大きく受けたようだ。しかし、要するに管理能力不足で虚業の部分が肥大していたということだろう。

Webで見つけた関連ニュースを後述。

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椿三十郎_黒澤明監督作品

週末に借りておいたレンタルCDで観た。登場人物の個性も豊かに、若侍の気ばかり焦って浅はかな考え方や悪者達のしたたかな策略の裏を読む三十郎の動きに、緊迫感とのんびり感とユーモアをちりばめた痛快娯楽時代劇である。

主人公が救出した城代家老の奥方に名前を聞かれた場面が良い。「名前を聞かれると困った様子になり「私の名前ですか。…つばき、椿三十郎。いや、もうそろそろ四十郎ですが」と冗談とも本気ともつかない返事で空を見上げている。つられて奥方、娘、若者たちも外を見上げると屋敷の塀越しに真っ赤なツバキが咲いていた…。」

三十郎の科白で印象に残ったもう一つはラストシーンの「立派な刀は鞘に収まっているもんだ。」これも城代家老夫人に自分を指摘されたときの言葉そのものなのだが、随分気にしていたんだなと分かり、ここにこの主人公の人柄やこれまでの生き様が出ているように思う。

「そろそろ四十ですが...、まだ剥き出しの刀の生き様をしています。」「若者達よ俺みたいになっちゃいけねぇ。」

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悲しき雄ライオン

NHKスペシャル「悲しき雄ライオン ~王交代劇 9年の記録~」を途中からになったが観た。

http://www.nhk.or.jp/special/onair/080929.html

悲しいか悲しくないかは分からないが、良く言われる強いDNAを残すという自然のルールに基づきライオン社会も作られていると思った。

ライオン社会の王は1頭のオスによるハーレム社会ではなく、兄弟オスという複数の王が従える集団ということを初めて知った。1頭の王だけだと放浪の兄弟オスの攻撃に勝てず短期政権になるという。

また、新しい王は先代の王の子ライオンを全て殺すというのも過酷な事実である。かわいい赤ちゃんライオンを母ライオンは守ろうとするが、新たな王は執拗に追い詰めていく。実に厳しい社会である。いつか観たニホンサルの社会についての番組では子ザルは全員で外敵から護ろうとしていたが、それとは際立って対照的ではないか?

メインタイトルの「悲しき」についてだが、製作者の人間社会と比較しての同情が入っているといえよう。雄ライオンは生まれて2歳くらいになると群れから追われ放浪オスとなり、死肉を食べながらも力を付けて生き残ったオスだけが王の座に挑戦できる。しかし、メスたちに本当に強いのか値踏みされ試される。王になっても絶えず放浪オスの挑戦というストレスに曝されるという。王を追われたオスは野垂れ死にするらしい。9年間追跡したということだが、ライオンの平均寿命からすればその期間というのは短くは無いのではないか?また、たとえ短期間でも王に上り詰めたということはオスライオンにとってはハッピーなことなのではないかと思った。

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僕が思わずはっとしたのはぬいぐるみを使った実験のところだった。実はたまたまその実験の模様の終わりごろから観始めたのだが。黒くりっぱなたてがみのオスのほうがメスに人気があるという結果だった。当然の結果といえば当然であるが、最近頭髪の薄くなってきた身には光の当たる舞台からの降りろと言われているような人生のたそがれを感じる衝撃を受けた。早速家内に話したら笑っていた。さして陽の射したる人生ではないか(泣き笑い)。

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このところ王監督、小泉元首相らの引退のニュースが多いが、人間社会では高齢者の方が権力の座に居ることが多い。出処進退の時機を誤る人も多いと言われる。小泉元首相はライオンのたてがみのように豊かな頭髪であるのが羨ましい。人間社会は外見や腕力では権力者が決まらない複雑な仕組みになっている。近頃は世襲とか資本力とかで固定された人間社会になりつつある。他人を思うという人の徳性が不必要な体制を造りつつあるようだ。さて、動物と比べて人は進歩しているのか退歩しているのか?さてさて、人間と動物とどちらが悲しい生き物なのだろうか?

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